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「ブラックホール(1979)」2周目のススメ

 1970年代後半にスターウォーズが巻き起こした宇宙SF映画ブーム。その真っ只中で大ディズニーが世に問うた「ブラックホール」は、巨大宇宙船おもしろロボットのビジュアルで観客を誘っておいて、映画館に足を運んだ100人中99人が「は????」となること請け合いの観念的ラストシーンをぶつけてくる怪作でした。(残りの一人は「は???? ふざけるな!」となります)

↑ 外見のわりに性格が地味なおもしろロボット・ヴィンセント。リメイクの機会があったらロボコンめいた顔面を全周サイバーサングラスに置換してほしい。きっとカッコいいぞ。

 そんな作品を2度観る行為を、今回はあえてオススメしたい。

 アッちょっと待って帰らないで! 公開当時のイメージ「ジェネリックスターウォーズ味のSFサスペンス映画」ではなく「ディザスター味のゴシック宇宙怪奇映画(こっちが真の姿)」として再見すると、ラストも含めて腹落ち感が全然違うんですよ。麦茶だと言われてめんつゆを飲まされたら驚いて噴き出してしまいますが、最初からめんつゆだと認識していれば、ちゃんと本来の味がする。そういう理屈です。

 というわけで、ここからは「ブラックホール」2周目の鑑賞ポイントを紹介していきます。必然的にラストまでのネタバレを含むのでご容赦を。未見の方はこれを機に動画配信などでチェックするのも一興かと思います。「は????」となるのも、それはそれで貴重な映画体験ですよ。

ディズニー公式がリメイクしたスタイリッシュな予告編がこちらから再生できます。日本のディズニープラスは本編の配信を停止してしまったけど、まあ検索すればどこかしらのサービスで視聴できるはず。



よござんすか? よござんすね。



オーケー。では始めましょう。

 西暦2130年。宇宙探査船パロミノ号のクルーは、史上最大級のブラックホールの間近に漂う巨大宇宙船・U.S.S.シグナス号を発見した。地球への帰還命令を無視して20年前に消息を断っていたその船は、ブラックホールの強大な重力に引き込まれることもなく、平然と航行を続けていた

 開幕早々、ブラックホールを目にしたパロミノ号クルーの一人が「まるでダンテの地獄だ」と口にします。2週目だとこのセリフがもう面白い。まるでじゃねえよホントに地獄だよ!

 宇宙よりなお暗いシグナス号の船体に光が灯る序盤の名シーン。その後の展開を踏まえて再見すると、旅人が迷い込むマッドサイエンティストの古城、あるいはディザスタームービーで派手にぶっ壊れるメガストラクチャーのお披露目に相当することがわかります。網の目のような鉄骨構造はゴシック風の装飾性壊れやすさを同時に満たしており、デザイン的にも大正解。

 シグナス号に乗り込んだ一行を出迎えたのは、乗組員唯一の生き残り・天才科学者ラインハート博士だった。
 彼の言によれば、20年前に遭遇した流星群に通信システムを破壊され、シグナス号は地球への連絡手段を喪失。漂流する船から乗組員を脱出させた博士は、ブラックホールの重力を相殺する反重力装置とその動力源、乗組員の代わりを務めるヒューマノイドやロボットを次々と開発し、ひとりブラックホール研究を続けてきたという。

 実質的な主人公・ラインハート博士が満を持して登場です。天才ゆえに倫理なし。世俗を離れて引きこもり、閉ざされた小世界を王者のごとく支配する。冒涜的な研究に没頭し、それを阻む者は容赦なく始末する。マッドサイエンティスト概念の数え役満のような彼が、自ら築き上げた王国もろとも破滅して死後さばきにあうさまこそ、本作の見どころと言えるでしょう。

 シグナス号の客人として滞在することになった一行は、広大な船内を探索するうち、この船の恐るべき秘密に気付き始める。一方ラインハート博士は研究の最終段階へ向けて準備を整えつつあった。すなわち、シグナス号によるブラックホール内部への突入である。

 人間のように怪我した足を引きずり、仲間の葬式を出すヒューマノイド。博士ひとりを養うには広大すぎる船内農園。私物や衣服が手つかずで放置された居住区。「残りの乗組員どこに行った?」問題のヒントにしてはいささか丁寧すぎますが、「どう見てもあいつの仕業なのに本人は知らん顔で偉そうにしてる」さまを見せつけ、観客に裁きと報いを期待させることには成功していると思います。コロンボの犯人メソッドですね。

 自信満々でブラックホール突入計画を明らかにしたラインハート博士に、パロミノ号の一行はドン引き。優雅な会食の場に「神の領域」「究極の知識」「人類最後の謎」「永遠の生命」といった胡乱ワードが飛び交い、再見勢のニューロンを苛みます。
 なぜなら2周目の我々は知ってますからね。因果の地平(字幕ママ)の向こうには文字通りの「あの世」が存在するという、恐るべきブラックホール真実を。つまり上記ワードはものの例えなどではなく、博士はガチで神の領域に至り、許されざる英知を持ち帰ろうとしているのです! アイエエエなんたる冒涜的所業!

 脱出するか博士を止めるか、はたまた彼の計画に乗るか……意見の割れるパロミノ号クルーをよそに、別の場所ではロボット達がわちゃわちゃしてます。絵面こそ楽しいですが、さして本編には関係ないので流し見にとどめましょう。特にストームトルーパーめいたロボット兵の付け足し感がすごい。おれはわりとマジで「こいつらの登場シーンの大半は追加撮影なのでは?」説を推してます。

ロボット兵のボス格なのに、本筋と関係ない射撃勝負で壊れてそれっきりという衝撃のキャラクター。追加撮影説の根拠として学会に提出したい。

とりあえず彼の存在だけ気にかけておけばオッケー。

 船内に隠れ潜んでいた旧式ロボットが20年前の真実を語る。残りの乗組員は脱出などしていなかった。ブラックホールの秘密を解き明かす野望に取りつかれたラインハート博士が反乱を起こし、乗組員をヒューマノイドに改造、意のままに使役していたのだ。

 ヒューマノイドの正体を最初に目撃したのは、パロミノ号でただひとりラインハート博士に賛同する科学者でした。味方だと思っていた相手に告発され、「違うんだ彼らの命を救うために改造したんだ」とかなんとか苦しい言い訳を始める博士。しかしそこに側近ロボット・マクシミリアンが割り込み、科学者をドリルアーム貫通殺します。

「創造主の意思に反して被造物が勝手に動き出す」のはマッドサイエンティストあるあるですが、博士の演者と同じ名を与えられ、あまつさえラストであんなことになっちゃうこのロボットは単なる被造物以上の存在……創造主の一部(おもにその暴力性)を仮託された分身のようにも見えます。
 そんなマクシミリアンが「主人を正気に戻しかけた奴」を速攻で始末するさまは、多重人格ヴィランが主人格を追い詰めるムーブめいて大変にエモい。実際その後の博士はヒロインをヒューマノイド改造室送りにするわ、パロミノ号を破壊するわ、ロボット兵に生き残りの抹殺を命じるわとやりたい放題です。完全にタガが外れましたね。

 呪われた船から脱出すべく、生き残りのクルーは探査用シャトルの奪取を図る。ロボット兵との銃撃戦が繰り広げられる中、突如流星群が襲来。反重力装置を破壊されたシグナス号はブラックホールへ落下を始める。

 初見時は伏線なしで突然POPしたとしか思えなかった流星群も、2周目ならば必然だとわかります。これは神罰です。ブラックホールの中に天国と地獄があるなら、当然神もおわすはず。博士のついた嘘「シグナス号を襲った流星群」を真実のものとして神が顕現せしめ、彼とその王国に裁きをくだされたのです! それ以外に説明がつかないじゃん!

 スペクタクルな破壊シーンのさなか、なぜか一個だけ軌道を外れた隕石が船内に入り込んでゴロンゴロン転がり出すくだりは「いやそうはならんやろ!」とツッコまずにいられない反面、ディザスター映画の宇宙版を目指して企画された本作の初期衝動をビンビン感じます。SFXも見応え十分。
 一方で、シャトルを目指すパロミノ号クルーとロボット兵のガンファイトは「スターウォーズっぽいバトルを入れねばならない」ノルマ感がありすぎて逆に面白い。クライマックスの戦闘曲が序曲の別バージョンってあり得る? なんかこう……手持ちのスコアから一番勇ましい曲を無理やり当てはめたみたいな……。

↑ 1曲目が序曲、8曲目「Laser」が戦闘曲です。ね?

 崩壊するシグナス号と共に、ブラックホールへ落ちてゆくラインハート博士とマクシミリアン。パロミノ号クルーは探査シャトルで脱出に成功するが、シャトルには既にブラックホール突入用の航路がプログラムされていた。彼らは因果の地平の向こうに何を見るのか……!

 ブリッジで瓦礫の下敷きになったラインハート博士が助けを求めるも、頼みのマクシミリアンは彼の命でその場におらず、周囲のヒューマノイド達はプログラムされた動作をなぞりながら崩壊に巻き込まれていくだけ。「造られたとおりにしか動けない被造物の振る舞いが創造主の破滅を招く」のは、マッドサイエンティストあるあるその2ですね。本作の2年前に公開された「ドクター・モローの島(1977)」もそんな感じでした。

 そしていよいよ、ブラックホールという名の地獄へ。

 神の存在を前提に置けば、博士とマクシミリアンが合体する(※)怪演出も神罰の一環として受け入れられます。いやむしろ「博士がマクシミリアンのボディに閉じ込められた」と解釈すべきか。いずれにせよ、山頂に立って地獄を睥睨するその姿は最高にハマってます。シュールではあるけれど堕ちるべきところに堕ちた感がありますね。
 周囲に佇む無数の人影はヒューマノイド達の成れの果てでしょうか。だとしたらとばっちりにも程がありますが、たぶん彼らの魂は脳改造の時点で既に肉体を離れていたんじゃないかな(劇中のセリフを鑑みると)。レストインピース。

※"Maximilian Schell in Maximilian's shell"というダジャレ演出ではないと信じたい。

 ちなみにこの地獄のシーン、ジョルジオ・モロダー版「メトロポリス(1984/1927)」のバベルの塔パートや「カリガリ博士(1920)」終盤の文字責めの亜種に見立てて鑑賞するのが、おれの密かな楽しみです。赤黒のトーンが支配するセリフなしの映像が、モノクロフィルムに着色したサイレント映画のように見えるんですよね。ミニチュアセットが作りものっぽいところも、ドイツ表現主義映画感を醸し出していて味わい深い。

 さて、特に罪を犯してないパロミノ号の一行は地獄に落ちることなく、天使っぽいなんかに導かれて現世に帰還します。きわめて穏当で少々物足りなさも感じるラストですが、実は後年の関係者インタビューでヤバい事実が明らかになっておりまして……

 エッなに? ミケランジェロ「アダムの創造」の中を通って帰還する演出プランがあったの? しかも実際に撮影されたの⁉ おれの英語力がバグってるんじゃないよね⁉

 この件、“Alternate ending of The Black Hole”で画像検索するとさらなる危険情報がヒットします(にわかには信じがたい内容なので詳細は伏せますが)。これらの情報どおりのエンディングが公開されていたら、「ブラックホール」はいま以上の超怪作として映画史に名を残していたに違いありません。リメイクの折にはぜひ挑戦してほしいですね!





いじょうです。おつかれさまでした。

 50年以上前の作品とは思えない先進性から、しばしば「2001年宇宙の旅(1968)」はSF映画界のオーパーツに例えられます。その論法で行くと「ブラックホール」は逆オーパーツです。超クラシックな内容ゆえ、ヴィンテージとしての旨味が同時期の作品と比べて倍ぐらい濃い(あの「エイリアン」と同期ですよ貴方!)。わずか98分の本編に序曲がついてる大作しぐさもいいですね。突き抜けた古めかしさが推せる一本です。


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