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ロイCとハニー・ドリッパーズについて

ロイC(ロイ・チャールズ・ハモンド)という名前にピンとくる人は、コアなソウル・ファンか80~90年代ヒップホップ・ファンだろう。

前者にとっては、65年にリリースされたできちゃった婚をテーマにしたシングル「ショットガン・ウェディング(B面は高校中退がテーマ)」。

後者にとっては彼が手掛けたザ・ハニー・ドリッパーズ「インピーチ・ザ・プレジデント('73)」、当時のアメリカで話題となったニクソン大統領のウォーターゲート事件に対し大統領を弾劾した曲だ。どちらも社会的意識の強い楽曲だ。

前述のシングルがアメリカとUKで大ヒットを記録。様々なレーベルとの契約を模索するもうまくいかず、70年代には自身のレーベル〈アラガ・レコーズ〉を設立しリリースを重ねマイナー・ヒットを連発していったようだ。その中に、前述のザ・ハニー・ドリッパーズ「インピーチ・ザ・プレジデント('73)」も含まれている。高校生グループをスカウトしロイC自身が手取り足取り指導し形にした作品だ。

その結果を受けて大手レコード会社〈マーキュリー・レコーズ〉と契約を獲得し、アルバム『セックス・アンド・ソウル('73)』、『サムシングナイス('75)』『モア・セックス・アンド・ソウル('77)』をリリースしヒットとなった。

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その後、79年に自身のレーベル〈スリー・ジェム〉を設立し80年代初頭まで定期的に作品をリリースしていたが、その後、ブランクがあった。そのブランクには、元々ジョージア州出身のディープ・ソウル・シンガーという印象の彼が、70年代からのディスコ・ブームに乗り切れず失速したという側面と、「インピーチ・ザ・プレジデント」問題があった。

この問題とは、ヒップホップのおけるサンプリングだ。マリー・マールによってキックとスネアをサンプリングされたブレイクビーツ(昔からクール・ハークらはDJプレイしていた)としての「インピーチ・ザ・プレジデント」は、86年にレーベル〈コールド・チリン〉からリリースされたMCシャン「ザ・ブリッジ 」が初出といわれている(87年にリリースされたヒップホップの聖典『アルティメイト・ブレイク&ビーツVol.11」にも収録された)。

その後、90年に入るまで数々のヒップホップ・クラシックでこの曲はサンプリングされヒップホップ 史上一番サンプリングされた楽曲となっていく(サイト〈フーズサンプルド〉で検索すると802曲もの楽曲にクレジットされている)。

当時のヒップホップが街角音楽からお茶の間音楽になるにつれ、サンプリング許諾問題が噴出したが、ロイC自身はヒップホップに興味があるはずもなく90年代に入るまで全くこのことを知らなかったようだ。

ニューヨーク・タイムスの記事によると、92年にニューヨークのインディー・レーベル〈タフ・シティー〉の社長であるアーロン・フックスがこの曲の原盤権を買い取り、LLクールJ「アラウンド・ザ・ウェイ・ガール」、「シックス・ミニッツ・オブ・プレジャー」と、EPMDの「ギヴ・ザ・ピープル」についてレーベル〈デフ・ジャム〉に対し訴訟を起こすも和解した。

この事実を知ったロイCがようやく自分の曲がヒップホップ でサンプリングされていることに気付いたという。しかし、原盤権を〈タフ・シティー〉に売ってしまった以上は法律上どうにもできない。また、アーロン・フックスがロイCと契約していた楽曲出版会社から出版権を削除するという強引なやり方をしたために、ロイC本人にはサンプリング許諾のロイヤリティーは一切入ってこなかったという。彼は〈タフ・シティー〉というネーミング通りのレーベルと、タフすぎる契約をしてしまった格好だ。

しかし、この訴訟はプロデューサーやアーティスト・サイドにロイCの存在を認識させた。彼が強引な契約で正当なロイヤリティーを受け取れないのはおかしいと思ったかどうかは定かではないが、「インピーチ・ザ・プレジデント」をサンプリングしたオーディオ・トゥー「トップ・ビリン」。それをサンプリングしたメアリーJブライジ「リアル・ラブ」などには共同作曲家としてクレジットされた。裏で両曲のプロデューサーで、ヒップホップ良識派のダディーOが動いたのではないか?と勝手に妄想している。これで「トップ・ビリン」のビートがサンプリングされればロイCにロイヤリティーが入る形となったようだ。

サンプリング問題に巻き込まれつつも、ロイCは音楽活動を続け、86年には「シーズ・ア・レディー」、87年に『レット・ミー・テイク・ユー・トゥー・パラダイス』をリリース、ソウル・ファンを喜ばせた。また、サウスカロライナ州アレンデールで自身のレコード・ショップ〈カロライナ・レコード・ディストリビューター〉を経営していたという。そのロイCが9/16に亡くなったそうだ。享年81歳。彼の娘サブリナ・ウィリアムズはFacebookで彼の死を発表した。彼の残したソウル・ミュージックとブレイクビーツは、これからも様々な新しいサウンドに引用され受け継がれていくことだろう。合掌、、、

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