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「反脆弱性」講座 11 「まあまあのリスクが本当はヤバい」(不確実性の手なづけ方)

反脆さを手に入れるひとつの方法は、タレブ氏の言う「バーベル戦略」です。

反脆さを実現する最初のステップは、アップサイドを増やすよりも、まずはダウンサイドを減らすことです。つまり、脆さを緩和するのです。これは必須条件となります。脆さは残酷です。一度手荒い扱いを受けて壊れた小包は、決してもとには戻りません。逆方向には行かないのです。

また、重要なのは、単なる結果でなく、それに至る経路、つまり出来事の順番です。科学者はこれを「経路依存性」と呼んでいます。たとえば、手術の前に麻酔をするのと、手術をしてから麻酔をかけるのでは全く違います。

この「経路依存性」によって生じる脆さについて無視されがちです。固定的な思考のビジネスマンは、利益を上げることを最優先に、生き残りやリスク管理は二の次になっています。だから、「成功するには、まず生き残らなければならない」というとても当たり前な論理が見えなくなってしまうのです。

特に政治や経済の議論で、この単純なポイントが見えなくなります。たとえば、経済成長と景気後退リスク、金融の利益と致命的な損失リスクです。もし一度で吹っ飛ぶリスクがあるならば、戦略的なリターンなどはまるで無意味なのです。つまり、システムが脆ければ、改善や「効率化」の努力が、崩壊のリスクによってみんな無意味になってしまうということです。それを防ぐには、まず崩壊のリスクを抑えるしかありません。

墜落のリスクが高い飛行機は、目的地に着かない可能性があるので、「速度」という概念の意味がなくなります。これと同じように、脆さの潜む経済成長は、成長とは呼べません。

そこで登場するのが、「バーベル戦略」です。バーベルは、ウェイトリフティングで使われる両脇に重りのついた棒です。中央には何もありません。従い、 #バーベル戦略 は、両端に極端なものがあり、中央に何もない状態を示します。

これは、ある分野では安全策をとり(負の #ブラックスワン に対して頑健)、別の分野では小さなリスクをたくさん冒す(正のブラックスワンの余地をつくる)ことで反脆さを実現するというイメージです。

一方で、「中間」や「中くらい」のリスク・テイクした場合は、負け試合になることが多いのです。それは中程度のリスクには大きな測定誤差が生じやすいからです。

金融の例で言うと、90%を現金などの安全資産、10%をこの上ないくらいのハイリスクな証券をもっているような形です。もし100%を中程度のリスクの証券につぎ込んだとすると、リスクの計算違いで破滅する可能性があります。バーベル戦略では、予測ミスに対して脆くなく、損失の最大値は分かっているわけです。

つまり、反脆さとは、超積極性(冒険心)とパラノイア(偏執病)のミックスであり、ダウンサイドを徹底的に切り捨てて極端な損害から身を守り、一方でアップサイド(正のブラックスワン)がやってくるのを待つのです。

生物学においてもバーベル戦略は見られます。一雄一雌の動物種においては、安定した相手とつがいになる傾向があり、より情熱的なボスとときどき浮気をするのです。つまり、デメリット(ダウンサイド)を抑えておいて、遺伝的なメリットまたは快楽(アップサイド)のために、婚外交尾を行うわけです。一雄一雌制の鳥は、雛の一割以上が育ての父以外の血を継いでいると言われています。

大きな被害から身を守ることは当然のように思われますが、実際には、最高の出来事に備え、最悪の事態にはおかまいなしという人がたくさんいます。私たちは小さな損は嫌がるのに、超巨大なブラックスワン的リスクをあんmり気にしないのです。

中庸が「 #黄金の中庸#ゴールデン・ミドル )」にならない分野では、バーベル戦略(極端な安全策+極端なリスク・テイク)が活躍します。

ひとつは作家の世界です。作家は一か八か、リスクのある仕事です。フランスをはじめヨーロッパの作家は、閑職につく風習がありました。たとえば公務員で、雇用が保障されて、仕事が少なく、リスクの低い職業です。閑職に就きながら執筆するのはとても安心なモデルです。

一方、アメリカではメディア界や学会の一員となることが多く、研究者などは日常的な不安や重圧にさらされ、魂は劣化し、文章は壊れていきます。それに対して、閑職に就きながら執筆するのは、とても安心なモデルなのです。

ほかにも、非対称性をもつバーベル戦略はたくさんあります。

たとえば、社会政策では、弱者を徹底して守り、強者にはどんどん仕事をさせるべきなのです。逆に中流階級を支援して彼らの特権を強化すると、進化が妨げられ、様々な経済的な問題が生まれ、それが弱者を苦しめることになるのです。

私の生活においても、饗宴が盛り上がるとはめをはずし、重大な決断をするときには「理性」を保ちます。また、読書も、時にはくだらいゴシップを読みながら、古典や一流の作品を読みます。中間のものは読みません。

つまり、ランダム性に対してバーベル戦略をとれば、反脆さを実現できるわけです。なぜなら、脆さを緩和してダウンサイド・リスクを摘み取ることができて、同時に潜在的な利得を確保できるのです。

ストア主義とは、感情を排除することではなく、手なづけることであるのと同様に、バーベル戦略とは、不確実性を排除することではなく、手なづけることなのです。