イタリア、再びリモート学習になる/ドメニコ・スキラーチェ
コロナ時代の学校と子ども〜イタリアの校長先生が伝える「これから」の教育〜vol.5
イタリアの科学系名門高校「アレッサンドロ・ヴォルタ高校(以下、ヴォルタ高校)」のドメニコ・スキラーチェ校長先生著『「これから」の時代(とき)を生きる君たちへ』の発売から半年余。新型コロナの影響による休校を乗り越えて、いかにして安全に、スムーズに学校を再開させたのか――スキラーチェ校長先生が、リアルな情報や子どもたちへの思いを綴る連載です。
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ご存知の通り、懸念されていたコロナウイルスの感染拡大が再び始まっています。初秋のデータから、ヨーロッパの感染状況は世界中でもっとも憂慮されるものとなりました。スペイン、フランス、イギリス、ドイツ、イタリアでは、毎日のように状況が更新され、急拡大しています。イタリアにおいては、私が住み、働いている都市・ミラノが感染拡大の中心です。私たちはデカルト座標のように、直線的に、指数関数的に感染拡大していくと本当に恐ろしいことになる、と話しています。
イタリア当局は、すべての高校と一部の小学校の閉鎖措置を決めました(※註)。実際には、登校するのは12歳以下の子どもだけで、大学を含む12歳以上のすべての生徒はリモート学習のみとなりました。
註:10月26日から学校が閉鎖され、ヴォルタ高校でも生徒たちが登校できない状況となっている。
私は、この選択は重大な誤りだと思っています。イタリアでは、学生と従事者を合わせて800万人以上が学校に携わり、移動をしていることは事実です。その一方で、学校内で適切で安全な対策を講じていることも事実です。そこには、外部から感染を持ち込まない対策も含まれます。
多くのヨーロッパ諸国、感染拡大の急先鋒であるフランスとドイツ、そしてイギリスでさえ、仕事や個人の移動の自由を制限する非常に厳しい措置をとる中でも、学校は開かれています。イタリアは、残念ながら違う選択をしました。
そのため、私たちは再びリモート学習に戻っています。授業にとって大きな助けになるのは確かですが、教育上深刻で、限界を見せ始めています。それらを以下にお示ししましょう。
学校は子どもやティーンエイジャーにとって、他者と社会的に交流することのできる主要な場です。また多くの場合、唯一の場所です。かつては田舎や小さな町で、マンションの中庭から町の広場まで、若者たちが好き好きに集まって交流できる機会が多くありました。しかし今日(こんにち)これらはもはや存在せず、学校外のウェブがその場となりました。
学校には、上級生が下級生の面倒をみる、母親に自由な時間を提供するといった、かけがえのない社会的機能があります。リモート学習によってそれがなくなることは、ネガティブな結果をもたらすでしょう。
学校は難しい家庭環境や社会的状況に置かれた子どもたちにとって、“正常な状況”で自己を認識する唯一の領域です。こういったケースは想像を絶するほど多く、実際、多くの子どもたちが人と人との健全な関係を見つけ、学習支援を受け、ほとんどの場合、温かい食事を食べることが保障されています。学校が、子どもたちが安全に避難できる場所となっているのです。
今日(こんにち)の学校は、学習の場であるだけでなく、私たちを取り巻く社会の複雑さを読み、言葉を解読し、現在を理解し、未来を計画することを学ぶ場所です。最高学府、特に優秀な生徒が集まる学校は、この国の将来を担う民になることを学ぶ場所です。
また、社会的条件にかかわらず、高く大きな目標を達成するために――その達成の可能性を持って――さまざまな機能を与えられた、もっとも有能で意欲的な場所でもあります。もしそれが充分でないなら、お詫びします。
パンデミックによって、私たちはリモート学習が便利なツールであると分かりました。休校による学習の遅れを埋め合わせ、毎日宿題や課題を出すことで学校を忘れさせませんでした。
このようにリモート学習は有用ですが、中期的にみると限界が見えています。限界というのは、主に社会的なことに起因しています。遠隔授業がスムーズに行われるためには、いくつかの前提条件があり、それらが揃わないと最適な状態で実行できません。
具体的には、性能のよいコンピューターやタブレットがあること、インターネットへの接続が安定していること、安心して授業を受けることのできる隔離された場所(おそらく多くの子どもたちが自分の部屋)があること。家族が子どもたちの授業や勉強を助け、サポートすること。
しかしすべての子どもたちが上記の4つの要素を持っている、またはそれに近い環境にあるわけではありません。リモート学習は、生徒間の社会的な違いを浮き彫りにし、各家庭の背景や特権的な社会的地位を強調することになりました。個人的または社会的なさまざまな理由から“弱者”である人々が、最も高い代償を払っているのです。
イタリアの学校システムによってもたらされたこの結果は、大きな失敗なのです。
このコラムは、毎月2回(中旬/月末)のペースで更新します。コロナからちょうど1年後、2021年3月まで続く予定です。ご期待ください。(編集担当:原田敬子)
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文:Domenico Squillace(ドメニコ・スキラーチェ)/イタリア・ミラノでもっとも権威のある高校のひとつ、「アレッサンドロ・ヴォルタ高校」校長。1956年、南イタリアのカラブリア州・クロトーネ生まれ。25歳のときに大学の哲学科を卒業、ミラノの高校で26年間、文学と歴史の教師を務める。 その後、ロンバルディア州とピエモンテ州で6年間校長を務め、2013年9月から現職。26歳になる娘のジュリアはオランダ在住。趣味は旅行、読書、そして映画館へ行くこと(週に3回も!)。犬が大好き。