ビジネスマンのためのブラックスワン対策講座(3)実務は確率でなく全てペイオフで判断せよ

ブラックスワンに対抗する方法として、実務においては、確率ではなく「脆さ」によるペイオフ(結果の対価)に基づいて意思決定をしていること。そして、「脆さ」を原因とするすべてを崩壊させるリスクがなかなか見えないことを論じていきます。

1.ペイオフの考え方

私たちは、飛行機の搭乗の前に乗客を金属探知機で検査します。これは乗客が武器をもっていないかチェックしているわけです。それはおそらく微小な確率です。では、なぜチェックしているかと言うと、私たちがテロに対してたいへん「脆い」からです。ここにペイオフ(結果の対価)との整合性があります。

つまり、乗客にテロリストがいてテロを防いだときのペイオフはとんでもなく大きいわけです(これは私たちが脆いから)。これに対してチェックする費用はごく小さいものです。従い、ここに非対称なペイオフがあるのです。

原子力発電所が爆発する可能性は高いとは言えません。ただそういうリスクを想定して安全のために年間多額の費用を使っています。それは、私たちが原子力の事故に対して、あまりに「脆い」からです。ここにも同様の非対称のペイオフがあります。

私たちは、決定をする際に、ほぼ間違いなく確率の大小でなく「脆さ」を基準に選んでいます。また、言い換えると「正しい」「正しくない」ではなく、「脆いかどうか」そしてその結果(ペイオフ)で意思決定しているのです。つまり、一方よりもう一方の方がはるかに悪影響が大きいからそれを避ける意思決定をするのです。

一方学者は、確率(「正しい」か「正しくないか」)で判断します。「信頼水準」という言葉があります。ある結果が「信頼水準95%で得られる」と言う意味は、間違っている確率が5%以下であるという意味です。しかし、これは影響の大きさ(ペイオフ)が考慮されていないので、使い物になりません。

たとえば、「この飛行機は信頼水準95%で安全だ」と言われたらどう思いますか?悪夢以外の何物でもないでしょう。

このように、実世界、ビジネス世界においては、確率(「正しい」か「正しくないか」)など役にたたないのです。大事なのはペイオフなのです

2.カモを探す

「ブラック・スワン」に登場するデブのトニーは、世の中は「カモかカモでないかだ」と言い放ちます。彼は、仕事バカ、役人、特に銀行員を究極のカモだと思っています。

彼の考えでは、「正しいか、正しくないか」はまったく考慮する必要はなく、「カモかカモでないか」、言いかえると「脆い」か「脆くないか」、更に言いかえると「七面鳥かそうでないか」で決まる。つまりペイオフです。

そして、トニーは、「脆いカモ」を見つけたら、その崩壊の方に賭けるのです。銀行のシステムの「脆さ」とそれにより起こるペイオフに気づいたトニーは、金融市場の崩壊に賭けて大金を得たのです。

彼は予測というものを一切信用していませんでした。予測は一般的に不可能だからです。しかし、そういう予測に頼る人が高いリスクを冒し、トラブルに陥り、最悪の場合は破産することは予測できるのです。それは、予測する人は自分の予測ミスに対して「脆い」からであり、数値予測によって自信過剰になり、人をリスクテイカーに変えてしまうからです。

トニーは予測も確率も信用しないが、予想屋が破たんすると予想したわけです。従い、彼はすべてペイオフをベースに行動しているわけなのです。

3.経路依存性

ペイオフがすべてと言いながらも、忘れてはいけないのは、単なる最終的な結果でなく「経路依存性」という出来事の順番です。たとえば、麻酔は手術の前にする必要があります。その順番が逆になると患者にとってはまったく異なる悲惨な体験になってしまいます。

実は、この「経路依存性」によって脆さが生じます。いったん壊れた脆いものは普通元には戻らないのです。いくら潜在的なアップサイドがあっても無意味なのです。

固定的な思考に慣れきったビジネスマンは「経路依存性」によって生じる脆さを無視しがちです。彼らにとっては、少しでも利益を上げることが最優先で、リスク管理や生き残りは二の次なのです。

企業の成長性やスピードなどの変化に関係する概念は、「脆さ」を考慮しなければ、ほとんど実務的に意味をなしません。たとえば、時速400キロ超で大都市を疾走すれば、(ほぼ間違いなく、事故を起こして)目的地には到達できません。到達しない以上、時速の概念は意味を持たないのです。

4.崩壊のリスク

1982年、アメリカの大手銀行は過去の利益の累計に近い額の損を出しました。長年かけて稼いだものがほとんど全部吹き飛んだのです。中南米の国々がデフォルトを起こしたからです。当時「極めて異例の事態」と言われましたが、実際には、銀行がとても「脆い」商売で利益を稼いでいることがはっきりしたわけです。

日本においても、大企業が、世界不況、為替の急激な変動、業界の不振、不正会計ほかスキャンダルなど(これまた、極めて異例な事態、と言う)により、数十年の利益を吐き出すのはそう珍しくはありません。また、しばしば倒産もあります。

このような「脆さ」と同居しているならば、年間の利益をいくら伸ばすか、成長率云々というのは、まったく無意味になります。お金を稼いで高級車を買いたいなら、まず大事なのは生き残ることなのです。

GDPを成長させるには、未来の世代に借金を先送りすれば可能です。そしてその結果、未来の経済が崩壊することになりかねません。このような「脆さ」の潜む成長を成長と呼べるのでしょうか。同様に、墜落するリスクの高い(=脆い)飛行機は目的地に着かない可能性があるので、そもそも「速度」という概念は無意味なのです。


確率の議論、あるいは、正しいかどうかという点より、実務においてはペイオフが重要であると述べました。また、破綻するかもしれない「脆さ」を抱えながら成長率にこだわり、抑えるべきリスクの順番を間違うという人の性についても述べてきました。

実務において、ブラックスワンへの対処法として、まず「脆さ」を和らげること、そしてまず崩壊のリスクを抑えるしかないのです。これを実現するための具体的な方法として、次講義にて「バーベル戦略」を紹介します。