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「反脆弱性」講座 7 「100%合法的に人を殺す唯一の方法」(浅はかな干渉)

浅はかな干渉として「医原病」を取り上げます。「 #医原病 」とは、医者が原因の病気、です。具体的には、治療の被害から治療のメリットを差し引いたネットの部分を「医原病」と呼びます。

1930年代、389人の子供をニューヨーク州の医者に診せたら、174人が扁桃腺摘出を勧められ、残りの215人の子供を別の医者に診せたら、99人が手術を勧められ、残りの116人をまた別の医者に診せたら、52人が手術を勧められました。この手術では、2~4%の確率で後遺症が発生していたし、15000件に1件で死亡することがありました。不要な手術を受けるたびに、子供の寿命の期待値が下がっているのです。おせっかいな人々の浅はかな干渉がもたらす害だけではなく、利得と害の損益分岐点を見極めることができていないわけです。

医原病の数は、知識の増加(科学の進歩)、診療所の増加とともに増えてきました。ライプニッツはこういった病院を「死の温床」と呼びました。また、街中で出産する女性よりも病院で出産する女性のほうが死亡率が高いこと気づき、警告を送り続けた医師センメルヴェイス(オーストリア・ハンガリー帝国)もいました。

現在でも、アメリカでは、医療ミスによって自動車事故の3~10倍の人が亡くなっています。さらに心配しないといけないのは、過剰な治療を煽っている製薬会社、ロビイストなどです。子供にADHD(注意欠如・多動性障害)やうつ病みたいな架空の精神疾患をでっちあげ治療すれば、長期的な害はいやむやになってしまいます。

医原病と同じことが起こっている分野があります。社会経済分野です。元FRB議長のアラン・グリーンスパンは、景気・不景気の波をなくそうとして、浅はかな干渉を行い、リスクを絨毯の下に隠しました。それが2007年からの経済危機に繋がっていきます。景気循環を排除しようとする余計な干渉が、脆さの元凶となるわけです。

タレブは、干渉すべてを否定しているわけではなく、「浅はかな」干渉と、その害に対する認識不足に対して警鐘を鳴らしているのです。システムに自然に備わっている反脆さや自浄能力を無視するのはやめよう、ということです。

干渉主義には欺瞞の要素があります。「私はこんなことをしてあげました」というアピールです。一方で「何かをしなかった」ということで名声を得ることは(何もしなかったことで損失を防いだとしても)難しいのです。

昔からの知恵は、「先延ばし」です。イギリスの #フェビアン協会 は、ゆっくりと日和見的に革命を行うことを信条にしていました。これは目標を達成する手段ではなく、目標は変わるという事実に対応する手段として有効でした。先延ばしは、物事を自然の成り行きに任せ、反脆さを働かせる、人間の本能的な防衛手段なのです。ただ、心理学者たちは、「現状維持バイアス」と呼んで、逆に「病気化」してしまっている者もいるようです。

現代性が私たちにもたらす情報は、私たちを神経質な人間に変えています。要は、真の情報でなく、ノイズにばかり反応してしまうわけです。そしてノイズと信号を区別できない人間の身体的・知的欠陥が、過剰な干渉を生み出すのです。

100%合法的に人を殺す唯一の方法、それは、かかりつけの医者をつけることかもしれません。ロリー・サザーランドによると、かかりつけ医のいる人ほど浅はかな干渉主義に陥りやすく、医原病にかかりやすいと言います。医者は自分の給与の正当性を示さなければならないが、「何もしない」ではその証明にならないのです。また、データがあると干渉は増えます。

現代はデータが山のように手に入ります。しかし、データに触れれば触れるほど、貴重な「信号」ではなく、ノイズに触れる可能性は不釣り合いに高まっていきます。ホルモンは体内システムの様々な部分に情報を運ぶが、その量が多すぎると、人間の生物学的な仕組みに混乱をもたらすと言います。同様に過剰な情報は過剰なストレスとなり、反脆さの限界を超えてしまいます。

国家がもたらす影響についても考えてみましょう。実は多くの国において、中央集権的な国家が無能であるがゆえに、安定に貢献してきた例があります。ソ連では、農業を効率化しようとしたもののそれができず、専門化も進まなかったのだが、そのおかげで、ソ連の崩壊の中、人々はあらゆる食料を手に入れることができたと言います。

フランスにおいても、パリ以外は未開の土地であって、中央集権化は戦後になってようやく実現しました。また、その後も政府が長続きしないこともあり、無秩序の中での機能が可能だったのです。

スウェーデンがちゃんと機能している理由は、スイスと同様に税金はコミューン主導でコミューン内で使われます。従い、国家主義のように見えて実態は各地域の経済の有力者に他の民主国家よりも自由が認められています。

オバマ大統領は2011年に起こった #エジプト革命 を予測できなかった政府の諜報ミスを非難しました。しかし、重要なのは統計学上のテールの部分に存在する「抑圧されたリスク」であって、崩壊そのものを予見できなかったことではありません。

また、2007年からの経済危機が始まると、人々は #サブプライム・ローン 市場の崩壊を予測すべきだったと考えました。サブプライム・ローンが金融危機を引き起こしたと思っているからですが、これは危機の症状であって、根本原因ではありません。

これらの相互依存しているシステムで、「テール」の事象を予測することなんてできません。その確率を科学的に測定することもできないのです。