光の与え方
毎年恒例のカロリーメイトの受験生モチーフ広告、今年は数学好きと美術好きの2人の学生の、テンポの良い美しい掛け合いが印象的なCM。
Xで流れてきたあのCMをはじめて見たとき、思わず息が止まりそうになった。
17歳の私が、まさにそこにいた。
とにかく生きることにやる気がなかった。
周りは受験に向けての勉強を始める中、自分だけ勉強できなくて、テストでは毎回赤点を取る。何に向けて頑張れば良いかわからなかった高校2年生の秋の終わり。たまたま夜更かしして、深夜に放送されていた歌番組で、とある歌手がゲストとして出演し歌唱し始めた瞬間、私は心を奪われた。
担任は私の進路がやっと見つかったことがよほど嬉しかったのか、今後の進路を調べてくれた。
「テレビの舞台セットを作る人になるには、美大に行くと良いんじゃないか。美大に行くための予備校があるらしくて…」
12月後半、教室の少し重たい扉をこじ開け、私は初めて自ら選択した人生に足を踏み入れた。狭い空間に20人ほどの同世代の生徒たちが、皆珍しそうにチラチラと私の方を見ている。
あとで聞いたが、高校2年の冬季講習から美大予備校に通うのは少し遅い方のようだった。
「鉛筆は色々な濃さがあるけど、よく使う濃さを軸に描くと良い」
「構図は絶対に大事。構図の良さがデッサンの良さを決める」
「食べ物は美味しそうに描こう」
色々先生に言われた気がするけど、今ではほとんど忘れてしまった。言われたことより、経験したことの方が覚えている。ねり消しをちぎって緊張を忘れたこと。一生懸命描いた絵が、講評で下の段に追いやられた日のこと。初めて光を与えるために消しゴムを使った時のこと。
30代にもなると、こんな日々のことを思い出す回数はかなり少なくなった。今日もささくれのある指で、いつつけたか分からないiPhoneの傷を撫でながら帰路に着く。絵がうまくなることだけが全てだと思っていたあの頃よりも、世界は広くなったと思うけど、考えなければいけないことが増えただけな気もする。大人になって複雑に重なり合った事情も、消した道筋を光に見立てられたら少しは美しく見えるだろうか。
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