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ディズニープリンセスの恋愛学6――恋のダイバーシティ

もう恋なんていらない?

  恋愛や結婚とキャリアの板ばさみに悩む女性は少なくないはずです。昔に比べると結婚した女性が働きやすい環境が整ってきたように思えますが、残念ながら「仕事か結婚か」という二者択一の袋小路がなくなったわけではありません。歴代のディズニー・プリンセス映画に目を向けてみると、「女性にとっての結婚とキャリア」という問題を扱ったものはほとんどありません。というのも、古典的な童話や民話を元にして作られたものが多いので、物語上、こうした要素が入り込む余地がなかったとも言えるでしょう。

  恋の終着点が王子様との結婚である古典的ディズニー・プリンセス映画の伝統に一石を投じたのが『プリンセスと魔法のキス』(2009)です。この作品は褐色の肌のプリンセスが登場したことはもとより、深南部の町ニューオリンズのクレオール文化を存分に組み込んだことで、大きな話題を呼びました。この作品のエスニシティ表象については良書に譲りますが、ここで注目したいのはプリンセス役のティアナが自分のレストランを開くというキャリアの実現を最大の目標にしていることです。ロマンスとしての基本構造を保ちながらも、仕事上の自己実現を夢見て努力するティアナに、それまでなかった職業人としてのディズニー・プリンセスの姿を見ることができます。こうした「恋か仕事か」ならぬ「恋も仕事も」というテーマを扱う物語は、大ヒット映画『プラダを着た悪魔』(2006)に代表されるように、近年、人気ジャンルとなった感があります。


 古典三部作『白雪姫』(1937)、『シンデレラ』(1950)、『眠れる森の美女』(1959)以降、ディズニー・プリンセス映画のお約束であり続けてきたロマンスという物語上の枠組みは、近年の作品において変化の兆しを見せています。映画だけでなく、その主題歌もが大ヒットとなった『アナと雪の女王』(2014)には、プリンセスと結ばれるプリンスは存在しません。それどころか、アナが恋心を募らせるハンス王子は、王位を虎視眈々と狙う狡猾な悪役という設定です。当初、アナはハンス王子に恋してしまい二人は結婚することを誓いますが、ハンスの邪悪な魂胆を知ってロマンスは瓦解します。ですから、この作品ではアナのパートナー選びの失敗談が語られていることになります。そしてもちろん、作品の根底にあるのはエルサとアナとの姉妹の絆というテーマです。ガール・トークの定番であるパートナー選びの失敗談が、物語の重要な構成要素になっているのは、ジェニファー・リーというディズニー・プリンセス映画としてはじめての女性監督を起用したことと無縁ではないでしょう。アナとハンスの残念な恋の結末と、それに代わる姉妹の深い愛情が焦点化された物語の展開は、プリンセス映画の新しい潮流を予感させます。 

  ディズニー・プリンセス映画の多様化の流れを決定付けたのは、ポリネシアを舞台にした『モアナと伝説の海』(2017)をもって他にありません。この作品では男女(モアナとマウイ)の深い友情こそ描かれるものの、なんと恋愛という要素が一切含まれていないのです。物語の中心的なテーマは、はるか昔に海へ出ることをやめてしまった島の人々を救うために、タブーとされているサンゴ礁の向こう側への冒険に出るモアナの献身です。男性主人公の独壇場であり続けてきた海洋冒険映画のジャンルにおいて、モアナという勇敢で責任感の強い女性が主人公に抜擢されたことは、アメリカ映画史においても大変珍しい例といえます。このようにロマンスという枠組みにとらわれないプリンセスの登場は、今後のディズニー・プリンセス映画がロマンス一辺倒ではなく、様々なストーリーを紡ぎだしていくであろうことを期待させます。

 ここまで見てきたように、ジェンダーやエスニシティ、そして愛の在り方に対する認識が変化するのと並行して、ディズニーが描くロマンスのかたちは常に変わり続けています。顧みれば、ディズニーが描くロマンスは、例外なく異性愛中心主義に基づく男性と女性とのパートナーシップに基礎をおいてきました。周知のとおり、2015年にはアメリカ合衆国最高裁判所がすべての州で同性婚を認める判決を出したことは記憶に新しいところです。こうした多様な愛の在り方を積極的に認めていこうとするアメリカ社会の流れの中で、ディズニー・チャンネルの人気番組『アンディ・マック』のシーズン2において、男の子に恋心を募らせる少年の葛藤をテーマにしたエピソード(「ピザと恋の行方」2017年10月27日)が放送されました。このことは、ディズニーが描く愛のかたちが一層、多様化してきたことを示すわかりやすい例と言えるでしょう。

 老若男女問わず世界中の人々に親しまれているディズニー映画は、私たちの生と不可分な愛について考える格好の教材です。愛について描いた無数のディズニー映画の中には、きっとみなさんが生きていく指針を示してくれるものがあるはずです。(了)


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