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ブラックスワン講座(6)いつも社員が犠牲になる

1.「脆い」と「反脆い」

ブラックスワン的な事象に対して、どういう影響を受けるのか、またそういった事象に対して強いもの、弱いもの、あるいは、耐久力をつけるにはどうしたらいいか。こういった議論を進めるうえで、必要なのは「脆い」「頑健」「反脆い」という3つの概念を知ることです。

これはタレブの著作「反脆弱性」において、「重要な三つ組(トライアド)」として、様々な領域でその3つの例を上げていますので、興味があれば「反脆弱性」を参照してください。

この「反脆弱性」において、タレブは初めて「脆い」の反対として「反脆い」(Antifragile)という言葉をつくりました。

「脆い」の反対というと普通今までは、「強い」「固い」「頑健」などのイメージです。「脆い」ものは、「壊れやすい」もので、変動、振動、ランダム性やストレスに対して弱く壊れてしまいます。これに対して「強い」「耐久力がある」「頑丈」というものは変動や振動に耐えて現状を維持しします。

別の見方をすると、正の「脆い」に対して「強い」ものは「無」なのです。では正の「脆い」に対して、正反対の負の「脆い」はと言うと、変動や振動、ストレスなどが加わると逆に成長・繁栄するもの、利益が出るものなのです。これを「反脆い」と表現します。

ギリシャ神話に分かりやすい話があります。何度も体を焼かれても自らの灰の中からよみがえるフェニックスは、「頑健」です。一方で、首が何本もあるヘビのようないきものであるヒュドラーは、首を一本切り落とされる度に、2本の首が生えてくるのです。これこそ「反脆い」と言えます。

さらにもうひとつ分かりやすい例を上げるならば、「生き物」と「機械」の違いです。

たとえば、人間の体はある一定限度までであれば、ストレスはプラスに働きます。人間の骨は一時的なストレスがかかると密度が高くなります。また、筋肉も鍛えれば一度破壊され、さらにより強い筋肉が再生されます。

一方で、無機物は頑健であることはあっても、「反脆く」はありません。機械は使用するに応じて、また時間が経過するのに応じて、古くなり、弱くなっていきます。どんな丈夫な機械であっても、やがて耐用年数を越えて動かなくなってしまうものです。

2.システムとしての「脆い」「反脆い」

「脆い」「反脆い」は、個体についてだけではありません。システムや階層構造においては、その特徴がより明らかになります。またその際、「反脆く」なるには必ず「脆い」ものや「脆い」システムが必要になります。

たとえば、生物の個体は脆くても、その種の遺伝子は「反脆い」と言えます。個々の生物の単位は環境の変化が激しいと多くは死んでいきます。しかし残った単位は生き延びて、遺伝子としてはより環境適応度を高める結果になるわけです。

生物の「進化」は、このような環境面でのランダム性、と突然変異のランダム性(自然の突然変異でも、一番優秀な単位が生き残るため)から得られるものなのです。

また、同様に個々の飛行機事故は悲惨かもしれませんが、システムとしては、飛行機事故が起こるたびに、改良されて安全性が増していきます。

このように、「反脆さ」が機能していくには、階層構造が重要となります。

3.社会システムの場合

経済社会にも、同様の階層構造があります。たとえば、個人、企業内の部署、企業、産業、経済全体と順番に上層の階層となっていきます。

経済全体が「反脆く」なり、また「進化」するためには、下位の階層が脆く、死滅や消失する可能性をもっていることが欠かせません。生物の進化が起こるためには、ある生物が死滅し、別の生物(または遺伝子)で置き換えられることが必要なのと同様です。

つまり、経済全体が「進化」するには、産業の衰退、個々の企業の破たんや退出が必要なのです。そしてそこには新しい産業や企業が置き換わっていくわけです。

そして、生物が個々の細胞を犠牲にしながら、それなりに「反脆く」生きているように、企業も社員を犠牲に生き延びていくことになります。企業は少しでも「反脆く」なるために、「脆い」個人を利用するのです。

このように、経済全体がブラックスワン的事象に遭遇した場合、経済がその衝撃に耐えるために、まず産業や企業を犠牲にします。そして産業や企業は社員の個人を犠牲にして、ブラックスワンに対抗するわけです。

個々の社員レベルでも残念ながら階層は存在します。まずは非正規社員に最初の影響が出てくるのは、この仕組みを考えれば当然ということになります。

それでは、社員一人一人を犠牲にすることなく、企業がブラックスワン的な事象に耐えていくにはどうすればいいのでしょうか。それは企業レベルで「反脆く」なることです。

また、このように社員を犠牲にする企業に対して、個人はどうすればいいのでしょうか。それは、個人が「反脆く」なることです。

どうすれば、企業や個人が「反脆く」なれるのか、をこれから検討していきましょう。