前方後円墳は、英語でなんて言うの?
前方後円墳の"前方後円”の語は、江戸時代の国学者蒲生君平(がもうくんぺい)が19世紀初めに著した『山陵志』で初めて使われました。寛政の三奇人・蒲生君平は、各地に残る「車塚」という名称から、前方後円墳は宮車の形を模倣したものだと考え、方形(四角)部分が車の前だと考えました。しかし現在では、古墳時代にそのような車は、日本には存在しなかったと考えられています。
このような「四角が前で、丸が後ろ」の話は、蒲生君平までは覚えていなくても、社会や日本史の授業で聞いたことがあると思い