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ブラックスワン講座(8)さらに社会を「脆く」するアレコレ

ブラックスワンに対して脆さを増してしまう問題を取り上げていきます。ひとつは「無意味で浅はかな干渉」、もうひとつは「エージェンシー問題」です。いずれも真実を隠し、自浄能力を弱めて、「脆さ」を助長します。

1.浅はかな干渉

「医原病」は文字通り、医者が原因の病気です。具体的には、治療による被害から、治療によるメリットを差し引いたものが「医原病」です。つまり、医者の不要な治療行為によってマイナスが生じたということです。もっとはっきり言うと、それは医者のおせっかい(不要な干渉)と、医療ミスや院内感染などによるリスクの増大です。

現在、アメリカでは、医療ミスによる死者は、自動車事故の3~10倍と言われています。また、青少年にADHDやうつ病のような病気をでっちあげて治療をしたり、扁桃腺摘出をむやみに進めたりしていることも報告されています。また、製薬業界は自らの利益のために、常に過剰な治療を煽っているわけです。

すでに見たように、人間の体には本質的な「反脆さ」があります。また自浄能力も備わっています。それらを無視する「合理的な」判断がこのような医原病を起こしているわけです。

また、忘れてはならない点は、人は何かをする立場にいると単純に何かを「しなければならない」と思うことです。医者は患者を「助けなければならない」と考えて、無意味な治療や手術をしていまうのです。逆に、「何もしない」ことはたいへん勇気のいることだと言えます。

「反脆さ」を抑え込み、「脆さ」を助長している「医原病」と同様のことが、経済社会でも多くみられます。2007年に始まった経済危機の主な要因は、アラン・グリーンスパン(FRB議長)が、景気不景気の波(これは経済全体の「反脆さ」に必要なランダム性)を排除しようとして、リスクを絨毯の下に隠したからです。

2.エージェンシー問題

「脆さ」を語る上で、エージェンシー問題(プリンシパル=エージェント問題)も重要です。この問題は、一方の当事者(エージェント)の個人的利害が、サービスの実際の受け手(プリンシパル)の利害と一致しない場合に発生します。

具体的には、医師、株式のブローカー、コンサルタント、評論家、政治家などです。彼らの最大の関心は、顧客の健康や儲けではなく自分の収入であり、評価です。だから自分の利益につながるアドバイスをしがちなのです。

最近は、このプリンシパル=エージェント問題は、株主と経営者の関係についてよく議論されています。いかに代理人である経営者に、株主の意向に沿わぬ行為をやめさせ、株主の利益を最大化するかがポイントであり、そのためのコーポレートガバナンスや報酬(インセンティブ)のあり方などが研究されています。しかし、本質的な利害の不一致であるためこの問題の解決は難しいと言えます。

3.崩壊する「脆い」社会

このような、「浅はかな干渉主義」と「エージェンシー問題」は、両方とも社会の「脆さ」を助長します。

経済や金融の問題に対して、エコノミスト(と言われる人々)やコメンテーターは基本的に無責任な発言をしています。必要なときには「目立つ」発言をするかもしれませんし、また何らかの意図があって保守的なコメントをするかもしれません。いずれにせよ、そのサービスの受け手(視聴者)がそれによって損失を蒙っても何ら責任はないですし、それぞれのエコノミストたちの個人的な利益はほかにある典型的なプリンシパル=エージェントの関係なのです。

同様にマスコミも重要なニュースがなければ何も報道しない、なんてことはできません。毎日決められた分量のニュースを(意味があろうがなかろうが)売っていくことが彼らの利益なのです。

会社で雇うコンサルタントも、専門的(?)な知識を武器に様々なアクションプランを作って行動を要求してきます。しかしながら、その方法はそのコンサルティング会社の売り込みたい手法だったり、試験的な方法だったりします。ここにも完璧なエージェンシー問題が存在します。

政治家も様々なパフォーマンスをします。「これをやりました」と選挙のときにアピールできても「これをしませんでした」とは言えないのです。

具体的には、中央集権化、都市計画、規模の追求、最適化、安定化、景気拡大、などなどの推進です。このどれもが政府の余計な介入をもたらし、適度のランダム性のもとで正常に機能しているシステムをぶち壊すリスクを抱えています。また、人々が長年暮らしてきた生活を踏みにじるような結果も起こりえます。

更に、情報ネットワーク化が進む中、様々なデータや知識にだれもが簡単にアクセスできるようになりました。医療においても、正しい情報も間違った情報もあふれています。また経済社会も同様です。ネットでもマスコミにおいても加工されたほとんど意味のないデータが無限に生み出されています。

データの量が増えれば増えるほど、本当に役立つ正しい情報より、ノイズに触れる可能性は高まります。ビジネスや経済の意思決定において、データに依存することが極めて危ない理由です。

私たちは今、このような「浅はかな干渉」と「エージェンシー問題」によって、私たちの社会が確実に「脆く」なっているという認識が必要です。ブラックスワン的な事象によって崩壊するリスクがますます高まっているのです。