マガジン一覧

大盛

6000字くらいの文章

善と有との実在的同一性について トマス・アクィナス『神学大全』第一部5問1項

トマス・アクィナス『神学大全』の第一部第五問から第六問を読んだ。昨年に第四問までを読んだので、今回はその続きだ。翻訳は山田晶『世界の名著 続5』(中央公論社)所収のものである。 ここでは善について探究されており、第五問の方では善一般について、第六問の方では神の善性について論じられている。本稿ではこれらの探究のなかで最初の問題、第五問第一項「善は実在的に有と異なるか」を取り扱う。なおここでいう「善」とはbonum、「有」とはensの訳語である。 今日は先に議論の要約を示してから

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教養について プラトンとイソクラテスの比較

今日の話は教養についてである。教養のことを英語でcultureというが、初めてこのことを知った時は意外に思った。「文化じゃないの?」という風に。 この疑問はcultureがagriculture(農業)やcultivate(耕す)と同根の言葉であることに思い至れば解決する。つまり、これらの言葉はもともと土地や作物を豊かにすること、実らせることを意味した。そこから転じて精神や人生を豊かにするものとして「教養」の意が生じた。このように解すれば一応の説明はつくだろう。オマケで「ラテ

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メテクシス プラトンの分有理論について

前回プロクロスの『神学綱要』を読んだのだが、その中で「分有」という言葉が多用されていた。「分有」すなわち「メテクシス」(μέθεξις)というギリシア語は「参加」「関与」(英語なら“participation”)とも訳される言葉であり、プラトン哲学におけるイデア論の用語としても知られる。 今回はこのメテクシスについて、『パイドン』(池田美恵訳、田中美知太郎『世界の名著 6 プラトン I』〔中央公論社〕所収)と、藤沢令夫『イデアと世界――哲学の基本問題――』(岩波書店)とを参考

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プロクロス『神学綱要』におけるヘナデスについて

プロクロスの『神学綱要』を読んだ。翻訳は田中美知太郎 責任編集『世界の名著 続2 プロティノス ポルピュリオス プロクロス』(中央公論社)所収の田之頭安彦によるものである。 不勉強でプロクロスについては「新プラトン主義の人……ですよね?」という程度の知識しかなかったが、いざ『神学綱要』を読んでみると議論がカッチリしている。論述のスタイルとしてはユークリッド風の命題と証明とからなる形式であり、スピノザの『エチカ』みたいな、あんな感じである。初見だと少し面食らうが、読んでいるうち

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並盛

2000字くらいの文章

13 本

【備忘】トマス・アクィナス『存在者と本質について』を読んで

トマス・アクィナス『存在者と本質について』を読んだ。翻訳は上智大学中世思想研究所『中世思想原典集成14』(平凡社)所収の須藤和夫の訳である。 本作はトマスの著作のなかでは小品(opuscula)に属し、ただ読むだけなら短時間で読むことができる(全文音読して約90分)。執筆動機は「自分の朋輩のために」書かれたとされ、「朋輩」とは彼の所属していたドミニコ会の修道士のことを指す。いうなれば、本作はトマスが同僚のために書いた形而上学ガイドである。 内容に関しては、本質(essenti

今年に読みたい本の話

年末年始は気もそぞろで落ち着いて本を読むことができなかった。 新しく読んだ本もないので今日は特に面白い話もないのだが、ちょっとした準備運動として今年に読みたい本のことでも書こうと思う。 思いついたものをリストにしてみたら以下のようなラインナップになった。 並び順にこだわりはないが、ギリシア関係の本が連続しないようにしている。いくつかピックアップしてコメントしていこう。 プラトン『パイドロス』 前回、藤沢令夫『イデアと世界』を読んだのだが、その第三章「プラトン的対話形式の意

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読む、聞く、書く

月に二回程度、学習内容の復習のために読んだ本の感想を書いている。たまには違う種類の文章を書いてみようと思っていたのだが、ちょうど #わたしの勉強法 というタグを見つけた。そんなわけで、今日は勉強法についての話をしてみよう。私の勉強は大きく分ければインプットとアウトプットの二工程からなる。 ①インプット 私は本を読むのが苦手だ。恐らく「完璧に理解しないといけない」という気持ちが強くて、そうした意識が本を読むことへのハードルを上げているのかもしれない。それでも知りたいこと、学

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ビザンティンの教養と官僚制

井上浩一著『生き残った帝国ビザンティン』(講談社現代新書)を読んだ。本書はビザンティン帝国の通史であり、初学者にも読みやすい入門書でもある。私が読んだのは新書版だが、文庫版(講談社学術文庫)も出ており、そちらの方が新しい。 私は本の感想を書くとき「今日はこれについて考えよう」と、ある程度の見当をつけるのだが、今回はそれがなんだか難しい。ゆえに散発的な文章になりそうだが、気の向くままに話したいことを話そうと思う。 最初に、歴史研究の心構え(のようなもの?)について、本書を読ん

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中盛

4000字くらいの文章

存在とペルソナ トマス・アクィナスの存在論

稲垣良典『トマス・アクィナス『神学大全』』(講談社選書メチエ)を読んだ。本書は『神学大全』の解説書であり、『神学大全』を「挑戦の書」として読むということが全体のテーマとして掲げられている。 本書の探究は大きく分けると以下の三つの方針をもつ(30-31頁)。 ①神の問題、あるいは「問題としての神」 ②「存在」理解の問題 ③社会哲学ないし政治哲学における共通善概念の復権 この中で、本稿では②の話をしようと思う。本書の範囲でいえば主に第三章「交わり・即・存在」の内容である。ここ

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イブン・ルシュドの知性論

井筒俊彦『イスラーム思想史』(中公文庫)を読んだ。本書はイスラームの思想史を思弁神学、神秘主義、スコラ哲学との三潮流にわけて概説し、巻末にバスターミーとインド思想との関わりを研究した論文「TAT TVAM ASI(汝はそれなり)」を併録する。 通常、スコラ哲学とは中世ヨーロッパの学校で研究されたキリスト教神学を意味する。だが井筒はイスラームにおける「ギリシャ哲学の影響の下に発達した独特の哲学」(『イスラーム思想史』218頁)、または「ギリシア哲学をイスラーム的コンテクストにお

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人間とメタファー

瀬戸賢一『メタファー思考 意味と認識のしくみ』(講談社現代新書)を読んだ。本書は日本語と英語とによる具体例を示しながら、《必須の表現手段》としてのメタファーを《人間的意味形成の問題》として取り扱う。根本的には、メタファーへの考究を通して「人間とは何か」という問いへの解答を試みるものである。 以前に霜山徳爾『人間の詩と真実』(中公新書)を読んだときも、その中心には「人間とは何か」という問いがあったことを思い出す。詩や比喩、広くいえば言葉の問題とは究極的には人間学の問いに至るのか

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怪物と人間

ギリシア哲学の本を読んでいると、前提としてギリシア神話の知識が求められることがある。訳注などを見れば困らないのだが、こうした教養を修めていないのはなんとも後ろめたい。 そんなわけでギリシア神話の入門書を手に取った。今回読んだのは高津春繁著『ギリシア神話』(岩波新書)と、松村一男著『はじめてのギリシア神話』(ちくまプリマー新書)とである。二書の特徴に関していえば、高津の『ギリシア神話』は神話のエピソードそのものの紹介がメインで、松村の『はじめてのギリシア神話』は他地域の神話との

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