浪人、再考。浪人、最高!PartⅤ
桜が舞い散る4月からスタートした浪人生活も、新緑の季節を過ぎ、初夏を迎え、浪人生にとっては甲子園球場を目指す球児よろしく、「大事な夏」を目前に控えた。
4月は、目新しい人間関係にソワソワ浮かれていた私も、数ヶ月経つと、自分に「しっくりくる」勉強の進め方や「しっくりくる」仲間がようやくでき始める。
毎日、通っていた予備校での授業は朝9時ころから始まって、早ければ午後イチには終わった。残った午後の時間は「自由時間=自習時間」になる。授業が終わると、予備校室にある自習室へ行くのが日課となった私は、そこで、ちょっとした会話をキッカケに男女6人ほどのメンバーと親しくなる。
背番号順に選手紹介。
1.晋一くん(二浪目に突入、みんなより1コ年上になる。リーダー的存在。発言する言葉に重みがある)
2.ヒデちゃん(同じく二浪目、ヒデちゃん、と呼んでいたけれど、男子。身体は大きいけれど気が優しくて力持ち。目尻が垂れ目)
3.ヨタロウ(一浪、私と同じ年、埼玉県内の進学私立高出身。地味だけどいいニュアンスを出している。今思えば美少年系なのに、当時は「ヨタロウ」なんてヒドイあだ名をつけた私たち)
4.春菜ちゃん(一浪、都内の私立女子校出身。会話もアタマも切れるデキル系。面倒見も良くてお姉さん気質)
5.エダちゃん(一浪、都内の私立女子校出身。ほんわかした印象だけど、押さえるところは押さえる。いいお母さんになりそうな肝っ玉系)
6.dekoneko(一浪、都立三鷹高校出身。ぼんやりしているのか、真面目に考えているのか良くわからない雰囲気。高校時代は男子からは「とっぽい」姉ちゃんと呼ばれていた)
思えば、中学、高校と、クラス替えの度に、「新しいクラスでは気の合う友達が出来るだろうか」を考えてはドキドキしたものだけど、ここ、予備校ではそんな心配は皆無だった。最初の章に書いたように、「この1年間は、人間関係において何も期待しない」、何なら「友人も作らなくていい」、まさに戦国時代の「浪人」を地でいく一匹狼、それくらいの覚悟で臨んだからかもしれない。
思うのだけど、物事は、最初から捨て身の覚悟で臨むと、その分、思いがけないリターンってものがあるのかな、なんて考えてしまう。
人はいろんなことを、「期待する」から、その期待が外れて落ち込んだりするもので。とはいえ、このような「悟り」の境地には、なかなかなれないよね。普通。
で、この6人組。
男女問わず、「気が合う」ということは理屈抜きに、「感性」が合ったのだと思う。そこに性別は関係なく。
もしかしたら、仲間内で、誰かが誰かを(こっそり)気に入っている、くらいの淡い気持ちはあったのかもしれないけれど、その時は知る由もなく。
この1年間、勉強に専念するつもりだったので、アルバイトなど一切しなかった。なので、当然、お小遣いは限られている(当たり前だ。親から学費、食費、その他、面倒を見てもらっているのだから)。
だけど、そんなお小遣いを貯めて、なけなしのお金で、授業後、千駄ヶ谷から表参道まで歩いて、サンドイッチカフェ「アンデルセン」でコーヒーを飲んだり、下高井戸駅にある「下高井戸シネマ」に二本立ての映画を観に行った。
ある時、この6人で下高井戸シネマに行った時のこと。二本立てのうちの一本は、「マイ・プライベート・アイダホ」という、ガス・ヴァン・サント監督の作品で、若かりし日のリバー・フェニックス(この単語を打つだけで、無条件に泣けてくる)と、キアヌ・リーブス主演の、青春映画と書けば聞こえがいいけれど要は、ゲイ映画だった。
ところどころ、際どいシーンが出てくる度に、みんなが一瞬、息を呑む。シンと静まりかえる映画館内。ゴクッと唾を呑む音さえ、周りに聞こえるのでは?と緊張するほど。私の喉もカラカラだった。そんな中、館内に持ち込んだお煎餅をポリポリと小さな音を立てて食べ続けていたヒデちゃん。グンと際どさを増したシーンでは、そのお煎餅を持つ手も止まり、ポリポリ音も一瞬、パタッと止んだ。この瞬間は思わずみんなでクスクス笑いあったっけ。
仲間のうちの一人、ヨタロウ。私よりぐんと頭が良くて、いつも公開試験でも、上位トップ10に入っていた秀才だ。「頭、いいなぁ」というのが正直な感想で、口数も少ないし、物静かな人なので、最初は、存在さえも気にならなかった。
ところが、ある日、教室でみんなで撮影した1枚の写真を、家に帰って母に見せたところ、母が「いいね!ヨタロウ!」と反応したことがキッカケで、私の頭の中に、ヨタロウの存在が俄然、めきめきと大きく膨らんでくる。
(そういうことってありませんか? 自分がその感性を信頼している人がオススメした人やオススメした作品が無性に気になってくる、ってこと)
彼はジーパンのポケットに村上龍のデビュー作「限りなく透明に近いブルー」を入れて歩いているような人だった。
(続く)