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喫茶「トリトマ。」

1:マスター。自殺し、黄泉の国前で喫茶「トリトマ」を営んでいる。
2:お客様。手首を切り、死ぬ手前で喫茶「トリトマ」に来た。
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(SE:ドアを開けるベルの音)

1:いらっしゃいませ。
1:あなたには忘れたい恋はありますか?
1:トリトマを抱きしめて、今日はこの喫茶店で泣いて行って?
1:あの世とこの世の狭間、喫茶「トリトマ」であなたを悲しみから解き放ってあげますから。

2:忘れられない恋があります。
2:だから今日、噂のこの喫茶「トリトマ」に来たのです。
2:この喫茶店は恋愛の傷を癒してくれるって評判ですから。
2:そう言えば……トリトマって……どう言う意味なのですか?

1:ふふふ、トリトマの意味は「あなたを想うと胸が痛む」です。
1:私たちにぴったりでしょう?
1:私たちは同士。恋に悩む仲間。
1:あなたが新しい恋に向かって行けるように、サポートさせて頂きます。

2:なるほど。
2:マスターも忘れられない恋をしたんですね?

1:そうですね……もうずっと過去の話になりますが。

2:どんな恋だったのですか?
2:あ、聞いたら失礼かな……?

1:大丈夫ですよ。
1:あれは戦後間もない頃でした。
1:外国兵がまだ日本を彷徨いている時代。
1:私、身売りをしていたんです。

2:え?身売り?マスターが?

1:えぇ、こう見えて身売りをしていたんです。
1:当時は貧しくて、お金が無かったから……致し方ない事ですよ。
1:結構、私の周りでは身売りをして稼いでいる方が多く居ましてね?
1:私も外国兵に身体を捧げたものですよ。
1:外国兵はいろんな事を教えてくれるし、チップもはずんでくれる。
1:絶好のカモでしたよ、失礼な言い方ですが……。

2:へ、へぇー。
2:でも、怖く無かったのですか?

1:怖くないと言えば、嘘になりますね。
1:でもそこで、運命的な出会いをするのですよ。

2:運命的な出会い?

1:私の、忘れたいけど、忘れられない恋……。
1:あれは私が20の頃。
1:いつもの様に身売りをしていると、とても素敵な外国兵に声をかけられたのです。

2:ほー。

1:アイスブルーの瞳とブロンドの髪がよく似合っている方でした。
1:その方は私を見て言いました。
1:「あなたは美しいが、穢れている」と。
1:身体に衝撃が走りましたよ、今まで道具の様に売り捌いて来た身体を、面と向かって「穢れている」と言われるなんて……。
1:驚きが隠せませんでした。

2:すごいストレートに言いましたね、その方。

1:ですが、その人は更にこう言いました。
1:「あなたを愛せるのは自分しか居ない」と。
1:「あなたをずっと探していた」……と。

2:ロマンチックですね。

1:ええ、本当に。
1:それからの日々は素敵でした。
1:身売りをしなくても、毎日美味しいご飯が食べられる。
1:その方が私を養って下さったのですよ。

2:へぇー。

1:しかし、日本も復興に力を入れ始め……、その方と私は離れ離れに……。

2:何でですか?

1:その方、自国に帰ることになったのです。
1:駐在を終えたので……。

2:あ……。

1:幸せだった日々は、そこで終わりました。
1:毎日優しい声で私を抱いてくれた手……。
1:美味しいご飯を二人で食べる幸せ……。
1:全部、全部、終わってしまいました。

2:……寂しいですね。

1:ええ……。
1:しかしその方は、私に莫大なお金を残していって下さいました。
1:そして私はそのお金で、その方が大好きだった喫茶店をやろうと思ったのです。
1:それに、その方が私に教えて下さった自国の料理を皆様にも召し上がってもらおうと考えたのです。

2:……なるほど。で、今があるんですね?

1:まぁ、そう言うことです。
1:続きを宜しいですか?

2:あ、はい、どうぞ!

1:それから私……何度かお見合いをしたんです。
1:しかし、身売りをしていた過去を何処からか調べ上げられて……毎回破談に。
1:その度に……自国に帰られたあの方を思い出しては泣き……毎日が苦しくて、死にたかった。

2:マスター……。

1:ふふふ、そんなお客様まで悲しい顔をなさらないで?

2:自分は……ただ振り向いて欲しかっただけなんです。

1:好きな方に……ですか?

2:はい……。
2:でも、その人には好きな人が居て……。
2:毎日毎日、惚気話を聞かされて……挙句、結婚したことも自分には告げないで……!
2:……だから自分で手首を切り……自殺したんです……。
2:喫茶「トリトマ」のことは、都市伝説程度に思っていました。
2:でも、実際に掲示板の書き込みなどを見て……本当にあるんだと知って……自分も行きたいと思いました。
2:だから……手首を切りました。
2:……だけど自分……まだ死んでないんですよね?

1:はい、亡くなっていませんよ。
1:生きるか、このまま亡くなるかは……お客様がお決めになること。
1:この一本道を真っ直ぐ進んでいけば……黄泉の国へと行くことが出来ます。
1:ですが、お客様が私の料理や珈琲で気持ちが立ち直るのでしたら……後ろを向いて引き返すことが出来ますよ?
1:とりあえず……お客様には……「満月のカルボナーラ」をお出し致します。
1:麺類には「長く繋がる」と言う意味が込められているのですよ?
1:新しい恋は、意外とすぐ傍にあるものです。
1:私には見えます。
1:お客様の仕事先の隣のデスク……。
1:その方とご縁がありそうです。
1:一度、お声がけしてみては如何でしょう?

2:え!?見えるんですか!?

1:ええ、私はこの世の者でもあの世の者でも無い存在。
1:私を信じてみませんか?
1:私の様な方を……もう出したくないのです。

2:マスター……信じても良いんですか……?本当に。

1:ええ、もちろん。
1:誰しも人を想えば胸が痛む……。
1:初めにも言いましたが、「トリトマ」ではそんな悩める方を慰め元気づけるのが目的です。
1:お客様には生きて欲しい。
1:まだお客様はお若い……。それに心も身体も綺麗です。
1:だから、前を向いて……ね?

2:(震える声で)マスター……ありがとうございます……。

【間】

(SE:ドアを閉めるベルの音)

1:行ってらっしゃい、お客様。
1:新しい恋を……楽しんで……。

(SE:ドアを開けるベルの音)

1:いらっしゃいませ。
1:あなたには忘れたい恋はありますか?


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