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「お客さんの話は聞くな」 〜あるデザイナー師匠のおしえ〜

「お客さんの話はまともに聞くな」--

ボクのデザインの“師匠”の一言です。そのコトバの衝撃は、30年たった今でも忘れません。記憶しているというよりは、身に染みてるといった方がいいかもしれませんね。下積みデザイナーで当時20歳そこそこだったボクにも、多少なりとも世の常識というものを持ち合わせているつもりでしたから、なんて身勝手なコトバなんだろうと思っていました。

でもデザインの仕事を長く続けていると、徐々にその真意がわかってきたような気がします。

まず一番ダメなのが「聞いているフリ」。
 …そんなやついないよ、と言われそうですが案外これが「あるある」なのです。

次にダメなのが「言われたとおり」に作ること。
 …お客さまの要望どおりに作るのはええことやん、と言われそうですが…。

いいのは「お客さまの話を読解する」こと。
 …話を「聞く」というよりも「読む」といった感じでしょうか。

一番いいのは「お客さまと一緒に考える」こと。
 …むしろ話し手と聞き手ではなく「一心同体」という感じですね。

以前の記事で「グラフィック・ストラクチャーの本質は“デザインの打ち合わせ”の延長」というふうに書きましたが、ではそれってどういうことなの?というお話を詳しく綴りたいと思います。

【1】一番ダメなのは「聞いているフリ」

デザインの仕事が多少こなれてくると、はじめに相談を受けた時点で「だいたいこんな感じのものになる」という予想がたちます。たとえば大学のパンフレットを作るような依頼がきたら「学校案内パンフレットといえばこんな感じ」という、ちょっとした固定観念がアタマの中に立ち上がるのです。業界ごと、案件ごとにいわゆる「型枠」みたいなのがあるんですね。カタチのない型枠というイメージでしょうか。

誤解のないように言っておくと、型枠そのものが悪いと言ってるのではありません。先人たちの経験が蓄積され法則化されたものですし、だいたいそれに沿って仕事を進めると間違いが少なく効率的です。

ただヒアリング自体を「型枠ありき」で聞いてしまうことに問題があるのです。

「型枠」に沿って話を聞いていると、それに当てはまらないことは無意識に「聞き流している」ことも少なくないし、解釈を曲げながら聞くことにもなってしまうのです。つまり「聞いているようで、聞いていない」。

デザイナーはもちろん、営業マンやコンサルタントの先生にたまにこういう方がおられませんか?
ものすごく熱心にこちらの話を聞いてくれる。うなづき、あいづち、オウム返しという「聞く基本」を駆使してくれて、とても話しやすい状況を作ってくれる。でも最終的には「どんな依頼でも絶対にこういう落としどころにするんだろうな」という提案や助言に。これこそ「型枠ありき」で聞いてしまっている「あるある」ですね。

【2】次にダメなのが「言われたとおり」に作ること

「言われたとおりに作るな」ということは、若手デザイナーなら誰しもが一度は言われることではないでしょうか。つまり言い換えると「お客さまの期待以上のものを作れ」ということになるのですが、そのためにも「聞く」ことは大事です。

先ほどと逆のパターンで、お客さまもデザイン依頼するとき、ある程度できあがりをイメージしています。それも自分の業界の「型枠」をイメージしているし、いくつかは「こんな感じがいいな」というサンプルも目にしているかもしれません。そしてそのとおりになると、とても喜んでくれます。「イメージどおりだ」と。

コミュニケーション能力の高いお客さまなら、自分のイメージしていることを的確に伝えられるでしょう。デザイナーはそれを逃さずに聞けば問題はありません。

しかしそれらは往々にして「見た目」のデザインのイメージです。

「見た目」はデザインの本質ではありません。その背景にある心理的な要素、機能的な側面、あるいは経営的な視点や理念など、さまざまな「見た目以外」のことを包括して、具体的なカタチとして「見た目」に表現されるものです。

お客さまは、その「見た目以外」の部分をどうしたらいいのか分かりません。もしかしたらデザインと別物と考えているかもしれません。でもプロに依頼するのですから、本当はそういった「お客さまの発想を超える」デザインを無意識に期待しているはずです。

この「見た目以外の部分」をしっかり作りこむために、デザインの打ち合わせをていねいに進めます。

この記事の主題「お客さんの話を聞くな」。「聞く」ということを受動的にとらえると「言われたとおりのものを作る」ということになります。「聞く」ということを能動的にとらえると「お客さまの期待をこえるものを作る」ということにつながります。

受動的に聞くというのは、お客さまのコトバを「受ける」というイメージ。
能動的に聞くというのは、お客さまの考えていることを「引き出す」というイメージです。

【3】いいのは「お客さんの話を読解する」こと

自分が思っていることを100%間違いなく伝えられる人って、世の中にどれくらいいるのでしょうか。ボクは今、こうやって文章を書いています。思っていることを文字にしたためて、他の人に伝えようとしています。この一行を書くにも、何度も何度も消しては書いて…をくり返しながら、やっとこさカタチになってきています。それでもボクの真意が伝わるかどうか怪しいし、他の表現はなかったか、思っていることを全て出せているだろうかと、いささか気がかりです。

ましてや「話し言葉」。
瞬時瞬時に選択している語句が、的をえたことばなのか、表現が間違っていないかと考えると、書き言葉よりもずっと怪しい。

何気なく使っていることばでも、その人独自の認識があるかもしれません。たとえばデザイン業界あるあるですが「かっこいいイメージで」と依頼されることがよくあります。でも「かっこいい」は人それぞれ取りかたが違いますね。抽象的なコトバの認識のズレが、仕事を中断させてしまうことはしばしばあります。
また話し言葉では主語や目的語を省略することが多いので、お互いの認識が180度ズレてしまうこともよくあります。

大胆に仮説すると「お客さまは、うまく伝えられていないかもしれない」。

だからお客さまの話を「聞く」というよりも「読む」という心がまえが必要です。ある意味「読解力」というのかもしれません。お客さまのお話の真意をとらえるため、発することばを鵜呑みにするのではなくほんの少し懐疑的に聞いてみる。なぜお客さまはこのコトバを使っているのだろう?どこまでが本意なんだろう?お客さまの話の全体像はどうだろう?

また「感情」のようなものも、話の読み解きには欠かせません。

以前の会社では、お客さまへのヒアリングを営業マンが代行する案件もありました。聞いてきた依頼を書類にまとめて、デザイナーに手配する流れです。ある営業マンは依頼内容をワープロで簡潔に、箇条書きにしてまとめてくれます。一見ありがたいのですが、コトバを読み解けないのでデザイン自体はすごくやりにくい。もう一方の営業マンは、雑な打ち合わせメモをそのままコピーして手配します。たとえばその中には何度も何度も黒く塗りつぶした痕跡が見て取れる。「ああここはね、担当者の人が何回も何回も言い直してたところ」というプチ情報を添えてくれると、とても仕事がやりやすくなります。なぜならそこが最もお客さまが「こだわっているところ」だから。
コトバだけではなくそれ以外の「非言語」も大切なシグナルなのです。だからコトバを「聞く」だけではなく、コトバを「見る」というかまえも大切です。

【4】一番いいのは「お客さまと一緒に考える」こと

さらに打ち合わせのレベルアップをはかるために、よくある「1.0→2.0→3.0方式」で分けてみると…。

「打ち合わせ1.0」が、手配・発注型。
しっかり相手の話を聞いて、相手の要望を満たす提案につなげるものです。

「打ち合わせ2.0」が、依頼・相談型。
質問などを交えながら真意を引き出して、相手の期待の上をいく提案につなげます。

「打ち合わせ3.0」は、協創・セッション型。
平たくいうと「一緒に考える」というやり方。まだ潜在下に眠る「課題」をあぶり出し、ともに解決へと立ち向かう進め方です。

今、消費者に「何が欲しい?」と訊ねても「わからない、特にない」という答えが増えてきているそうです。どうやら消費者意識やお金の使いかたが変わってきているらしい。それにしたがって企業のほうも、何を課題にしたらいいのかわからない状態だといいます。課題が見えないからデザインも発注しにくい。何を依頼したらいいかわからない。でもデザイン的な考えかたは看過できない。そういうお客さまが増えてきています。

デザイナーの役割は、目に見えない「問題」を見える化するため、さまざまな視点を投げかけるところから始まります。

聞くということでもなく、質問するということでもなく、相手に「考える枠組みを与える」ことが今、デザインの打ち合わせでいちばん求められることです。

【まとめ】

冒頭の“デザインの師匠”は、当時50代半ばくらいの大ベテランでした。今、ボクはいよいよその年齢に追いついてきました。ボクの印象では、まだまだ“師匠”の実力には追いついていませんが、年齢を重ねるにつれて、師匠の言う「お客さんの話を聞くな」というコトバの意味が少しずつ分かってきたような気がします。

お客さまの話をひたすらちゃんと聞く。リクエストに忠実に作ってた20代の頃。
お客さまの話の真意をさぐりながら、期待の上をいくことを目指した30代の頃。
お客さまと一緒に考え、一緒に悩み、本質的な提案を目指した40代。

そして今、みなさまにこういう話を伝えていく年代に入ってきたように思います。

デザイン業界のみならず、さまざまなお仕事をしている方に少しでもプラスになるといいなと思いながら。

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