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ブラックスワン講座(3) 黒い白鳥が生まれるところ


1.拡張可能ということ

タレブ氏が、今まで人からもらったアドバイスの中で、最高で最悪のものは、学生時代に「稼ぎを何倍にも拡張できる(scalable)仕事を選べ」というものだったと言います。つまり、働いた時間や仕事量に縛られて稼ぎが決まるのではない仕事をしろ、という意味です。

この「拡張可能性」という考えが、仕事の選択にとどまらず、その後のタレブ氏のブラックスワンや不確実性の理解を容易にすることになりました。

分かりやすく言うと、歯医者やコンサルタント、税理士、マッサージ師、売春婦などの仕事は、稼ぎを何倍にも拡張できたりはしません。レストランもフランチャイズ制にでもしない限り、満席以上の稼ぎは期待できません。収入はいいアイデアを思いつくかどうかでなく、一生懸命に頑張り続けることができるかで決まります。

一方で、アイデアを仕事にしていれば異なります。株式のトレーダーなら、100株でも10万株でも仕事量は同じです。音楽家や映画俳優、作家も同様に、仕事量を増やさなくても稼ぎを何桁も増やすことが可能なのです。それは、映画や印刷技術のメリットを生かし、1人のお客と数百万人のお客に対する仕事量が変わらない時代になっているからです。

この収益の「拡張可能性」はどんなビジネスにおいても非常に重要な概念です。それは、仕事量、つまりは労働力に縛られるのか、あるいは投入資金に縛られるのか、いずれにせよある一定のリソースに利益が縛られる場合は、残念ながら成功しても爆発的な利益の伸びは期待できません。

一方、収益が何桁も伸びるケースでも、うまくいけばいいのですが、概して競争が激しく、まぐれに振り回され、ほんの一握りの人がすべてをぶんどってしまうような世界です。努力と成果はなかなか結び付かないのです。これが、タレブ氏が「最悪の」アドバイスでもある、という理由です。

2.「平均的な世界」と「極端な世界」

ここで、私たちは、まったく異なる2つの世界をイメージする必要があります。

ひとつは「平均的な世界」です。「拡張性」はなく仕事量に応じた収入を得ることができます。その世界のイメージは、人の体重の分布に似ています。人口全体から無作為に1000人の人を選びだし、体重の分布を見るとします。どんなに重い人でも平均の3倍程度ですから、一人の極端な人が影響を与える可能性は極小なのです。

一方で「極端な世界」を想像してみましょう。今度は1000人集めて、財産の額の分布を見てみましょう。この場合は世界一の金持ち(ビル・ゲイツ?)が加わると、間違いなく一人で全体の99.9%以上を占めてしまいます。

本の売れ行きで分布をとってもそうです。J・K・ローリング(ハリー・ポッター・シリーズの著者)は数億部売っていますので、全体に占める割合は極端に大きいのです。

それ以外にも、財産、企業規模、情報、商品価格、金融市場、経済データ、等々人が作り出したものの多くは、この「極端な世界」に属しています。

3.ブラックスワンを生み出す世界

なぜブラックスワンが起こるのか?この2つの世界を材料に説明しましょう。

火星人が「平均的な世界」を訪れて、平均身長の調査をしたとします。100人も測ればだいたいの平均はわかります。またこの「平均的な世界」を100日間観察していれば、そんな変わったことは起こらないし、たとえ変わったことが起こっても、それはさほど重要なことでもありません

ところが、「極端な世界」を訪れたら、サンプルから平均を知ることは困難です。たった1つのデータの影響が大きすぎるからです。また、たった1つの事象が全体に大きな影響を与えてしまうこともありがちです。そこが大きなインパクトを生じるブラックスワンが生じる原因です。

まさに、この2つの世界の違いが大小の2種類のランダム性なのです。「平均的な世界」ではデータが増えるにしたがって分かることが増えていきます。一方「極端な世界」では、データの積み重ねにより知識は増えません。極端なデータの可能性が常にあるからです。だからブラックスワンの予測が困難なのです。

4.加速するブラックスワンの破壊力

現代の大都市の人口密集は、地震や津波などの被害を大きくします。また、地球温暖化や森林伐採などの環境破壊行為から自然災害もより甚大になり、また頻度も多くなっています。これらの自然による災害の規模の大きさも「極端な世界」の特徴であり、現代化により拡大しています。

更に、世界中に張り巡らせた情報のネットワークや、グローバル化により多くの企業のサプライチェーンが世界中に広がっている現代は、ブラックスワンの影響をますます広範囲で大きなものにします。

私たちの住む「極端な世界」は現在、その「極端さ」を激しくしていく方向への一方通行です。企業はますます巨大化し、世界中のネットワークも複雑かつ大規模に地球を覆い尽くしてきています。従い、今後決して自然に解決することは期待できません。

私たちは、このようなブラックスワンの生まれる背景と、私たちの住む「極端な世界」をよく理解した上で、更に対処方法を検討していく必要があるということです。