しきゅちん外伝 ホテルと林檎とレモン
それは夢子が小学校高学年くらいのころだったろうか。父、母、弟と共にファストフード店に入った。
夢子は入店時、小ぶりな林檎を手渡され、持て余しながら家族のいる席についた。
席にはメニューがなく、夢子は母に言われてカウンターまで訪ねに行った。酷い人混みだ。皆トレイを抱えて通路をひしめき合っている。まだ小さい夢子はお客の足をかき分けるようにカウンターを目指した。
苦労しながらメニューを持って家族のいるテーブルに戻ると、誰もいない。物凄い不安に覆われた。きっと私が間違えたんだ、違うテーブルに皆いるんだ。
そう祈るように店内を何度も往復したが、探せど家族はいない。すると、父がいた。急いでそのテーブルに座るも、人違いだった。
泣きそうになりながら店内を駆け巡る。手に持った林檎が実に煩わしい。
店内の客は皆、親切で、夢子が通れるようすすんでスペースをあけてくれた。家族は見つからなかったけれど。
ウエイトレスの一人に聞いてみることにした。
「心配しなくていいわ。きっとすぐ戻ってくるわよ。外にでるのもよしたほうがいいわね。こんな嵐なんですもの。」
見ると外は台風のようだった。そのウエイトレスは夢子に言った。
「あなたたちは、併設のホテルに泊まるはずだったんでしょう?」
そうだった。忘れていたが、確かに夢子のバッグには鍵が二本、ぶらさがっている。
「心配だから、そのうちの一本を私が預かってあげる」
ウエイトレスにそう提案された。大人に言われたこと、夢子は条件反射で鍵のひとつを渡そうとしたが、ふとよくない気がして、断った。
するとウエイトレスは懐から銃を出し
「いいから渡せってんだよ!」
と脅してきた。「にげろ!」
誰かがさけんだから、ウエイトレスから夢子は逃げた。
あまり激しく動き回りたくなかった。動けば、そのうち、お腹がすいてくる。そうしたら自分はどうすればいい? 林檎ひとつしか持ってないのに。
とりあえず鍵があるんだから、このホテルの部屋で親をまとうと思った。
走ったから息があがっている。ゼイゼイしながらホテルのフロントに鍵を見せ名前を告げた。子供だから無理かと思ったが、部屋番号は183と教えてもらえた。
183の周りには大人の女のひとたちが数人いた。それぞれ夢子に何か言ってくるが、さっきのこともある。大人は信用できない気持だ。無視して部屋に入った。
久しぶりに一人になれた。ほっとして、バスルームを探した。
ホテルのアメニティかとも思ったが、バスルームには、下着が沢山おいてあった。新品ではない。誰が置いていった?
下着の主は間もなくバスルームに現れた。夢子と同い歳くらいの女の子である。
女の子は夢子の髪をコテで巻いて素敵にしてくれた。そしてバスルームにおいてあった服に着替えると、ホテル内のお店に夢子を連れ出すのだった。
女の子は、半円型の容器から細いストローで黄色い液体を飲んだ。
「レモンジュース?」
と聞くとストローをくわえたまま、彼女は頷く。傍らには袋にいっぱいのレモンキャンディ。
さらに夢子にはよくわからない機械をいじって、レモンの匂いのする煙を出した。
「これ、加熱式のタバコね。レモン味。」
そう言う女の子は、夢子と違うかっこいい服を着ている。バーにいる他の女の子たちもその場にふさわしいおしゃれな服装だ。
夢子は自分がダサいので恥ずかしくなった。ここの女の子たちは思い思いにアクセサリーを身に着けてかわいい服を着ている。夢子の母親が
「子供らしくない!」
とけして許してくれない系統のものだ。
私には許されてない物。私が、着てはいけないもの。着たら、子供らしくなくなるから、つまり、大人みたいになるから?
お母さんは私が大人になるのを許してくれなってこと?
夢子がジーンズの尻ポケットに突っ込んだままの小さな林檎は、ゴツゴツして痛かった。
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