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今年(2024年)の東京大学学園祭『五月祭(ごがつさい)』つまみ喰い見学体験記

第97回五月祭が去る2024年5月18日(土)、19日(日)に開催された。初日の18日は5歳の孫を連れて、二日目最終日の19日には、外国人への日本語支援活動で知り合った(私が何度か先生役をした)中国系マレーシア人のITエンジニアK君を案内して回った。

初日の土曜日は、初夏の強い陽が射して25度は優に越える夏日になった。屋台が並ぶ通路は昼前から人の波でごった返している。
子供向けの展示やイベントも結構ある。その中でもモノを動かしたりいじったりする企画が多い工学部のエリアに向かう。

最初にハマったのは、レゴ部の動く鉄道レゴ。大人が見てもなかなか見事で、5歳児には驚きの世界だった。周囲への気遣いをする余裕もなく、孫は声をあげて興奮し、コーナーの学生に向かって大きな声で盛んに質問を発する。「線路はどうやって作ったの・・・」「この列車はどうやって動いてるの・・・」などなど。

次に見たのは、電気工学の展示の一つ、リニアモーターで動くミニ乗り物。直線のレールの下に仕込んである電磁石コイルに流す電流の位相を変えて推進力を生み出して前進する。これも、「なんで動くのー」と興奮。隣では、道路の下に埋め込んだコイルに電流を流して、その上を走る電気自動車に充電をする技術を解説。柏市と実証実験が進んでいるという。

後記:6月6日に放送されたNHK「所さん!事件ですよ」で電気自動車(EV)がテーマに取り上げられていた。そこで次のような紹介があった。
東大藤本教授の研究室と千葉県柏市で公道での実証実験が進んでいる。道路に埋め込んだコイルから、上を走る車体の下に取り付けられたコイルに無線給電する。急速充電技術で、1秒の給電で100m走行できるほどの給電ができる。一方、公道を走行する車は、全走行時間の4分の1の時間は信号機手前30mの範囲にいることがわかっている。よって、この範囲の道の下にコイルを埋め込めば充電器からの充電なしにどこまでも走っていける。このインフラが整えば、バッテリーの大きさを著しく小さく軽くできる。安全面でもエネルギー効率の面でも大きなメリットとなる。2028年には大阪市内でも実用化を目指す動きがあるという。充電電気代は定額制で検討されているという。

人気があって時間制の予約で順番待ちした「魔改造」コーナー。動く犬のぬいぐるみを分解して中の仕組みを見てみようというもの。これは、ちょっと残念なレベルだった。ネジをいくつも外すのに手間がかかり、おまけにねじ山が潰れかけているものが多く、組み立て直すのにも手間がかかり、大人の手助けが必須。内部の動く仕組みもかなり単純なので、ちょっと驚きに欠けた。

機械工学系の展示では、各種の動くロボットのデモコーナー。多足ロボットで、歩いていて倒れると、自分で試行錯誤をしながら立ちあがろうとするロボットが一番わかりやすかった。他にもいくつも風変わりなロボットがあったが、うまく動かなくなって修理中のものも目立った。全般的には、驚き、感動があるようなものは少なくいま一つ。こんなレベルで、世界と戦えるのかなあ・・・

農学部は、本郷キャンパスと独立していて、広い公道を挟んで空中の歩道で繋がっている。地名を取って弥生キャンパスと呼ばれている(この地で発見された土器により弥生式土器、弥生時代が命名された)。ここに、子どもが喜びそうな特設の「東大水族館」があるというので向かったが、入場待ちの長い列ができていて、結局1時間近く待って入場。ユニークな水生動物の展示が揃っていて、中には生きたアニサキスの展示もあった。まずまずの満足度。

二日目日曜日は、初日と打って変わって、朝からどんより曇空。夕方には雨が降り始めるという、気候的には過ごしやすい日となった。一方、訪れる人の数は大幅に増えていた。

学園祭に招待したマレーシア人のK君は、マレーシアでトップの国立大学の経済学部卒業生で、日本の大学にも短期留学した経験もあり、日本語検定の最上位N1に合格していて、日本での生活にも仕事にもほとんど問題ない。経済学部出身にも関わらず、自力でプログラミングやITシステム関連の勉強をして、日本のITトップ企業の一つでしばらく非正規の派遣で働いていたが、実力が認められて、今年の2月にその企業に正規採用された。職場の同僚は、中国人、カナダ人、米国人、などなど。ボスはインド人で日本語はわからないという。給与は年棒制で、年齢に関わらず仕事で決まるため、30歳だが、日本人の平均年収の2倍を越えている。かなりの高給といえるだろうが、国際的な競争に晒されているIT業界では一般的なのだろう。
私は、日本に居住する外国人への日本語支援活動に参加して数年になるが、今は大半が中国人である。そのうち、20代ー30代のIT技術者の占める割合が高い。とても経済的には困っている人たちではないので、無償ボランティアで支援するのが正解なのか、やや複雑な心持ちにもなる。しかし、彼らにとって切実なのは、日本に住んでいても、日本人の友人、隣人と日常的に接して日本語を使う環境がなかなか作れないということのようだ。そのため、週に一度、”おしゃべり”を楽しみにして通ってくる生徒が多いように感じる。希望者も増加し続けているが、もはや、場所的にも、講師のリソースとしても、キャパシティを超えていて、ウエイティングリストができている状態だ。ちみに教える側は、50代以降のシニアが主戦力である。

食事も含めて3時間ほど観て回った。初日に確認した工学部のおもしろ企画を見て回ったあと、農学部に周り、ここでのおもしろ企画の一つ、「愛媛のみかんを使った各種お酒の飲み比べ」にトライ。ここにも行列ができていたが、20分ほど待って入場できた。数種類あるみかんベースのお酒の中から2、3種類選んで飲み比べる。珍しさがあったものの、ほとんどジュースみたいな薄さで、これはいま一つであった。ここで、マレーシアから来日した友達と会う約束があるというK君を正門前のバス停で見送った。

発酵や醸造が大きな研究分野に含まれる農学部らしく、もう一つ「日本酒利き酒2024」というお酒の企画があった。ただで4種類(このイベントのために用意されていた全国94銘柄の日本酒からその回の利き酒として選ばれたもの)のお酒を飲ませてもらって、お酒造りの説明を受け(注1)、利き酒で銘柄を当てるというもの。これも大人気だった。もっとも、それぞれのお酒の量は、10cc程度とごく少量。4種類のうち新潟と徳島の2種類は当てられたが、残りの2種類は兵庫県のお酒で当てられなかった。全部当てた人はこの時間帯の参加者50人程度の中で、小学生低学年の男の子を連れた若い女性一人だけだった。

日本酒の作り方
利き酒4種類


(注1)日本酒は、米の澱粉を麹菌で糖に分解して、その糖を酵母によってアルコールに変えるという、二段階の発酵によって出来上がる。このことは、お酒に関心がある人間にとって一般的な知識であろう。しかし、日本酒造りの特徴は、この二つの発酵を同時並行して進める「並行複発酵」というプロセスにあるということを初めて知った。これもよく知られているように、ワインの場合、テロワールすなわち原料となるブドウの種類とそのブドウが育つ土壌、天候などによって、発酵後に出来上がるワインの味が大きく左右される。一方、日本酒の原料はほぼ山田錦米で、生産地も兵庫県などほぼ固定されている。よって、発酵後に出来上がる日本酒の味の幅は、ワインと比べると極めて狭い。その狭さの中で、味を競っているが、この味を決めるのは、前述の発酵菌も含めた「並行複発酵」プロセスということになる。日本人でなければ、この微妙な「日本酒利き酒」に熱中することはないだろうなあと思う。ちなみに、日本酒とワインの消費量、どちらがどれくらい多いか、あるいは少ないか想像できるだろうか? 以下のデータの通り、今年2024年に、長期減少傾向が続く日本酒を長期増加傾向が続くワインが抜くようだ。日本的なるものは、衣食住から芸能芸術の分野まで、”絶滅”に向かっているような気がしてならない。

日本酒の消費量はワインに抜かれる?

頭がスッキリした(?)ところで、「誰も取り残さない教育」という企画(展示)が目に入り、興味をそそられて覗いてみた。ここでは思わぬショックを受けた。
今まで知らなかった、あるいは気づいていなかった現実を知らされた。慶應義塾大学出身で、今は同大の名誉教授である安藤寿康という研究者(行動遺伝学、教育心理学)が、主張発信している内容;
科学的な研究から、知的能力の50%は遺伝で、30%は生まれや育った家庭環境で決まってしまうという厳然たる事実が明らかになっている。この現実に向き合わないといけないという主張。彼が言っているのは;
今の教育制度は、社会に役立つ能力を指標として教育が一直線単線で行われて、序列を作る。そして、その序列の上位に行けるように大人が子供を頑張らせる。しかし、たとえば、いくら数学の論理を教えようとしても、脳の構造上、そういう思考が生まれながらに困難な人間がいる。そういう人間(子供)に、そういうことを頑張らせるのは、教育として間違っている。拷問になってますます嫌いになる。それぞれの脳の構造、体の特質に合った能力は多面的に存在する。だからその人間(子供)が持って生まれた特長を見出してあげて、その能力を伸ばしてあげる教育というものを行うべきであり、そういう教育のあり方を、社会全体で考えて実現していくべきだ。それが、どんな人間(子供)も幸せな人生を歩むチャンスを与えるということではないか、というようなことらしい。まさにダイバーシティ&インクルージョン社会のためのダイバーシティ&インクルージョン教育。
私は、学習支援団体で活動を始めて5年になる。経済的あるいは家庭環境的に学習の機会に恵まれない子供たちに日々接して、一生懸命”序列の上位に少しでも近づけるように教える”ことが正しいとアプリオリに考えている集団に所属してきた。だが、本当に今のあり方で良いのだろうかと、大きな問題提起を受けた気がした。
図書館で彼の本を検索してみたところ、ものすごい数の予約が入っていた。すでに世の中には、このテーマに関心のある人たちが大勢いるのだと気づき、自分が気づいていなかったことに戸惑いと恥ずかしさを感じた。

(付記)数日後に全く偶然に『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使河原真衣)という本に出逢った。現代社会が、曖昧な「能力」を曖昧に都合よく評価することで人の価値(”使えるやつ”、”使えないやつ”)を決める「能力社会」になっていることを、組織開発コンサルタントとして実体験してきた著者が語っている。「能力」が足りないと判断されれば肌に合わない「能力開発プログラム」に送られること、それに耐えられなくなればメンタルヘルス患者として病院送りになること、どちらの分野もビジネス大繁盛であることを教えてくれた。この問題に少しでも関心が湧いた方には一読をお勧めしたい。なお、著者は東大の大学院で学び、社会に出てからも社会教育学を掘り下げてきた、現在乳がん闘病を続ける二児の母親であり、”死んだ母が、わが子に贈る、「能力」の不思議な物語”という体裁をとっている。

夕方近くに、「社会と数学、共鳴する」というタイトルで、東大出身で立場や専門分野が異なる数学者4人が議論するパネルディスカッションがあった。当初から興味があったのだが、気がついたら開始時間をだいぶオーバーしていた。慌てて会場に駆けつけ、後半1/3ほどを聴講した。
パネルトークが終わってから会場から質問を受け付けた。質問者のうちの一人が、この春入学した1年生の男子学生だった。彼の質問が、「海外留学を考えているのだが、今すぐ行った方がいいか、それとも日本でしばらく勉強してから行った方がいいか、迷っている。アドバイスをいただきたい。」というものであった。まだ入学したばかりの1年生なのにえらいな、すごいなと思って聞いていた。

五月祭の後、別の興味から(注)「大学はもう死んでいる? トップユニバーシティからの問題提起」(苅谷剛彦、吉見俊哉)に出逢ったのだが、なんとその第1章第1節が”東大が「蹴られる」時代”であった。そこで調べてみると、何年か前(2018年)に東京大学新聞(学内向けに発行される新聞)に、『蹴られる東大』という連載特集があったことを発見した。

そこには、東大を滑り止めにして、海外の大学進学を目指す何人もの学生の姿があった。彼らは、結果的に滑り止めの東大にも受かって(だから東大新聞のインタビューに答えている)、半年間東大で勉強してから9月始まりの本命の海外の大学へと進学していった若者たちだった。30ー40年前には考えられなかった。時代は変わっていた。

(注)前述の『「能力」の生きづらさをほぐす』の著者(勅使河原真衣)が、苅谷剛彦の著書に出逢って感動し、教育社会学の分野に進んだと語られていたため、興味をそそられて手にしたもの。奇しくも、二つの異なるテーマが、「苅谷剛彦」を仲介に繋がったことになる。

(参考)海外の名門大学、とりわけ米英の一流大学(大半が私学)の学費の高さはつとに知られている。年間数百万円から1千万円近い費用がかかる。こんなに費用がかかる大学に進学できる経済状況に恵まれた学生は極めて僅かであるが、こうした大学では奨学金制度が充実しているのが救いである。一方、高等教育に挑戦する若者を支援する奨学金財団は日本国内にもあり、筆者も学生時代、日本育英会を含めた複数の奨学金支援団体から支援を得て大学、大学院で学んだ経歴がある。しかし、海外の一流大学への留学にかかる費用は、日本国内の大学で学ぶために必要な費用とは桁が違うので、合格するための勉学の努力に加えて、並行して資金の獲得努力も求められる。今回、こうした海外の大学を目指す若者たちの支援に特化した大規模な奨学金財団「柳井正財団 海外奨学金プログラム」の存在を知った。「ユニクロ」の創業者柳井正が2015年に設立した財団だ。
https://www.yanaitadashi-foundation.or.jp/

そこには、理事長柳井正の次のような言葉がある:
”これからの未来はどうなるのだろう。期待よりも不安の大きい時代に私たちはいます。それだけ多くの課題が目の前にある、ということです。解決するアプローチは、ひとつではありません。世界をどこから、どのように見て、考えるか。考え方、視点の数だけ、解決の道はあるはずです。個性あるひとりが、考えることからそれは始まります。考えを言葉に、考えをかたちにして、行動にうつす。世界をよりよい方向に変えていくために、その「ひとり」の考えと行動をサポートし、社会に、そして世界へとつなぐ貢献を、私たちは目指しています。”

さて、御多分に洩れず、最近の学園祭の花形で集客力一番は、ダンスサークル。中でも東大女子のみで構成されるアイドルコピーダンスサークル「東大娘。」のステージ前は観客でいっぱいになっていた。垣間見ただけだが、今年は昨年と比べ派手さがだいぶ抑えられていたような気がした。他にもK-POPダンスなど様々なダンスサークルが競っていたが、今年目立っていたのは、K-POPより、ストリートダンスのパフォーマンス。フリーDというジャズダンスのサークルイベントも大規模だった。

そして最後に、私の推しの企画は、アカペラライブ演奏。いくつものサークルが、ステージ上、広場、キャンパス内”ストリート”で披露する。今年も昨年同様、通りかかるとしばし足を止めて聴き入ってしまった。

以上が、同伴者と自分自身の趣味に基づくつまみ喰い的「東大五月祭見学体験記」である。

おわり

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