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逆井の井戸

柏市南逆井に宮田島運動場という場所がある。
この運動場隣の柏市所有の空き地に、防災広場づくりの一環で手掘り井戸を依頼されたのが2023年7月。柏市の地域再生にかかわる仕事をしている(株)バルーン、鈴木さんからの依頼だった。

空き地は、子どもたちの遊び場&地域の防災の広場として活用とのこと。地域住民の方が花壇や防災かまどベンチをつくり、定期的に活動を行っている場所であった。
水道が未整備で普段の水の確保が困難なため井戸を検討していて、できれば防災用に、との要望だった。

広場の様子。花壇の水やりに苦労されていた。

防災目的をメインで考えると、手掘り井戸では少々心もとない。
通常この辺りで井戸を機械で掘削する場合は、地上から40m前後掘削することが多い。その場合、井戸孔直径125㎜の中に常に入っている地下水は0.4㎥程度(水位が-10.0mの場合)。
それに対し、地上から5~8mほど掘削の手掘り井戸の場合は、井戸孔直径100㎜の中に常に入っている地下水はは0.05㎥程度(水位-1.0mの場合)。

保有できる水量で比べると手掘り井戸は深い井戸の1/8くらい。
災害時など多くの人が利用するような場面では、短時間で汲み上げ量が多くなり、井戸の回復が汲み上げ水量を上回る場合には水位低下が起こり、水が出なくなることも考えられる。

それでも、電気を使わない手押しポンプは土地の条件さえあえば設置できる気軽さや普段使いの便利さがある。

みんなの井戸の手押しポンプ(手賀沼ミライいのち池)2022年設置

反対に、深い井戸ではポンプを動かすための電源が必要になるので、森の中や空き地のような場所では電気整備を検討する必要があり、そのための費用もかかるし、停電時の利用方法も事前に準備する必要があるので、気軽に、とはいかない。
しかし本格的に防災用で井戸を考える場合は、やはり深い井戸を掘り、防災倉庫で発電機やポータブル電源などの予備電源を備えておくのがいいだろう。

40mの井戸は水中ポンプにて汲み上げ、
電源は隣の倉庫から引込み(寺谷ツの森)2021年設置

でも、いくら深い井戸を掘ったところで、直接飲用可能な地下水を掘り当てられる場所は多くない。実際に40m掘削した私の自宅井戸は、白いタオルを井戸水に入れておくと薄いオレンジ色に着色するくらい鉄分豊富で、口に含んでも鉄臭く、直接飲用できない水だ。
北総(ほくそう)台地周辺の地下水は、金気(かなけ)と呼ばれる鉄が混じる井戸が多い。その場合、飲用に使用するためには除鉄装置設備が必要になる場合もある。
松葉町を流れる「地金堀水路」の側壁の孔がオレンジ色に染まっているのは、地下水に含まれる鉄が酸化し色がついたものだ。

松葉町を流れる地金堀水路。特に山側の地下水は鉄分豊富

南逆井、宮田島の空き地では、住民の方が花壇や畑をつくり毎日の水やりにとても苦労していて、防災目的ももちろんだが、主に花壇への水やりやイベント時の使用などを目的にしていた。
普段使い(飲用以外)の水であれば手掘り井戸&手押しポンプは最適で、あとは実際に掘って水が出るか、の検討が必要だった。

井戸を掘るとき、私は最初に地理院地図のサイトを確認する。
年代別の写真で過去の土地利用が分かるし、土地の成り立ちから地形分類(自然地形)を表示させると、地下水位の予想がついたり土壌の種類の予想ができる。

自然地形を確認すると、南逆井宮田島付近は手賀沼に流れ込む大津川の支流がさらに細く枝分かれした谷地だったことが分かる。また年代別航空写真では1960年代までは田んぼだったことが分かる。このような場所であれば地下水位は高めで手掘り掘削が可能だと判断した。

地理院地図の地形分類(自然地形)より
薄緑色の部分は、もともと低地で土が堆積した氾濫平野を示す
地理院地図の年代別写真より(1960年代、空き地はもともと田んぼだった)

一番気がかりなことがあった。
それは、昔は田んぼだったが現在では田んぼが無くなり空き地の状態になっていること。「田んぼが無くなる」=「埋立てがおこなわれている」を意味する。
谷地を埋め立てる場合は相当な量の土がどこからか搬入され、しかも規制が緩い時代の埋め立て工事は、建設廃棄物やコンクリートガラなどが地中深く埋められている場合があるので注意しなければならない。

運動場の名前になっている「宮田島」は、かつてこの場所に島のような土地があったことが由来だ、と町会の高齢の方に教えていただいた。1960年代の写真を見ると、本当に田んぼの中にポツンと島が写っていた。
※年代別写真参照
現在では島は跡形もない。このちょっとした小山も埋め立てで土地を平らにする際に削られてしまったのかもしれない。
運動場の名前としてかろうじて残った宮田島であった。

井戸を掘ることが決定し、一回目の掘削は9月19日(火)午後2時過ぎから始まった。
町会の皆さんや周辺小学校の子どもたちが参加して、みんなで力を合わせて井戸掘りを実施。皆さんは手で掘る井戸に興味津々な様子で、掘削道具や方法の説明をを熱心に聞いて積極的に参加していた。
かなりの重労働だったと思うが、自分たちの井戸という意識が強く、暑い中熱心に作業を手伝ってくださった。

町会の方々と一緒に掘削。
学校帰りの子どもたちも参加。
最初はコンクリートの塊のようなものが、、
子どもも大人も力を合わせて
地域の方が井戸掘削を見守る様子。暑い中お疲れさまでした

埋め立て土の中からは、コンクリートガラのようなものが出てきたが、特に大きな障害にはならず、過去に湿地だった時代の泥の層や砂っぽい層まで初日で掘り進んだ。

二回目の掘削は10月12日。手掘り掘削はかなり体力を消耗するので、暑い時期を避けて入らせてもらった。この日は社員+井戸掘りに興味がある女性1名の参加で作業を行う。
掘削の途中、5m手前で生臭い掘削土が出る。埋立土の有機物と水位の高い嫌気的な環境が何かしらの物質を生み出したのかもしれない。
あまりにも強い匂いだったので、今後この場所で井戸が成り立つか心配になった。少し時間を置いて井戸水の様子を見てみようということになった。

10月でもまだ暑い日は続く、、
土の中の感触を感じながら掘削
小さな礫が出てくる

5日後に水中ポンプを持参して井戸に溜まった地下水を組み上げ、簡易な水質検査を行ってみる。
驚いたことにあれほど感じた臭いは無くなり、水も硝酸態窒素は多少検出するものの、鉄も少ないことが分かった。
ちょっと信じられない気がしたけど、最終的に掘り直す判断は捨てて、この場所で継続して掘削していくことに決めた。

井戸から直接水中ポンプで汲み上げてみる
改造した水中ポンプをポータブル電源につないで動かす
簡易水質検査(パックテスト)をやってみると、、

少し時間をあけてしまったが、11月15日に掘削を開始した。
前回の掘削で固い地層に当たっていたので、掘削機を引き上げる足場とチェーンブロックを用意した。固い地層では貫通するのにとても苦労したが、用意した機材で少しづつ掘り進めることができた。
掘削深さが6.0m手前から、砂混じりの層が表れ始めてこの層から水を得ることにして掘削を終了。
続いて、水をとる穴あきパイプと接続したケーシング管を井戸孔に入れる。
管を井戸底まで挿入し井戸孔との隙間に砕石を入れ、ポンプの座台まで設置してこの日の作業終了。

足場とチェーンブロックで掘削機を引き上げる
ケーシング管を挿入
掘削機の長さを計測
ポンプの架台設置

11月20日に手押しポンプを設置してみたものの、井戸水の中の泥が気になったので、再度ポンプを外して、泥上げの機材でケーシング管の中の清掃をおこなった。

川本ドラゴン(手押しポンプ)設置
まだ泥混じりの水が出る


翌日、手押しポンプを2人で交代で動かし、この井戸孔に向かって周囲の地下水が集まるよう通水をおこなった。ポンプ自体のハンドル操作は軽いのだけど、さすがに長時間汲み上げると筋肉痛になった。

なかなか良い筋トレになるかも

25日に手押しポンプで水を出してみると、濁りがおさまり透明に近い地下水が出てきた。水質を検査してみるとやはり鉄はほとんど出ない。
これで引き渡しとすることを決めた。

水が澄んできた
堀場製作所のLAQUAは持ち運びに便利な調査機器
やはり鉄が少ない地下水だ

もともと田んぼだった時代、谷津だったこの場所は地下水や湧水をくみ上げて耕作していたのだろう。
田んぼを埋め立てられて、地下水は行き場を失いどこかの排水溝や汚水管に人知れず流れ出ていたのだろう。
人とのかかわりを断たれてしまった地下水が井戸となってよみがえり、地域の住民さんと再びかかわりを持つ。
今後、井戸水が誰かの身近な水になって、人の暮らしに寄り添いながら生かされていくことを、私自身とても嬉しく思う。

嬉しそうな水!
地域の人に寄り添う水になってね!


町会の人が「逆井」という地名は、井戸を逆さにしたように水が湧き出るとことに由来がある、と言っていたのが心に残っている。
素直に地上に出てきてくれた湧水に感謝!!

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年末に井戸回りをした際に、宮田島の井戸を見てきた。水はさらに清らかになり、口に含んだところすっと体に染み入るような感覚を覚えた。
(保健所の検査では飲用は不可なので、飲み込まないように!)

手押し井戸ポンプ:川本ドラゴンHDS-25
ポンプ架台、掘削機材:シップスレインワールド(株)

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