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トランプに軽視されたベネズエラ傀儡の黄昏──解読『それが起きた部屋』

伊高 浩昭 / いだか・ひろあき。ジャーナリスト、立教大学ラテンアメリカ研究所学外所員、元共同通信ラテンアメリカ専門記者

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『それが起きた部屋』に記述されたベネズエラ情勢

 トランプ米政権で2018年4月から2019年9月まで17ヶ月、安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏(71)が2020年6月23日に米国で刊行した暴露本『それが起きた部屋──ホワイトハウスの回顧録』(原題"The Room Where It Happened: A White House Memoir"、以下『回顧録』)には、ベネズエラ情勢について述べた章「自由ベネズエラ」がある。ベネズエラと米国の関係やラ米(ラテンアメリカ)情勢に関心を抱く者には興味深い内容が詰まっている。
 筆者(伊高)は、ベネズエラなどラ米諸国でスペイン語に逸早く翻訳され報じられた同章を読み、以下に要点を10項目にまとめ、それぞれ末尾に感想を加えた。

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【写真】ジョン・ボルトン氏 (Simon & Schuster 社のホームページから) Photograph © Philip Bermingham

トランプ米大統領からの「やれ」

 ベネズエラ国会のフアン・グアイドー議長が就任後間もない2019年1月、一方的に「大統領代行」就任を宣言してから2020年7月で1年半。「グアイドー暫定政権」は実効支配すべき領土を持たず、世界194カ国中60カ国に満たない国々から「承認」ないし「支持」を受けただけで、当初から米国の実体なき架空の傀儡体制にすぎない。
 ボルトン『回顧録』のベネズエラの章には、グアイドーを「暫定大統領」として承認したドナルド・トランプ大統領は、直後に「ニコラース・マドゥーロ(ベネズエラ大統領)はとても強い。それに比べてグアイドーは子どもみたいだ。あまり深入りするな」とボルトンに告げたと書かれている。トランプのグアイドー評価が当初から低かったことが暴露された。
 グアイドーは2019年2月、米国・コロンビア・ブラジルと謀り、米国の「人道支援物資」をコロンビアとブラジルからベネズエラに搬入する「人道支援作戦」を隠れ蓑にした政変誘発の、言わば「トロイの馬作戦」に失敗。米国と組んで同年4月30日に打った軍事クーデター作戦も惨めな失敗に終わった。いずれもベネスエラ軍部を分裂させ、一方を味方に付けて政変を起こし、マドゥーロ政権を倒すという戦略だった。
 だが軍部はマドゥーロ政権を支持、グアイドーは「代行就任」宣言後3ヶ月で早くも傀儡の実態を内外に晒し、政治的影響力を大きく失った。
 クーデター作戦失敗直後、グアイドーを操るレオポルド・ロペスはカラカスのスペイン大使館に亡命した。ロペスは、グアイドーが所属する政党「人民意思」(VP)の指導者。VPは暴力による政変を肯定する極右勢力で、ロペスは街頭暴力教唆罪で服役(収監、次いで自宅軟禁)していた。だがクーデター作戦直前に自宅を抜け出し、作戦現場にグアイドーと並び立った。グアイドーは一にロペスの傀儡、二に米国の傀儡だ。グアイドーの真意は、マドゥーロ政権を倒し、ロペスを政権に就けることだ。
 トランプは就任した2017年の8月、「ベネズエラ問題解決への軍事的選択肢」を口にした。ボルトン回顧録には、マドゥーロが2018年8月ドローン爆弾による暗殺未遂事件に遭った直後、ボルトンはトランプから「やれ」と伝えられたと記されている。暗殺や軍事侵攻を命じたのだが、ボルトンは軍事作戦に反対したという。
 世界最大の埋蔵量を持つ原油をはじめベネズエラの地下資源を狙うトランプ政権は、ベネズエラへの経済封鎖を強化し、とりわけ命綱原油の生産を妨害し積み出しを断つ作戦に出た。ベネズエラ経済は政策の失敗と相俟って疲弊、国民不満が高まる。そこに降って湧いたのがコローナウイルス感染症(COVID-19)の世界的蔓延だった。

ボルトン回顧録「ベネズエラの章」に書かれていたもの

1. 2018年8月4日、マドゥーロはドローン攻撃に遭った。(死傷させる目的は)失敗したが、事件は軍部内に反対派が多いことを窺わせた。兵士らは驚いて逃げ去った。マドゥーロ体制はキューバとの関係や露中イランとの関係から(米国にとり)脅威だった。ベネズエラは私の優先事項ではなかったが、同国は、西半球(米州)が外部からの脅威に晒されたときにモンロー教義を復活(発動)させるべき課題の国だった。ドローン事件から間もない2018年8月15日、トランプ「やれ」、「同じことを言うのはこれで5回目だ」と私に言った。その後、トランプ、私、ジョン・ケリー首席補佐官だけの会合でトランプは軍事攻撃に固執し、「実際ベネズエラは米国の一部だ」と言い放った。
 2017年8月11日トランプはプレスに「必要ならばVENで軍事選択肢を用いる用意がある」と言った。私は、軍事は駄目だ、VEN野党と連繋して目的を達成すべきだとトランプを説得した。

【感想】ドローン事件には米国とコロンビアが関与したが、それには全く触れていない。「外交機密保持」で削除されたのか、本人が最初から触れなかったのか、どちらかだろう。トランプの軍事選択肢に反対したと言うが、ボルトンは軍事強硬路線をしばしば打ち出しており、真意は不明。わかっているのは、ベネズエラは軍事的、兵力的、国土的に弱小ではなく、軍事侵攻すれば泥沼にはまることを米軍部が知っているということ。だがモンロー教義復活の好機と見ていたのは興味深い。同教義は米帝国主義の大義名分である。

2. 私はベネズエラ問題に関心を集めさせるため2018年11月「ベネズエラ・キューバ・ニカラグアは専横体制のトロイカ」と言った。オバマ前政権の対キューバ政策を覆す政策を続行し、ベネズエラの金鉱に制裁を科した。原油に代わる財政の新たな担い手だったからだ。
 トランプは繰り返し、問題解決のためマドゥーロに会いたいと言っていた。これにはマイク・ポンペオ国務長官も私も反対した。工作はあったが立ち消えになった。

【感想】この件(くだり)は、トランプの見識の無さを如実に示している。トランプはプーチン、金正恩ら「強者」を好む性向があるようで、ベネズエラの実力者マドゥーロに興味を抱いているのかもしれない。

3. ベネズエラ野党は2019年1月、マドゥーロ打倒のための最後の機会と意識して立ち上がった。米国はこれに対応した。同年1月11日、ベネズエラ国会は「大統領空席」を宣言、同月23日、議長グアイドーは大統領代行就任を宣言した。
 その2日前、私はトランプに状況を説明し、23日にグアイドーを暫定大統領として承認する方針を伝えたが、トランプは懐疑的で、「マドゥーロとても賢く、とても強い」と言った。この発言は驚きだった。以前、ベネズエラ軍が蜂起すれば簡単に倒せると言っていたからだ。静観していた我々は議論の結果、22日にグアイドー承認で一致した。
 マイク・ペンス副大統領は同日、グアイドーに電話した。グアイドーは大喜びだった。「これは歴史的瞬間だ」と私は言い、ペンスと握手した。トランプも大喜びした。23日朝、私は大統領に呼ばれ、大統領声明の草案を「ビューティフル」と珍しく褒められた。我々は同日、支持声明を出した。ベネズエラ軍部が動くのを恐れていたが、動かなかった。我々は(グアイドー擁立の)失敗後、失敗について公然と議論した。

【感想】グアイドーは2018年12月国会議長に内定した。国会野党約20会派のうち議員数の多い主要4党の一つで、暴力を肯定する極右政党「人民意志」(VP)が議長となる順番が回ってきたため、またロペス党首が服役中で、他の幹部も国外にいたため、中堅で無名の若いグアイドーに議長のお鉢が回ってきたのだ。
 トランプ政権は12月中にグアイドーと「大統領代行宣言」を打ち合わていた。グアイドーは最初から米国の傀儡だったのだが、ボルトンは臆面もなく「静観していたが」などと書いている。面白いのはグアイドー承認段階になってもトランプが「マドゥートの強さ」を指摘し、グアイドーを軽く見ていたこと。グアイドー宣言後、軍部は割れず、米国の思惑は失敗したが、これを「公然と議論した」というのだ。

4. 私はグアイドー承認に先立ち、マドゥーロ後のベネズエラ石油利権の在り方をトランプと話し合った。中露介入は許さずと。トランプは例によって、米国の(世界中に拡がる)類い希にして巨大な国益を守る責任を判断できなかった。
 ベネズエラの原油産油は(1999年の前大統領)チャベス登場時、日量330万bだったが、2019年1月に110万bに落ちていた。財政はきつい。石油部門を制裁で痛めつけるのが肝要で、誰もがここで勝負を懸けるべしと考えていた。
 だがスティーヴン・ムニューシン財務著官だけは、ベネズエラの石油産業に残る米投資が国有化されることや原油国際価格の急騰を恐れ、さらにマドゥーロが倒れる保証がないとして、制裁に強く反対した。だがペンスが珍しく厳しくやるよう進言、制裁に傾斜した。この機会を逃したらマドゥーロを倒せないとポンペオも言ったが、ムニューシンは依然反対していた。トランプは「グアイドーは米国だけに忠誠を誓うべし」と私に念を押した。

【感想】当時ボルトンは米石油利権方面に、ベネズエラの原油資源がいずれ自由になる旨を伝えていたとの報道がある。米側のマドゥーロ体制打倒の狙いが原油利権奪取にあるのは当初から明確だったが、この点に回顧録は一切触れていない。中露排除論はモンロー教義復活路線に沿う。ボルトンはここでも、米国益を理解しない大統領を嘆いている。

5. グアイドー宣言の翌日、ブラディーミル・パドゥリーノ国防相をはじめベネズエラ軍部はマドゥーロへの忠誠を表明した。これは我々の望むところではなかった。グアイドーは、軍部や市民の大多数は自分たちを支持していると言っていた。人口の90%は強く支持しているとも。
 1月24日、トランプは「我々の置かれた立場が気に食わない」と言った。ベネズエラ軍部がマドゥーロに忠誠を誓ったからだ。トランプは「マドゥーロ(攻略は)は難しい。誰もこの子ども(グアイドー)のことを口にしない」とも言った。
 私は「軍部が兵営に留まり野党に与した場合どうなるのかをグアイドーと話し合っている。まだ事態は続いている。軍部が割れるのを望んでいる」と説明した。トランプを納得させたとは思わないが、少なくとも黙っているよう説得した。
 事態がどうなるのか、わからなかった。明確なのは、米国が何も判断しないこと。そのことをグアイドーが認識していたか否かわからない。私はグアイドーの宣言からわずか30時間後、目的達成に疑念を抱いていた。
 ポンペオに電話でトランプの変心を伝え、既定路線の変更を確認しようとしたが、ポンペオはマドィーロ打倒に向けて前進すると言った。私は、国際通貨基金(IMF)など金融機関にグアイドーが合法政権だと通告するよう急がせた。
 トランプの機嫌は良くなっていたが、軍部の忠誠表明を理由に野党は敗れたと考えていた。真に圧力を加えるならば石油制裁が必要と伝えた。英外務閣外相がワシントンに来ていて、英国銀行にあるベネズエラの黄金(11億d相当)の凍結について話し合った。

【感想】トランプは本能的というか、傀儡擁立作戦の失敗を悟ったのかもしれない。ボルトン自身も疑念を抱いたことを告白している。だが米国はベネズエラへの経済封鎖を「制裁」の呼び名で強化してゆく。ロンドンの英法廷は20年7月、金塊11億d相当の所有権をグアイドー側に認めた。マドゥーロ政権は控訴する。

6. トランプは私に、コロンビアに米軍5000人を派遣すべきかどうかを訊ねた。私は国防相に訊くべきだと応じた。1週間後、法的措置の束を携えてコロンビア外相がやって来た。
 1月30日、トランプは私の執務室からグアイドーに電話し、反マドゥーロの大規模デモを打つよう要請、「打倒を確信している」と伝え、さらに「起きたこと(石油制裁)」をグアイドーは将来思い起こすだろうと(恩着せがましく)言った。
 CITGO(ベネズエラの在米石油関連施設)の所有問題が出てきた。我々はプーチンが対ベネズエラ債権180dを気にしているのを知っていた。ロシアのルコイル社、ガスプロム銀行、中国のペトロチナ社が制裁を嫌ってPDVSA(ベネズエラ国営石油)から離れた。我々はベネズエラ国民支援と長期的な経済再建支援を考えていた。

【感想】米国の制裁能力の凄さの一端を浮き彫りにしている。世界のどこでも「制裁」できる米国の能力こそが、軍事力とともに帝国主義を支えている。モンロー教義は「制裁」において効力を発揮している。

7. 我々はグアイドーらが逮捕されないための安全措置を講じた。キューバとロシアがベネズエラを支えていた。我々は軍部を割る工作、元チャベス派の連合結成などの工作を続けた。グアイドー支持の情熱が続くと思っていた。

【感想】この「安全措置」がどんなものか、機密なのだろう。グアイドーがさんざん勝手に振る舞い違法行為を繰り返しながら逮捕されない秘密がここにある。この章で最も興味深いのが、この安全措置だ。「巡行ミサイルによるベネズエラ中枢部の破壊」という見方も成り立つかもしれない。

8. 2019年2月、コロンビアとブラジルの国境からベネズエラ国民に人道支援する計画があった。同月13日コロンビアのイバン・ドゥケ大統領が来訪したが、状況はマドゥーロが大きく勝っていると言った。
 米政府にはオバマ施政8年に培われた無作為癖があったようで、動きが鈍かった。ベネズエラ、キューバ、ニカラグアが米の敵対者とは見なされていなかった。中露イラン・キューバのラ米全域への影響力強化も優先課題ではなかった。
 ベネズエラ野党は、2月23日にコロンビアとブラジルの国境経由で援助物資を搬入することを決めた。首都カラカスで60万人が搬入支援参加を申し込んだ。米国際開発局(USAID)と国防省の協力でC17型機がコロンビアのククタ市空港に援助物資を運んできた。
 ベネズエラ軍高官ヘスース・スアレス=チューリオがマドゥーロを支持しないと表明した。マルコ・ルビオ(米共和党上院)議員は直ちにチューリオ、パドゥリーノら軍中枢高官4人が離脱すれば恩赦されうる、と表明する。軍部が大統領政庁(ミラフローレス宮殿)を包囲するかもしれないと期待されたが、それは起きなかった。
 ククタに23日コロンビア、パナマ、チリ、パラグアイの各大統領と米州諸国機構(OEA)事務総長が立ち会う。これはベネズエラ政変が米国の差し金であることをぼかすのに好都合だった。グアイドーは密かに国境に来、ベネズエラ陸軍シンパのヘリコプターでコロンビアに入った。
 だが援助物資搬入はうまくいかなかった。グアイドーはコロンビア首都ボゴタで、グアイドー支持のOEA加盟国集団リマグループの外相らと会合した。私はグアイドーが国を留守にすること、しかもコロンビア国内を移動しているのを好ましいとは思わなかった。それはマドゥーロに口実を与えるからだ。
 私はボゴタ会合に出席するヘペンスに、国外に出ないようグアイドーを説得してほしいと伝え、同意を得た。(米朝首脳会談のため)ハノイに滞在していたトランプに電話報告すると、短期間にベネズエラ軍人500人もが脱走したのに喜んでいた。私はハノイに向かった。

【感想】ボルトンは、この援助物資搬入作戦がマドゥーロ政権打倒作戦だったことをはっきりと認めている。真正な援助ならば、米軍機でなく、赤十字など国際援助機関を通じて搬入するのが自然だ。そうではなく、「頭隠して尻隠さず」のこの援助搬入は「トロイの馬」作戦だと当初から見破られていた。コロンビア大統領は失敗を予感していたようだ。

9. ハノイから帰国すると、グアイドーは(ボゴタ会合の後)ラ米を歴訪中だった。トランプは私に「彼(グアイドー)にはあるべきものがない。距離をとれ。深入りするな」と言った。
 私は「ベネズエラ問題は勝つか負けるかしかない」と言った。ベネズエラで停電が発生した。グアイドーは積極的だった。原因が何であれ、マドゥーロ体制揺さぶりに効果がある。電力インフラ故障は放置され、修復されていない。石油産業同様、電力も過去20年間に弱体化した。修復用の資金は着服に消えた。
 グアイドーは勢いを付けていたが、米側に組織の悪さがあった。とくに国務省と財務省にだ。制裁に時間がかかった。これはマドゥーロやキューバ、ロシアに有利に働いた。3月11日、ポンペオはカラカスの米大使館閉鎖を決めた。館員の安全が心配だった。
 私はトゥイッターでパドゥリーノ国防相と交信した。「国民の意思を尊重するという正しいことをしている」と彼は応じた。まさにそれだ。
 ベネズエラの対中露債務は600億dだった。パドゥリーノを含む軍高官と話し合った。マヌエル・フィゲロア秘密警察(SEBIN)長官とも。別の試みは、最高裁に制憲議会(ANC)を非合法と宣言させ、(ANCに依って立つ)マドゥーロを辞任させ、軍部がグアイドーを暫定大統領と認ること。思うにマドゥーロを排除しても、チャベス派政権が残りうる。多くの体制派がそう考えていた。

【感想】トランプのグアイドーに関する気まぐれが、ここでまた示されている。ボルトンの戦略も依然、高官への買収工作で軍部を割ることでしかない。その工作の一端が示されている。グアイドーの「停電テロ」関与が窺える。

10. 次の重要日程は2019年4月30日だった。私は、時が我が方に不利になりつつあるのを察知していた。グアイドーは前日29日に全国動員をかけ、5月1日(国際労働者の日=メイデー)が決定的な日になるとした。30日早朝、ポンペオが私に電話をかけてきて「ベネズエラに大きな動きがある。(VP党指導者)ロペスは秘密警察長官フィゲロアによって自宅軟禁から解放された」と言った。
 パドゥリーノ国防相はグアイドーに会いに行ったとのこと。その後、マドゥーロに退陣を要求する計画だと。国防相は軍人300人を伴っていたと。これは軍高官がキューバの監視から解放されたことを物語ると思えた。だが後にパドゥリーノの会合、軍人300人は誤報とわかった。
 4月30日、カラカス市内のラ・カルエオータ空軍基地(脇)にグイアドーとロペスが並び立っていた。グアイドーはトゥイッターでビデオ映像を流し、「自由作戦」が始まったと宣言した。軍部に蜂起、市民に街頭集結を呼びかけた。
 だが間もなく、彼らが基地内に入っていなかったことが判明、蜂起はなかったのだ。パドゥーノは行動を起こしそうだったが、最高裁は動かず、彼は行程変更に神経質になっていた。「早朝蜂起」は(ベネズエラ人には)時刻が早すぎたのだ。
 キューバ人が隠謀を察知していたらしい。ロペスの(自宅軟禁からの)不法解放も問題だった。軍部高官らはANCへの違憲判断がなく、神経質になっていた。思うに軍高官らは、どちらにつくか日和っていた。グイアドーは高官らが味方になると思い込んでいた。フィゲロアはコロンビア経由で米国に亡命する。私はホワイトハウスの高官らに電話で結果を知らせた。
 各国政府に情報を伝え、支援を求めた。マドゥーロは(軍総司令部と国防省のある)ティウーナ要塞に数日籠もった。大量報復攻撃はなかった。マドゥーロ指導部もキューバも、それをすれば反体制行動が起きるのを察知していたのだろう。だが蜂起は失敗以外の何物でもなかった。
 野党は以後、戦略を見失った。内部分裂も生じた。だが軍部をマドゥーロ支持と見るのは誤りで、政権を倒す力を依然備えている。民主化への障害はキューバの存在だ。キューバはロシアから資金を得てベネズエラで軍事、諜報を支援している。マドゥーロがチャベス死亡前の権力闘争に勝ったのもキューバのお蔭だ。4月30日政変計画は失敗したが、成功の近くにいた。これは否定できない。

【感想】ここで章は終わる。米国とグアイドー派のクーデター計画は完全に失敗した。軍部分裂を頼みとする戦略は完全に破綻した。グアイドーは国際社会からも見放されがちとなる。一連の作戦はボルトンの補佐官期間に起きており、ボルトンの失敗でもあった。

マドゥーロ大統領「対日関係正常化を経て訪日したい」

 米国は、マドゥーロを生け捕りにするか殺害するかの「ヘデオーン作戦」をグアイドー、ロペスらと謀り2020年5月、傭兵部隊を送り込む。だが部隊は侵攻上陸時に制圧され、米国人2人を含む実戦要員や国内に潜んでいた共謀者ら約60人が逮捕された。ロペスと共にこの事件に深く関与したグアイドーの評価は地に落ちた。
 トランプが11月の大統領選挙に敗れれば、グアイドーは政治的路頭に迷うことになり、政治生命も尽きるだろう。国会議員選挙は12月6日実施される。マドゥーロ派が勝てば、グアイドーの議長の座も消え、もともと架空の「暫定政権」は幻として消えてゆく。
 トランプは、ボルトン本刊行と前後して「VEN問題解決のためNMと会う意思がある」と発言、グアイドーは面目丸潰れとなった。「架空の大統領代行としてのレームダック」という奇妙きてれつな立場に陥っている。ボルトンは7月半ば、「トランプは再選されればマドゥーロと会おうとするかもしれない」と述べている。
 その間、マドゥーロは政権党PSUV(ベネズエラ統一社会党)と穏健派野党とで新しい国家選挙理事会(CNE)を発足させ、国会選挙実施を決めた。
 これまで米国の圧力や自発的同調でグアイドーを「承認」もしくは「支持」した国の中に日本は「支持」国として含まれているが、承認はしていない。このためマドゥーロ政権のセイコウ・イシカワ大使が東京にいる。それでも外交関係は凍結状態にある。
 筆者(伊高)は2019年10月、カラカスの大統領政庁でマドゥーロと質疑応答したが、大統領は「対日関係の正常化を経て訪日したい」と3回も口にした。日本がグアイドーを承認していないのは不幸中の幸いだ。トランプでさえ懐疑的な暴力肯定派の人物にこれ以上引きずられてはなるまい。
 最悪の展開として懸念されるのは、支持率で民主党候補ジョー・バイデンに水をあけられているトランプが起死回生の大博打として、米大統領選挙前にベネズエラに直接軍事侵攻しマドゥーロ政権を倒し、米有権者の支持を勝ち得ようと荒技に出ること。新たなNM暗殺作戦と併せて起こり得る可能性を、ベネズエラやキューバは警戒している。
 マドゥーロ政権は7月12日現在、国内のCOVID-19感染者を9465人、死亡者89人に抑え込んでいる。これらの数字はラ米では圧倒的に小さい。この成功も体制の堅固さを支えているが、経済は依然破綻状態にある。ベネズエラ情勢に詳しい国際有識世論は、米大統領選挙の結果に拘わらず、早い機会の大統領選挙実施が望ましいと見ている。

=おわり

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