第三回性癖小説選手権&第一回裏性癖小説選手権講評置き場

 第三回性癖小説選手権と、第一回裏性癖小説選手権の講評置き場です。


 2021/6/16~2021/7/15の間に開催した性癖小説選手権と裏性癖小説選手権の講評置き場になります。
 尚、性癖小説選手権と裏性癖小説選手権の講評は別の人間が行っているので、講評の内容がチグハグな部分があるかもしれませんが仕様なので気にしないでください。
 優勝者の発表は別記事での発表となります。


1:美人優秀JDが胸をデカくするために脳みそグチャグチャに溶かしちゃう話/只野夢窮

作者:只野夢窮
性癖:普通に生活していけば素晴らしい成功を収めるはずの女性が、本当にどうでもいいようなことのためにその才能をゴミみたいな理由で擦り減らして何もできないまま終わる
講評:胸が小さいのを気にして薬に頼って巨乳になろうとする良いトコのお嬢様というだけで性癖の魅力に溢れているのですが、至極真面目な悩みの描写からの『バカで胸が大きい女を作り出す薬』と『これを飲むと男でも胸が大きくなる』という流れが作者のはっちゃけ具合を表していて良いですね。細かい設定なんて気にするなの精神が性癖小説選手権の作品に相応しくて嬉しいです。そうそう、こういうのでいいんだよという安心感。
 薬の効果でバカになっていながらも根は真面目なので単位を落とす事や留年を恥じていて、親に相談も出来ずに失踪 & お金が無いので風俗堕ちまではよくありそうなパターンなんですが、そこからデリは迷子で無理。ピンサロは喧嘩した。マットは覚えられない。最終的に基盤店に辿り着いて薬で飼いならされるという、『バカ』だからこうなるんだなというコースが、提示された性癖の『ゴミみたいな理由で擦り減らして何もできないまま終わる』というのに繋がっているのが本当に良かったです。最後の『バストサイズで検索した時に一番』というのが最初の彼女の願いが叶った様な物ですが、それすらも語り手からしたら『どうでもいいようなこと』の様に淡々と記されています。
 一から十まで全て提示した性癖そのままの内容で、性癖小説としてお手本の様な作品でした。

 作品自体に文句の付けようは無いのですが、作者の只野夢窮さんに敢えて一つだけ言うとしたら、『性癖描写が現実に有り得そうな範囲で留まっている』という部分が少々勿体ない様な気がしました。
 バカ巨乳薬の存在がややファンタジーではありますが、只野夢窮さんの性癖的からするともっと現実では有り得ないような肉体変化や尊厳の破壊を行うファンタジー作品もいけるのではないかと思います。
 というか自分がそういうのを読みたいだけなんですけどね。超乳や苗床化や転落物って好きなんですよ。どうです?


2:チョークスリーパー/あきかん

作者:あきかん
性癖:チョークスリーパー
講評:チョークスリーパーをかける側の覚悟と密着具合、そしてかけられる側との関係性から見出される本気のやりとりや喉の感触にエモを感じると言う説明の作品。
 チョークスリーパーを仕掛ける場合は後ろから足で仕掛けられている側の体を挟み込んでおんぶの様な体制で行う事があるので、なるほど言われてみれば表のだいしゅきホールドに対して裏のチョークスリーパーと言えるだろういう気付きがありました。どちらも命のやり取りですしね。
 前半部分で他のプロレス技との違いを挙げている部分から『俺はチョークスリーパーじゃないとダメなんだ』という熱い気持ちが伝わってくるのですが、余りにも好きすぎるからこその唯一の問題点があります。
 チョークスリーパーがどんな体制で行われているかの描写がありません。
 チョークスリーパーが首を絞める技である事や、かけられている側がどういう抵抗をするのかという描写はあるのですが、具体的なチョークスリーパーの形の説明が無いんです。
 おそらく、あきかんさんの中でチョークスリーパーがどんな体制で行われるかは説明しなくても誰でも分かる当たり前の事なんでしょうが(※自分も分かります)、分からない人は作中の様々な場所から『首を絞める』『マウントポジションではない』『密着する』『相手が抵抗できる』『足を絡める』という情報を抜き出してチョークスリーパーがどんな形なのかを想像しなくてはいけなくなっています。
 あきかんさんがどれだけチョークスリーパーが好きかというのは伝わってきましたが、そのチョークスリーパーの良さを伝える為にもどんな体制で行われているかの描写を入れて欲しかったところ……
 プロレスファンが読む作品としては良いかもしれませんが、性癖小説としてはかなり惜しい作品です。


3:瞳/sigh

作者:sigh
性癖:最愛の人から向けられる悪感情
講評:めちゃくちゃ良い倒錯した感情ですね。なにこれ、凄く幸せそう。相手は可哀想だけど。
 内容としては彼氏に他の男と寝た事がバレた場面で、それによって彼氏が抱いた彼女に対しての悪感情と、彼女はその悪感情を抱いた瞳を向けられるのが心地良いので何回もしてしまうという物。
 これ、恐ろしい事に読み手によって『最愛の人から向けられる悪感情』の受け取り方がまるっきり変わっちゃうんですよ。
・彼氏がどうやって気付いたのか書かれていない
 →彼女がバラしたのかもしれない
 →彼氏が問い詰めたのかもしれない
 →浮気相手が伝えてきたのかもしれない
 →何かそうだと分かる証拠が置かれていたのかもしれない(彼女によるやらせ)
・彼女が浮気した理由を彼氏がどう解釈しているか不明
 →無理やり襲われたから葛藤しているのかもしれない
 →自ら望んで浮気したから葛藤しているのかもしれない
 →魔が差してやってしまっただけなのかもしれない
 →何か特別な理由があったのかもしれない
・悪感情の内容が不明
 →俺以外に体を許しやがって! という怒りかもしれない
 →汚された相手なので純粋な目で見れないという侮蔑かもしれない
 →自分を騙していた事への恐れかもしれない
 と様々なパターンがあって、下手するとどのパターンも過去の相手で経験済みの可能性もあるんです。
 これほどまでに想像させる余地を持ちつつも、その彼氏が抱いた感情が怒りでも、侮蔑でも、恐れでも、どんなパターンでも、提示した性癖である『最愛の人から向けられる悪感情』になるんですね。
 性癖小説としてかなり高度です。人生楽しんでますねこの女性。刺されてたり殺されたりしても幸せそう。


4:自分を嫌いなあなたが好き/てふてふ

作者:てふてふ
性癖:劣等感の強い人が唯一自慢していたものを好きでなくなる瞬間
講評:これも中々な倒錯した感情の性癖で、思い込みによる価値観の植え付けと、その植え付けられた価値観を元に得ていた承認欲求を失わさせる事への興奮ですね。
 平たく言うと洗脳と言われる物ですが、元々相手側が自分で『自分にはこれしかない』と思っていたのの後押しをしただけなので、やった側にはこれっぽっちも罪悪感がありません。何か問い詰められても「手が綺麗って言われるって言っていたのは君だろう?」と返すだけです。うわー、なんて悪いやつなんだー(棒読み)
 作中にも書かれていますが、本当に褒める部分は別に手じゃなくてもなんでも良かったんですよ、この人。『自分には褒められる物がある』と相手に思い込ませたいだけなので何でもいいんです。それなのに手を舐めたり絡ませたりと褒める為の行為は手を抜きません。全部最後に『じゃあ、いらない』と言う為の下準備の為にやってるだけ。その為なら多分肛門だって舐めていたでしょう。そういう部分が良い意味でまともじゃなくてとても良かったです。まともじゃないからこそこんな性癖をしているんですね。好きですよそういうの。
 喜びの絶頂から全てをひっくり返されて最下層に落とされた時にしか得られない栄養がある。そういう事なのだと感じました。


5:デザートディッシュ/@hanasakuko

作者:@hanasakuko
性癖:口移し
講評:性癖は『口移し』なんですが、文章自体が蠱惑的で、もうその時点で性癖にマッチする人が居そうな感じなのがとても良い作品。
 大雑把に言ってしまえは口移しで果物を食べるのがおいしかったという内容なのですが、旬の時期の果汁が溢れる果物を一度相手の口内に入れてから唾液と共に口移しで吸い取って食べる描写が耽美でエロいです。敢えて他人に咀嚼して貰って唾液と絡ませる事でデザートとして完成させるというの発想が素晴らしい。確かにそのまま食べるのと味が変わるでしょうし、カシスとチョコレートの組み合わせの様に味の相乗効果を引き出す場合もあるでしょう。舌が触れる事で触感も変わるので、実はかなり実用的な方法なのかもしれません。
 相手の名前が『さら』で『皿』と掛けている部分以外は登場人物の性別や年齢や関係が明かされず、終始果物と口移しについての描写だけが続いているのが性癖小説として良かったです。小説というより綺麗な詩を読まさせて頂いた気分になりました。性癖詩編も有りなのかもしれませんね。
 ただ、フライドスイカはダメなんじゃないかと思います。流石に水分と油分の組み合わせは気持ち悪くなりそうな気が…


6:日記/小丘真知

作者:小丘真知
性癖:何かのきっかけで垣間見える人間の狂気がぞっくぞくする。
講評:ホラーです。超常現象とかではなく、人間の狂気が怖い系のホラー。
 これはどの性癖小説にも言える事なんですが、予め最初に『性癖:〇〇』と書く事で本文の内容におおまかな予想が立てれて、読み始めてからも(そろそろ性癖ポイントが来るな)というのがなんとなく分かります。
 作者が作品に込めた性癖を理解していれば、読む前から作中でどんな事が起こるのかってのがある程度分かるって事ですね。
 そして、そのある程度分かってしまうという部分が本文の一行目の『知人の廃棄物処理業者から、そう大きくない北欧風の本棚をもらいうけた。』という部分からこれでもかというぐらいにバチバチに警戒をさせてくれていて、意図的か偶然かは分かりませんが性癖小説としての形を物凄く上手くホラーな展開に使用できています。
 読んでいる最中もその「先が分かってしまう」という部分が起きるのですが、これが逆にネタバレにならずに「予想通りにならないでくれ…」と懇願しながら先を読む楽しさに繋がっているんです。凄く面白いですよこれ。
 性癖小説は性癖を読者に理解して貰うというのを評価対象にしているのですが、この作品は『読者に理解』の一つ上の『読者に体験』の域に達しているんではないでしょうか。小丘真知さんの性癖力の高さに驚きました。
 開催しておいてなんですが、性癖小説とホラーって相性良すぎません?これはもっと他にもホラー作品を読んでみたいですね。

7:ただいま/尾八原ジュージ

作者:尾八原ジュージ
性癖:原因とかがよくわからないままに終わる投げっぱなし怪談(なるべく短いやつ)
講評:ホラー作品を読んでみたいと書いたら二つ続けてホラーが来ました。嬉しいですね。小躍りしてます。
 この作品は性癖のポイントが中々面白い事になっていまして、『小説の中に性癖がくすぐられる部分がある』のではなく、『小説の体裁その物が性癖』という形です。主催が思っていた性癖小説とは違う形の物が来たので驚きましたが、確かにこれも性癖小説です。問題はありません。
 この作品の様な原因が分からない投げっぱなしの怪談というのはインターネット上や雑誌に掲載されるホラー作品によくある物で、個人的にこういった作品は読み終わってから読者が「あれはこういう事なんじゃないのか」とか「あの地域ならこういう話が他にもある」と考察する所までを含めて一つの作品なのではないかと思っています。小説単独で完成するのではなく、読み手が居てこそ完成するという物ですね。そしてその読み手が多ければ多いほど考察の交流が増えるので、読み手の数だけ作品の規模が大きくなっていくという一種のミームでもあります。
 つまり、これは読者が考察を始めた時点でジュージさんの性癖の『原因とかがよくわからないままに終わる投げっぱなし怪談(なるべく短いやつ)』に取り込まれてしまっているという訳です。
 性癖小説選手権は読者に『いかにその性癖について読者に興味を持たせるか』を評価軸にしているのですが、この作品はその点を真横からとても鋭角に突いてます。性癖小説としてレベルが高いのですがどう評価するべきかとても悩みますね…
 狙ってやったんだとしたら相当な曲者ですよこれ。ジュージさん、恐ろしい…


8:里際の子どもたち・絵画コレクション/崇期

作者:崇期
性癖:虚構作品の解説
講評:凄く面白い形式の作品が来ました。『存在していない架空の絵画を購入したという想定で架空の内容と歴史と作者を作り上げて紹介するブログ』という何もかもが架空の作品です。なるほど、これが『虚構作品の解説』。
 何も本当の物が無く、単に作者の妄想を書き連ねているだけという感じなので人を選ぶ内容でしょうが、自分にとっては物凄く楽しんで読めましたね。プレイした事の無いゲームの攻略本や設定資料集を買って読むのが好きな人にはとてもオススメの作品です。恐らく、それこそが『虚構作品の解説』という性癖なのでしょう。
 ただ、この作品はそれだけで終わらずに、『こういうブログを開設している』という二重の虚構を携えていて、作品から中々に不思議な雰囲気が漂っています。例えるとしたら『読む世にも奇妙な物語』という感じでしょうか。このミステリアスさもいいですね。単なる設定厨が好きそうな物という形で終わっていません。
 作者の崇期さんの性癖がとても良く現れていて素晴らしいと思います。このまま一週間に一回ぐらいのペースで本当にそういうブログを書いて欲しいぐらいですね。性癖ブログ。ありかもしれないです。


9:EGG/尾八原ジュージ

作者:尾八原ジュージ
性癖:異常事態に淡々と対処する人
性癖:可愛がるのにちょうどいい生首(切断面がぐちゃぐちゃしない、腐らない、見た目がきれい、自力で移動できる)
講評:ジュージさん、二作目の参加ありがとうございます。
 そして内容が特殊性癖すぎて読んでいてワクワクしました。こういう自身の性癖を満たす為に内容を作ると言う、まず最初に性癖ありきの作品が見たくて性癖小説選手権を開催しているんですよね。最高でした。
 内容としては『ただ体がどんどん縮んでいって、最後はほぼ頭部だけになってしまい死に至る病』にかかってしまった生首に手だけの元カノがやってきて、『それ』(※ここ重要ポイント)を数日間『飼育』(※ここも重要)するというお話。
 この時点で分かる人は分かるでしょうが、主人公はこの元カレを既に人間扱いしていないんですね。見た目がもう人間じゃないのと知能が低下している事も併せて、完全に『人間の生首の形をした生き物』として扱っています。なるほど、確かに提示された性癖の『可愛がるのにちょうどいい生首(切断面がぐちゃぐちゃしない、腐らない、見た目がきれい、自力で移動できる)』という内容その物ですね。性癖の為に架空の病気を作って一人の人間をペットに貶める行為がとても性癖に素直で嬉しくなりました。
 内容もほのぼのした物かと思いきや中々にハードで、最後は良い雰囲気を出して終わっていますが一つ目の性癖の『異常事態に淡々と対処する人』という内容がきちんと含まれています。というかこんなに淡々と対処できる人だから振られたんじゃないでしょうかね。異常事態の時は心強いですけど、平時に一緒に暮らすには不気味ですよ。
 恐らく一般受けはしないだろう性癖を見事にエンターテイメントに仕立て上げた作品でした。これからもどんどんその性癖を表に出した作品を書き続けて頂きたいですね。


10:ユージュアル・サスペクツを観たことがある男/惟風

作者:惟風
性癖:「○○って良いよね」「私もそれ好き」という会話をすることなく、お互いがお互いの好きなモノについてを知り、通じ合う瞬間。
講評:あ~、分かる~。そういうの分かる~。となる性癖と、それがよく描かれている作品。
 自分はユージュアル・サスペクツを見た事が無いのですが、『ソゼ』という名前に対して後輩の子が『大げさに足を引きずって歩き出した』という部分が恐らく提示された性癖の部分なのでしょう。もしかしたらその後の『抱き締めたくなった』までも含めて映画の内容とリンクしているのかもしれません。
 そして何よりのこの性癖小説の見どころは、『「○○って良いよね」「私もそれ好き」という会話をすることなく、お互いがお互いの好きなモノについてを知り、通じ合う瞬間。』というのが正しく実際に『ユージュアル・サスペクツを見た人』とリンクする所でしょう。ユージュアル・サスペクツを見た事の無い自分でもそういう事だろうなと分かるのに、見た事のある人だったら物凄くない様に共感を覚える筈です。
 映画の内容と小説の内容のリンクだけでなく、映画を見た事のある人と性癖と小説の内容もリンクさせ、更には小説の内容をより理解する為にユージュアル・サスペクツを見てみたくなるという、二重三重の繋がりが見事な性癖小説です。
 ネット配信にあったりしないでしょうか。もしもあるのなら小説の概要にメモ書きして頂けると、まだ見ていない方を同じ性癖に引きずり込めるので強いと思います。


11:妻の小説の中身を訪ねて三千里は歩く予定/崇期

作者:崇期
性癖:タイトルだけ美しくて中身からっぽの小説
性癖:蝶の幼虫を寝具として使ってみたい
講評:崇期さんも二作目ですね、ありがとうございます。
 『タイトルは美しいけれど中身からっぽの作品』がどういう物かを旦那が語り手として妻の作品に感想を言うスタイルで綴られており、確かに作品タイトルはオシャレな感じなのですが内容と合ってなくて奇妙な感じがします。でもなんとなく分かるんですよねそれ。タイトルから内容が予想出来た方が未読の人には優しいんでしょうけど、あんまり関係無いと言うか抽象的なタイトルを付けたくなっちゃうもんなんですよ。そして中身も本当は無くていいんじゃないかって思います。とりあえず文章が綴られていれば作品ではあるじゃん?みたいな。なんとなくツイッターみたいな使い方。
 もう一つの性癖の『蛾の幼虫を寝具として使ってみたい』は作中作の内容に大きな幼虫を大きな枕に使う事として出てきます。
 虫の体内にも液体が流れているとか柔らかくて冷たい事とかがさらりと説明されていて、よくよく考えたらかなり奇妙な事なんですが、それが違和感なく『そういう物だな』と入ってきます。普通では有り得ない事なのに、確かに大きな幼虫が居て枕に出来たらこうだろうなと納得できてしまう。不思議ですけれど魅力のある文章です。
 崇期さんの作品は一作目もこちらの作品も内容が『架空の作品』に対する感想を語る物で、崇期さんの作風というか性癖の部分に『架空』や『頭の中の』というような現実に存在しない物を元にして話を広げる物を感じました。
 ファンタジー作品というより架空作品とでも呼ぶべきでしょうか。先程も書きましたが不思議な魅力のある文章です。宮沢賢治さんの銀河鉄道の夜とか、漫画ですけどますむらひろしさんのアタゴオルとか、そういう幻想的で楽しさがあるけれど、どこか切なさも感じる雰囲気です。


12:触手/神澤直子

作者:神澤直子
性癖:触手
講評:触手物好きなんですよ。五億点。
 女性が路地裏で触手に襲われて孕まされるだけの内容なんですが、最初に口内に侵入して直接胃に液体を流し込むという触手物の作法がしっかりとされており、触手の種類も目がある物、媚薬を大量に出す物、服だけを溶かす液体を出す物、嘴型で内部が細かい触手の物、男根型で膨らむ物、尻用の細い物と数種類あるので古参の触手好きも納得がいく一品でしょう。
 女性のテンションが高くて変な事を口走っていたりボケなのか天然なのか分からない感想を言ったりしてますが、それも飲まされた体液の影響という事にすれば問題は有りません。最後に孕まされているのが分かるのもいいですし、それにより襲って来た元男性も触手に襲われたのだろうという事が分かるのが意味深で面白いですね。
 触手物として基本を押さえていていますし、怪物物のホラーとしても読めるのがとても良いです。
 敢えて問題点を上げるとすれば、体に巻き付いて撫で回す触手は裏側に柔らかく細かい触手がびっしりと生えているブラシ型触手にして欲しかったのと、針を突き刺して母乳を噴出させる肉体改造系の触手と、意識を失う前に眼前に現れて絶望させる弩級の極太触手に出て来て欲しかったですね。後は男性の腕と目が付いている触手が最初の出番だけで終わっているのも勿体ないでしょう。腕はサンドイッチの時に上から押し付けるのに使えますし、目が付いているのも苗床に出来るかどうかの確認の為に胎内に入って来るとかの出番をあげても良かったと思います。
 ただ、先程も書きましたが基本は押さえてあるのでこれはこれで完成作品ではあります。触手物はどこにオリジナルを出すかが難しいのですが、それもサンドイッチ部分で個性が出ていました。
 良い触手物をありがとうございます。カクヨムに怒られないかだけが心配です。


13:ウサギのケーキはどこから食べる?/佐倉島こみかん

作者:佐倉島こみかん
性癖:強面でガタイのいい成人男性が可愛いスイーツを食べる様子
性癖:動物の形のスイーツを可哀想と思わずに容赦なく食べる女性
講評:タイトルとキャッチコピーからちょっとホラー展開もあるのかと構えてしまいましたが(深読みのし過ぎ)、そうではなくちょっとした失敗を重く捉えた男性と、それを許す為にケーキを買ってきて貰うという話。
 提示された性癖の部分はケーキを食べる後半になってから出て来るのですが、その間にも作者のいくつかの性癖が見え隠れしていますね。ガタイの良い男性が家族の影響で女性に対して下手に出ている部分や、大人なのにアニメのフィギュアを飾っている部分や、日曜朝の女児向けだろう作品の変身後のキャラがハーフパンツという部分から、『性別や外見を含む立場のイメージに囚われない自由さ』の様な物を感じました。
 少し前だと『ギャップ萌え』や『意外性萌え』と言われていたかもしれませんが、最近だと多様性の面からこういうのも一般的になってきていてギャップさを感じなくなってきました。そのうち『ギャップ萌え』という言葉は無くなり、佐倉島こみかんさんが提示した様な『〇〇が◆◆する様子』という細かい名称が付くのが当たり前になるのかもしれませんね。
 内容も含めて時代の移り変わりを感じる良い作品でした。
 ところで、自分は結構スイーツブッフェに行ったりしていて、スイパラとかだとまだまだ若い女性が多いんですが、国際ホテルとかがやっているのだとスーツを着たサラリーマン(姓ねんから中年も)とか老夫婦も居たりします。男性も甘い物が好きってのが世間的に許されてきてますね。自分もこの甘酸っぱいクランベリーソースの詰まったコクのあるレアチーズケーキ食べたいです。どこに売ってます?


14:世話焼き少年と科学者♀のおねショタ日記~~人食い怪獣を添えて~~/武州人也

作者:武州人也
性癖:中性的美少年ショタの性の目覚め
性癖:精通前のショタの夢精報告
性癖:お姉さんに弄ばれ気味のショタ
性癖:父親になるショタ
性癖:淫夢
性癖:人食い怪生物
講評:性癖紹介に書かれている性癖が全部不足なく突っ込まれている上に、『世話焼きショタ』『水槽に囲まれた薄暗い部屋』『ダウナー系破滅的お姉さん』『高身長細身女性』『教わった事を土壇場で発揮できる少年』『サメ映画好き』『おねショタの国』という書かれていない性癖も詰め込まれている武州人也さん本気の性癖てんこもり小説。流石です。強い。
 普段の武州人也さんの作風からすると『巨大生物』と『ショタホモ』が出てこなかったのが意外に感じましたが、なかなかどうして良質なおねショタを書かれますね。十二歳と二十五歳という犯罪の臭いしかしない年齢差もショタ側がずっと好きでいたって事なのでセーフです。ただ、ちょっとばかしお姉さんの喋り方や白衣や研究者という属性や虹色に光る薬が某アプリの某光速の粒子を思い起こさせましたけど多分気のせいですよね?あっちはそんなに身長高く無いですし?
 淡い恋心もあり、お姉さんの絶望と復讐もあり、おねショタ精通セックスもあり、改生物とのバトルもあり、そして性癖が沢山あるという本当に面白い作品で百点満点で言う事無しです。
 エロ部分がアルファポリスにあるとの事なので、是非皆さんそちらも読みに行きましょう。おねショタはいいぞ!そのうち万病に効くようになる!!


15:朝に道を聞かば/杜松の実

作者:杜松の実
性癖:美しく陰のある女性
性癖:悲恋
性癖:明治大正昭和の日本文学
性癖:音楽
講評:性癖小説選手権というぶっちゃけおふざけの場である会場に、かなりガチな文学作品が来てしまいました。芸術ですよこれ。
 内容は今まで誘う事を躊躇っていた女性を誘った男性が、その女性から『どうして今日は誘ってくれたのです?』とジャズ酒場で聞かれる話。
 たったそれだけの話なんですが、ジャズ酒場の音楽や雰囲気、女性の美しさと捉えどころの無いミステリアスさ、そして男性の苦悩と後悔。これらの要素が文章から嫋やかに伝わってきます。それもそのはずで、最後に分かるのですがこれは男性が見ている夢であり、既に既婚者である男性が十年前に死んだはずの女性に対する想いを夢で見ていたという物なんです。だから真っ直ぐに見れずに誤魔化してばかりだったんですね。
 そしてタイトルである『朝に道を聞かば』という言葉ですが、これはどうも『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(朝、己が進むべき道を聞くことができれば、夕方に死んでも悔いはない)』という言葉の前半部分を使われている様で、過去の女性に対する苦悩と後悔の夢を見てしまったという内容に正にぴったりです。最後に寝ている妻の額に手を乗せる描写を書いておいて『朝に道を聞かば(朝、己が進むべき道を聞くことができれば)』というタイトルを付けるのはめちゃくちゃ高いセンスですよ。本当に芸術作品です。出す企画間違ってません?
 文章を読んでいる筈なのにジャズ酒場の音楽が聞こえてきますし、捉えどころの無い女性の行動にドキリとしてしまいますし、性癖小説以前に小説としての力が強くて圧倒されました。
 提示されている性癖の他にもこの作品には『過去に囚われながらも今を見て生きる人』という杜松の実さんが考える人生の目標というか目指す姿の具現化みたいな性癖が込められている気がします。人は弱い。弱くて過去を引きずってしまう。しかし、それでも今を生きなくてはならない。そういう思いが、タイトルに付けられなかった『夕べに死すとも可なり(夕方に死んでも悔いはない)』に繋がるのではないでしょうか。
 自分は全く全然道が分かっていませんが、性癖には正直に生きようと思います。本当に素晴らしい作品をありがとうございました。


16:メリーバッドエンド・エピローグ/ポストマン

作者:ポストマン
性癖:同じタイプの能力だけど使用方法が違う奴ら
性癖:強大な権力を持った一族
性癖:瀕死の人間が最後にタバコ吸う展開
性癖:同じものを表す複数の用語
性癖:妙に血の気の多いバトルヒロイン
講評:初っ端から萌える礼拝堂で返り血に染まった花嫁と結婚式と言う性癖ロケットスタートをする超能力バトル恋愛物。敵の規模が大きい分主人公の強さも強大になっていていいですねこれ。こういう設定だけで『最強主人公(でも敵の策略によっては苦戦する)』という性癖が好きな人にはたまりません。
 というか、敵の規模が本当に大きすぎるんですよね。これ下手したら全世界を相手に活動している組織から狙われているわけで、そんな状況なのにお仕事で殺し屋もしている主人公。めちゃくちゃ強いじゃないですか。タグと内容からするに斬崎一族は魔力の扱いに長けている様ですが、主人公や叔父の様に同じ様な力を使える人も居るという事は世界中でそういう人が斬崎と戦っている可能性があるんですよね。これだけでシリーズ化出来そうな感じがしてとてもいいです。性癖選手権だけで終わらすには勿体ないんじゃないでしょうか。
 そして途中に出てきた久屋大通で『栄―!錦ー!大丈夫かー!?』となりました。さりげなく名古屋が首都になっていましたし、出ていないだけで世界観の設定がしっかりしていそうです。斬崎を倒す事を帝に命じられた征夷大将軍とか居そう。
 『自分はこういう主人公とこういう能力バトル、そして的組織の関係性が好きだ!』というのがとてもよく伝わってくる性癖小説でワクワクしながら読めました。ラノベにするには主人公とヒロインの年齢が若干高い(27~28歳)ので、斬崎を倒した直後ぐらい(19歳?)辺りをメインにした話も読みたいですね。こういうの好きなんですよ。みんなも好きでしょ?


17:頻繁に来る黒髪長髪ストーカーを痛め付ける話/草くん or 草食った

作者:草くん or 草食った
性癖:二次創作
性癖:BL
性癖:捕食系セックス
性癖:暴力表現
性癖:ボコボコになる黒髪長髪の男(体格は普通~良い・顔がいい・被虐気質・出来るだけ可哀想な過去持ち・長髪は肩より長めでひとつにまとめられる程度でウェーブ可むしろOK)
性癖:暴力に躊躇いのない攻め
講評:題名からして凄く性癖力に溢れている作品で、内容もスタートダッシュで始まって最後まで加速し続けるとても良い性癖小説でした。
 攻め側が受け側にとにかく乱暴に喰らい付いて痛めつけてやろうとしているのがとても伝わって来て、草さんが受け側の黒髪長髪の男にとても深い愛情を向けているのが分かります。性器が無い所や長髪という部分や乱暴にされて泣いている所から、受け側の男の『男』という尊厳を破壊させてやろうという強い意志を感じましたね。そういう愛。好きです。
 特に尻穴を強引に犯しているのに受けが感じ始めているという部分で『萎えかける』とさらっと書かれているのが個人的に一番の性癖ポイントだと思いました。強引に犯しているのだから泣けばいいし助けを求めればいいし死んだ妻の名前を叫べばいいんですよね、それなのに感じ始めるからダメ。しかもストーカーだから向こうから来ているという関係性。なんなの? 受け側は誘い受けになりたいの? そういう所が相手をいら立たせてるんですよ。最高。もっと苦痛に歪むがよい。
 攻め側も攻め側で受け側をサンドバッグとして物みたいなつもりで暴力を振るってますけど、サンドバッグは嫌そうな顔をしないし自分から家に来たりしないので物じゃないんですよね。大動脈を気にしたりちんこが無い事を見慣れているから気にするなと言ったりもしてますし、お前実は優しいだろ?と心の中でツッコミを入れてしまいました。
 最後にお互いに嫌い合っていて両想いだったのでハッピーエンドなので良かったと思います。性癖に溢れている作品をありがとうございました。


18:男二人が雪原を歩いているだけ/草くん or 草食った 

作者:草くん or 草食った
性癖:情景・風景描写
性癖:冬
性癖:特に何も起こらない話
講評:草さん連投で二作目ありがとうございます。一作目がとてもとても暴力的だったからか、こちらは逆にシンとした落ち着きのある作品ですね。
 題名と降りに雪の中をただ歩いているだけの作品なんですが、景色の描写がとても丁寧かつカクヨムのデフォルトの白背景にマッチしていて、読んでいるこちらもまるで雪原に居て横殴りの雪を受けているかのような錯覚に陥らせてくれます。今は梅雨のはずなのに白い景色が見えるんです。読者を性癖に引きずり込むとは中々の性癖力の使い手ですね。流石草さん。
 本当に最初から最後まで『情景・風景描写』『冬』『特に何も起こらない話』の性癖の通りなので性癖小説として完璧な作品です。ただ、性癖には書かれていませんが、最後に書かれている通りに赤いマフラーがモノクロの世界の中で唯一の色が付いている箇所であり、それが血痕の様でもあり、風になびく姿が火の様でもあります。自分にはこのマフラーが『過酷な状況でも強く生きる』という生命の象徴のような存在の性癖と読めました。
 出来れば過酷な道は歩みたくないけれど、それでも絶望的な状況というのは突然やってきます。そんな時、さっと諦めてしまうのではなくて僅かな可能性と希望を持って足掻いてみせる。そんな姿を愛おしいと思いつつも鬱陶しいとも思っている。そういう複雑な感情を一作目と二作目から感じました。
 これからもその高い性癖力を元に様々な性癖小説を書いて頂きたいです。コメディ作品がお得意かと思いきやシリアスでシックなのもいけるんですね。流石草さん(二回目)


19:いちゃらぶしたいわたしたちのはなし/ちくわ

作者:ちくわ
性癖:いちゃらぶ
性癖:理解のある配偶ぴ
性癖:けもみみ
性癖:身体加工
講評:とても可愛くて甘々でえっちな作品が来ました。いいですね、こういうのの為に今回から18禁もOKにしたんです。ありがとうございます。
 一話は家で夕飯を作って待ってくれているルームメイトの所に帰ってきてけもみみに身体加工されて夕飯を食べるシーンで、二話がその後にケモノプレイに入る話。
 一話の時点で気にはなっていたんですが両方とも肉体的には男性なんですね。それが身体加工して男とも女とも付かない所か人間なのか獣なのか分からない姿になって交尾をする。性別や肉体に囚われずに心でお互いを求めているのが分かってとてもいいです。一話で尻尾を絡ませておいてからの二話で「交尾したいのだろう」というのも個人的に好きなポイント。こういう言葉遊び好きなんですよ。
 えっちのシーンでも「耳の穴近くは逆立てるように撫でる」「ケモノに変化した時の産毛」「途中で肉体の性別変化」「謝りながらの射精と、それを許して褒める母性」と、とても性癖ポイントに溢れています。大まかなテーマとして『性自認の自由』みたいな物が含まれている様に感じれて、それにより性自認どころか人である必要も無いんじゃないのかみたいなのを感じる作品でした。
 自分は無機物に性的魅力を感じる性癖なんですが、無機物には元々性別が無いので本人(?)が自分をどう思っているかが性自認のポイントになるのだと勝手に思っています。本人が女性扱いされたかったら女性と扱えばいいみたいな(そうじゃなくてもえっちな外見していたら性的な対象になっちゃいますけど)。そういう点でちくわさんのこの作品から自分の性癖の根源にも繋がる物を勝手に見出してます。一言で言うと好きって事です。いちゃらぶ最高!!五億点!!!
 後、亀頭を生のライチに例えるのってどっかでBL系のえろめの漫画で読んだ覚えがあるんですが、もしかして一般的な比喩なんでしょうか? 色は全然違いますけど触り心地結構似てますよね。
 と、ここでこの講評を読んだ人にライチを食べる度に思い出してしまう呪いをかけました。解呪は不可能です。一生ライチを食べるたびに思い出すがいい。


20:世話焼き少年と科学者♀のおねショタ日記 ~~魚住結菜は如何にして神宮司忍の子を身籠ったか~~

作者:武州人也
性癖:おねショタ性行為とその結果の妊娠
講評:武州人也さん、二作目ありがとうございます。でもこれ正確には二作目というよりかは一作目の性行為のシーンの補完の作品ですね。申し訳ないですがこの方法でも二作品としてカウントしてしまうのと、個別の作品としての評価をさせて頂きます。
 さて、『おねショタ性行為とその結果の妊娠』という事ですが、ショタの精通報告から未亡人お姉さんによる壁ドン大人のキスという流れがスムーズでいいですね。初っ端が乱暴なディープキスなのに「怖がらなくていいよ」と優しさを出してブリーフの上からショタの股間を撫でるのはどう見ても捕食寸前で全然優しく無いです。だがそれがいい。一応大人のお姉さんなのでリードしてあげているのですが、ショタに服を脱がさせるのはいくらなんでも刺激が強すぎるでしょう。暴走して襲わないだけの理性がショタ側にあって良かったですよ、本当。そして直ぐに次弾が装填されるように薬を盛っているという科学者らしい一面からの終わってから生中だししてしまったという後悔。薬の用意はしてあってもゴムの用意はしていないところがチャームポイント。何気にポンコツ。
 後編ではちゃんとゴムを用意しているんですが、ショタとプレイする事をもう当然の様にやってしまっているのが大丈夫かよこの人と思いながらも性欲に正直で好感が持てますね。そうです、自分の性欲に正直に生きていいんですよ。特に子無し未亡人だし自分の自由に出来るショタが居るんだからやっちゃうでしょそりゃ。寧ろやらない方が不自然です。
 最終話は大本の作品の本筋に戻る為の説明になっていて尻切れトンボになっているのが少し残念です。元々この作品が大本の作品の18禁部分の補完作品なので仕方ないのですが、この作品単独で読んでしまうと物足りなさを感じてしまうでしょう。
 二つで一つの作品として見るとアクションもエロも性癖もあってとても素晴らしい作品でした。出来れば一つの作品として評価したいところですがルール的には別に評価をする事になるので、その点だけご了承ください。


21:ジムノペディ/灰崎千尋

作者:灰崎千尋
性癖:眼鏡男子
性癖:無防備な瞬間
性癖:なにかが芽生えるとき
性癖:ピアノを弾く男、およびその手
性癖:好きな音楽の共有
性癖:やまなし おちなし いみなし
講評:はぁー、エッロ。エアピアノを弾く指がエッロ。こんなんドキドキしてしまうやん。罪な男だな崎本。
 という事で放課後の教室で本を読んでいる少年が眼鏡を外してかけ直すのを目撃してしまった少年の物語でして、性癖紹介にも書かれている通りヤマもオチも意味も無いです。本当の意味でのやおい話であり、俗説的な意味のやおいもかけてますよね? 何気に高度なテクニックを披露して頂きました。流石生粋のメガネストの灰崎さんです。性癖の扱いが上手い。
 放課後の教室で二人きり(もう過ぎ部活動の帰りの誰かが来る)という時間制限されたシチュエーションが何かやましい事をしている気分にさせてくれますし、小難しい音楽(学生視点)を二人きりで聞くという秘密の共有が距離感を一気に縮めてくれます。肉体的距離は離れていても精神的距離は耳に息がかかるぐらい近いでしょこれ。
 最後は相手が薦めてきたきたCDを借りる約束をするという『今日の続きの約束』をして閉めているので、この話としての落ちは無くともこの二人の物語は続いていくんだなというのが読者に提示されていて続きはまだですか?という気分にさせてくれます。
 性癖の使い方と魅せ方が上手く、BL趣味が無くともドキドキさせられる作品でした。いやほんと性癖の扱いが上手いですね。特に言う事無しで完璧な作品です。お手本にしたいぐらい。


22:男の娘と男装の麗人が出会うだけの話/赤城其

作者:赤城其
性癖:女装
性癖:テンプレ展開
性癖:歪な異性交流
性癖:鬱要素のないやさしいせかい
講評:背が低い事がコンプレックスだった少年が同人イベントで完璧な女装コスプレイヤーに出会い、そこから女装の世界に目覚めるという前編と、女装して街に出かけたら不良に絡まれ、男装の麗人に助けて貰って後日再開するという後編という、正に女装物の王道の作品。
 同人イベントやコスプレイベント行くと本当に見た目が女性に見える女装コスプレイヤーの方いらっしゃるんですよね。一応よく見ると鼻、喉、肩、腰、お尻なんかが女性と男性で違うんですが、化粧と衣装でその辺りを上手く誤魔化している人は本当に分かりません。最近は人工の胸や尻も手に入りやすいですしね。
 この作品の主人公の犬飼くんも『化粧の必要が無い』という外見と『スカーフで首元を隠す』『フリルのついたワンピースで体形も隠す』という女装の仕方で上手く男性であることを隠しています。女性らしさの演技はおいおいという感じですが、この辺りの描写から赤城其さんの女装についての知識が深い物だというのが伝わってきました。
 そして出会ってしまう不良達。犬飼くんは中々妄想豊かな子で、女装がバレてしまったらどうなるのかとか、逆に自分から男とバラしたらどうなるのだろうとか考えていて、これはもう期待しているのでは? という感じがします。いけないですねぇ。そんなんじゃ悪い大人に掴まっちゃいますよ? と内心わくわくしていたのですが、そこに現れたのが犬飼くんとは逆で男装した麗人。カッコよく助けてくれる。いいですね、王道です。
 最後は再開と正体バレで女装男装デートをする約束を取り付けた所で終わってしまっているので続きはまだですか? という気分にさせられましたが、赤城其さんの性癖である『テンプレ展開』という性癖を考えるとここで終わりが正解でしょう。ここから先は作者によって展開が異なる物ですので、導入部のテンプレであるここまでしか書かれていないからこその性癖小説です。
 女装少年と男装の麗人が好きだというのがとても伝わってくるよい作品でした。個人的には犬飼くんが出会った女装コスプレイヤーの方の話も見てみたいですね。女装にはドラマがあるんですよ。常人では体験できないような素晴らしいドラマがね。


23:衝動/稲荷 古丹

作者:稲荷 古丹
性癖:生贄願望
講評:惨劇後の学校から始まる異種純愛物。いいですねぇ、こういう人間側に寄り添おうとして物事を考えてくれる化け物好きです。
 物語としては色々あった最後の日の放課後という感じで、惨劇その物の描写はありませんが、至る所にある死体の描写がもうこれは手遅れな状態になっているというのを思い知らせてくれます。先生はどうしたんだろうとかグラウンドはどうなっているんだろうというのも読者が気になる前に説明が出て来るのでとても親切かつ丁寧ですね。
 内容は冒頭にも書きましたが純愛物です。主人公が思っている事を言い出せないでいる様子とか、化け物が人間の感情の機微に疎くて主人公の思っている事を分かってあげれていなかったりする様子とかが、まるで恋愛関係のすれ違いの様で読んでいてなんだか初々しさを感じるんですよ。でも、人間に寄り添おうと努力はしてくれているけれど化け物は化け物なので絶対的に違う存在なんです。だから最終的にはお別れするしかない。悲しいですよね。そういう愛。なんて美しい。
 最後は夕暮れの屋上で主人公が化け物に抵抗せずに食べられてしまって終わるんですが、その食べられてしまう描写も最後まで丁寧に書かれています。
 倒れた主人公を抱きしめて、お腹から入って、喉をせり上がって頭まで食べつくす。この食べる順番なんですが、これは恐らく化け物が最後まで主人公と会話をしたかったからこそこの順番になったのではないでしょうか。食べやすさなら衣服に包まれていない口から入る方が楽な筈ですよね? それなのにわざわざお腹から入っているんです。途中で「上手く食べてあげられなくてごめんね?」と悲しそうに言っていますし、化け物から主人公への愛を感じます。とても両想いなんですよこの二人。これを純愛物と言わずしてなんと言うのでしょうか。
 最後のセリフも意味深で、わざわざこんな事を言うという事は過去に死のうとした事があったんだなというのも予想できます。このセリフを読んだ瞬間に今までの化け物との関係がぶわっと見えてくるのが本当に丁寧でした。
 最後まで読んでから『生贄願望』という性癖を見ることで作品の深みが増してきます。作品と性癖のリンクのさせ方も上手すぎるんですよ。良い物を読まさせて頂きました、ありがとうございます。


24:サマータイムトリミング/姫路 りしゅう

作者:姫路 りしゅう
性癖:気が合い、話も合うけれど、一番大切な価値観だけが相容れない男女の恋愛
講評:いいなぁ、この二人。絶対に仲良いじゃん。と思わせてからの最後の現実。現実というか、なんだろう。お互いにお互いの事を仲良しで話が合うし体を預けてもいいと思ってはいるんですけど、ハルシくんが夏綺さんの腹の内を探りすぎなんですよね。で、その探る行為まではまだセーフなんだけど、探った結果として『夏綺さんはこうなのか』と決めて腑に落とそうとするのがダメなんですよ。いや、分かるよ。分かる。好きな相手が自分をどう思っているのかとか今後一緒に居る上で相手の事を分かっておきたいとかそういうのがあるのは分かるんですよ。でも、それが嫌だって人も居るんですよ。そこが性癖紹介にも書かれている『気が合い、話も合うけれど、一番大切な価値観だけが相容れない男女の恋愛』という部分。
 普通の人は結婚した相手と一緒に暮らすとしたら毎日顔を合わせて食事したり会話したりするんでしょうけど、一緒に暮らしていても顔を合わせない日があってもいいし食事を一緒に取る必要は無くない? みたいな感じ。嫌いじゃないし寧ろ好きな相手だけど、それはそれこれはこれで私は私だからあなたもあなたよねって感じ。言葉とか文字にしようとするとめちゃくちゃ伝えにくいんですけど、『価値観が違う』の一言に尽きるんですよね。
 最後はOKして付き合い始めちゃいましたけど、多分どっかで破綻するというか夏綺さんが『別れよっか』と言って元の関係に戻ろうとしちゃうんじゃないですかね。ハルシ君としてはなんでそうなるのかが分からないから元の関係には戻れなくて関係が消滅しちゃうってので。
 この『価値観が相容れない』というのは誰しもが持っている物なんですが、それを性癖小説にして『こういう事です』と提示出来るのはかなり難しい事だと思います。とても見事な作品でした。オチでズドーンと来るところが凄く好きです。


25:冷えた朝に、ドライブ/辰井圭斗

作者:辰井圭斗
性癖:状況とは無関係に美しい世界
講評:愛し合ってはいるし互いに必要としているけれど、その愛がズレているから苦しんで暮らしている二人の日常の作品。
 全体的に退廃的な空気に満ちているんですが風景の描写が丁寧で美しく、草花の様子や朝の空気感を感じられる詩的な作品でもあります。きっと交互に首を絞めたシーンでさえカメラの映し方によっては美しく見えるのでしょう。
 しかし、そうじゃないんですよ。
 性癖紹介に『状況とは無関係に美しい世界』と書かれていて本文もその通りに登場人物二人の状況とは無関係に美しい世界を描写していますが、これを『美しい』と思っているのは読者だけなんです。だってこれ、本文は主人公のモノローグなんですが、一言も『美しい』とか『綺麗』とかは書かれてないんです。
 主人公はこの世界の情景について『もっと汚くあってくれ』と逆説的に世界が美しい事を認めてはいますが、決して美しい事は口に出しません。寧ろこんな美しい世界を呪ってすらいます。呪ってはいますがそれをどうにかするつもりは無く、他者を自分と同じ呪われた景色を見る者へといざなうだけです。これはもう、この主人公自体が呪いみたいな物ですね。
 でも、世界はその呪いですら拒否せずに受け入れてしまうんですよ。攻撃してこないし保護もしてこない生殺しの状態ですけれど。
 自分は作中に主人公の性別が書かれていない事がこの世界への呪詛へ繋がっているのではないかと読み取れました。それぞれに何かあっただろう二人。これからも何かがあるだろう二人。トドメを刺してくれない残酷でも美しい世界でこれからどうしていくのか。その後が気になりますがここで終わるのが正しいのでしょう。
 こんな読み返すたびに新しい発見があるスルメの様な作品なのに、性癖が『状況とは無関係に美しい世界』というのは凄く豪胆ですね。『だから世界は美しい』とか『それでも世界は美しい』の様に状況と繋げる訳ではなく、『状況とは無関係に美しい世界』とバッサリと登場人物の悩みや苦しみを切り捨てています。
 この無残でもあり許容でもある考え方が辰井圭斗さんの性癖なんだなと感じさせられました。短いながらも色々と含まれていて、それでいてスパっと切り捨てもするというお手本の様な短編です。何回も読み返したくなりますね。


26:アカシックチャイルド/宮塚恵一

作者:宮塚恵一
性癖:人格の複写(他者の意識や記憶を複写して移植されたキャラクター)
性癖:異形の赤子(既存の人間の埒外である赤子)
性癖:難解なことを口にする女(not 意味不明)
性癖:人類を支配する存在(場合によっては神や悪魔と呼ばれる者)
講評:SFだ! 人体の再利用だ! 専門用語ルビだ! そして始まるオカルトでミステリーな展開! 終わったはずの大戦がまだ続いていた! 高次元の存在に手を出した人類への代償だ! 好きです。5億点。
 半分以上オカルトに足を突っ込んだ科学の発達で起きた大戦と、それに係わった人達のアフターストーリー的物語。こういうのめちゃくちゃ好きなんですよ。凄くSFな世界の話なのに文明がまだ未発達な地域が出て来る所とか、既存の科学技術や知識を踏まえた上で『その先にこれがあるだろう』という未来技術を持ってくる所なんかが古典SFを想起させますね。ビキニに槍の女性もSF的に正解です。しかも槍はレールガン。やったぜ!
 全編通して濃厚な性癖の洪水で、性癖紹介に書かれた通りの物がこれでもかと出てきます。特に『人格の複写(他者の意識や記憶を複写して移植されたキャラクター)』これがこの話の一番のテーマであり、そこから発生する『自己の定義』がこの物語の軸なのでしょう。赤子の今後もそうですし、そういった人類全体への命題って好きなんですよね。SFは宗教なんです。神が死んだのなら神に代わる物を定義して作り出せばいいんですよ。
 端末が女性しか出てこないっていうのも好きでした。『新しい物を産み出す』というのは基本的に女性が行う事で、男性はそれを『使う』事しか出来ないってのが自分の中の創作のルールです(通称:俺ルール)。それもピタリと当て嵌まっているから本当にこの作品大好き。合間合間に過去の大戦の内容を入れて無理やり10万字にしたらSFのコンテストでいい所までいけるんじゃないでしょうかこれ。SF好きには刺さりますってこれ。
 宮塚恵一さんとはいい酒が飲めそうですね。お互いの俺ルールについて語り明かしたいです。
 ところで、パラサイト・イヴ3という作品をご存知ですか? PSPのゲームなんですが宮塚恵一さんにはとてもオススメな作品だと思います。機会があったらプレイしてみて下さい。お願いします。


27:碧山相伴/小辰

作者:小辰
性癖:双方向の「お前がいないと生きていけない」
性癖:後追い心中
性癖:大局の中で揉まれながらも最後には結ばれる
性癖:真面目攻め×甘えた受け
講評:中華剣客ファンタジー ~衆道を沿えて~ 。という感じでバトル物でBLで共依存です。いや~、重くていいですね~。受けが甘えな部分が本当にいい。笑顔が似合う美少年なんだろうなってのが文章から伝わって来てとてもいいです。物語の流れとしてはあるあるな展開を要所要所に入れたらこうなるよねって感じなんですが、洞窟で致すとか宗主の前で致そうとするとか精神の修行はちゃんとしているのか? それともこれが修行か??? となりました。今まで抑圧されてきた物があったのかもしれませんが、現宗主の近くでいちゃつくのはダメでしょう。現宗主も苦笑しちゃってんじゃん。だがその正直さが良い。もっとやれ(手の平返し)
 二人の関係は隠れてこっそりとやっている物なのかと思ったんですが、偉い人達にはバレている(バラしている?)というのが受け側が徐々に外堀を埋めて行っている感じがするのもとてもいいです。天然に見えて絶対計算してやってますよね? この人なら後で計画がバレても許してくれるだろうってのを見越してやってますよね? いやほんと、そういうの好きなんですよ。もっとやれ(二回目)
 そして、因縁の敵である淵神無道が半身が焼かれた状態でも物凄く強いというのにもなんだか性癖を感じました。天下の支配をもくろむのも彼なりに理由があるんでしょうし、なんか主人公の燕山に対する言い方が優しいんですよね。この話は燕山と楚碧の話だったんですが、林淵凝と淵神無道の話も読んでみたいです。
 性癖小説としてはとても良かったのですが、普通に講評をすると『一つ一つの段落が長くて読みにくい』というのがあると思います。自分みたいなぎっしり詰まった文章をお得だと思う人ならいいのですが、そうじゃない人向けにするにはもう少し段落を分けてみたほうがいいんじゃないかと思いました。
 これはこれで文章にあっているぎっしり具合なので嫌いじゃないんですけれど、もっと大勢の人に読んで欲しいので敢えて書きました。


28:わたしは百合だが受けじゃない!/藤原埼玉

作者:藤原埼玉
性癖:生モノ創作
性癖:自分のことを攻めだと思ってる人同士の百合カプ
性癖:VTUBER(箱推し)
講評:出たな藤原埼玉(敬称略)!!(これは挨拶です)
 一応説明をしておきますと、この一番目の性癖の『生モノ創作』というのは『実在する人物をモデルにした創作』という物で、この作品の固有名詞が付いた登場人物は全て藤原埼玉さんのフォロワーです。デ・カイリー・ヴィクトリアは自分の事ですね。きっと巨乳なんだろうな。
 なので、この『生モノ創作』という部分の性癖は藤原埼玉さんのフォロワー達の関係性や性格を知っていないと理解が出来ない性癖と内容という事で、これを性癖小説選手権に提出する藤原埼玉さんの胆力が凄いんです。主催的には全然オッケーですし、その関係性が分からなくても作品として凄く面白かったですしね。
 で、最初の性癖が『生モノ創作』という事で、二つ目の性癖が『自分のことを攻めだと思ってる人同士の百合カプ』という事は、自分のフォロワーを美少女化させてカップリングしているという事なんですね。いやこれ業が深い。深すぎてこの部分だけで性癖小説選手権触れてはいけない闇性癖の称号を授与したい勢いです。でも自分は性癖小説選手権の主催なので全ての性癖を許します。汝、性癖に正直である者。祝福あれ。
 『VTUBER(箱推し)』も現代の性癖という感じがしていいですね。単に同じ事務所のアイドルというわけでなく、画面の向こうで違う姿で配信をしているVだからこその関係性という者があります。誰もがビショウジョなら後はキャラや関連性で勝負するしか無くて、それが二つ目の性癖にも繋がっていてテクニカルな性癖のコンボに繋がっています。
 一つ目の性癖の内容が分かる人には背筋が冷たくなる様な内容でありつつも、しっかりとコメディ百合作品として完成していてとても面白かったです。そして和田島イサキさんだけ名前が何ももじって無くてそのまんまなの本当に笑うんですけれど、この関係者にだけ分かるギャグ卑怯すぎません?


29:腹八分目/292ki 

作者:292ki
性癖:男らしい女顔の美形
性癖:いっぱい食べる男の子
性癖:カッコよく煙草を吸う人
性癖:男のクソデカ感情
講評:あ~、いいですね~。歌姫のアリスが美形の男というのがとてもいいですね~。292kiさんならご存知なんでしょうが、『アリス』ってのは『理想の少女像の象徴』である物で、この作品のアリスが美形の男でご飯をいっぱい食べるし煙草も吸うというのがとてもとても性癖です。
 そのアリスがうっかりミスでリボンをしたまま外に出てしまうというのがかなりの萌えポイントなのですが、本人的にあんまり失敗と思っていなくて「やっちまったもんは仕方ないか」とさらっと流しているのも好きです。こういう普通の人間には無い感性が主人公の様なヘタレな人間を惹きつけるんでしょうね。女装も受けがいいからやっているだけでそれ以外の理由は無さそうですし、牛丼で腹を満たしているのも手軽にコスパ良く早く食べれてそこそこの味だからなんじゃないでしょうか。ほんといい性格してますねアリスさん。自分も歌を聞きに行きたいです。
 で、そんなアリスさんを魅入ってしまって居た主人公のハシキタさん。この人もヘタレながらズレている部類の人で、自分でそれを自覚していないのがとても主人公気質でいいです。もしかしてですが、292kiさんの性癖に『無自覚狂人』という物があったりしないでしょうか。アリスさんは自身をろくでなしと自覚していますが、ハシキタさんはその仕事を続けられているし続けたいと思ってしまっている時点でまともじゃないし、そもそも普通の人は憧れの女性と思っていた人が男だったのとか沢山食べるのとかの意外な姿を見て喜んだりしないんですよ。そんな勘違いをしているんだからそりゃあアリスさんも笑いますね。自信をまともだと思っているピエロが自分のファンなんですから。
 沢山食べる女装アリスという設定だけで個人的に大満足な作品でした。292kiさんは他にもカッコイイ女顔美少年を増やし続けると書かれていますので、今後とも性癖に素直にばんばん作品を書いてどんどんカッコイイ女顔美少年を増やして頂きたいです。性癖に素直な事はとてもいい事なんです。


30:この世界がNTRゲーだと知った俺は過去に飛んだが、何故が女にTSした/首領首領橋(どんどんばし)

作者:首領首領橋(どんどんばし)
性癖:TSドッペルゲンガー姦(TSした自分とセックスする)
性癖:特殊なシチエーションのNTR
性癖:ぐちゃぐちゃな倫理
講評:読み終えた直後の感想として、(こんな場末のイベントに凄い作品が来てしまった…)となりました。時間移動物で並行世界物で肉体変化物でNTR物で入れ替わり物でSFという、凄く欲張りながらもちゃんとエロいしシリアスもあればコメディな部分もあるハイレベルの性癖小説です。
 始まりはとてもいい感じで爽やかな話なのかなって思うのですが、そっからNTR物としてレベルが高いシーンに繋がったのでびっくりしました。並行世界の知識が流れてきてのNTRって発想が凄いですよ。これなら正ヒロインでもNTRに出来ますし、NTRなのに竿役も被害者だから悪感情を抱かないです。目から鱗でした。これだけで読む価値があります。
 そこからはこの世界がゲームという事と過去に行って変えてこいって話になるんですが、そこで記憶喪失TS。TSだから自分とやっちゃうんだろうなとは予想していたのですが、そこで入れ替わりが起きて交互に犯すというのは予想外です。予想外かつ素晴らしい発想で本当に感服しました。一見めちゃくちゃな性癖ですがこうして工夫する事で実用性を出しつつ破綻しない話が作れるんですね。
 最後の催眠おじさんも一見突拍子が無いですが並行世界の自分という存在があるのですんなり入ってきました。お姉さんと父親の関係だけがちょっと問題ですが、その他は全編に渡ってNTR物でありながら被害者も加害者も悪い訳でなく自分なので仕方ないみたいな部分があって嫌な気分になりませんでした。確かに論理ぐちゃぐちゃになりますが、そのぐちゃぐちゃ感が正しいみたいな謎の感情。上手く言葉に表わせれませんがとにかく凄いです。
 若干強引に放しを畳んだ部分と山崎達の事がきちんと解決していないのでは?という感じもしますが、これは性癖小説選手権なので性癖小説としては問題ありません。山小屋のシーン辺りが本当に性癖に溢れていてとても良かったです。ありがとうございました。


31:楽園の犬/尾八原ジュージ

作者:尾八原ジュージ
性癖:与えられたお題を消化しながら小説を書く
講評:この作品、性癖紹介の部分がちょっと変わった書き方をしてあるのですが、読み終わった直後にその意味が分かって(なるほど、こうきたか…)となりました。
 というのも、小説の概要に書かれている通り、この作品の性癖は『与えられたお題を消化しながら小説を書く』という物でしかなく、作品に込められた性癖ポイントである「見ようによっては残酷だが一見優しい飼い主」「清楚だが暴れるときは最高にハイになるシスター(眼鏡)」「めちゃくちゃ賢い犬」「狂ってしまった女の子(倫理観0)」というのは『与えられたお題』であって尾八原ジュージさんの性癖では無いのだと言い張っているんですね。
 『「これがお前の性癖だろ?」というものを募集した』と書かれてはいますが『これが自分の性癖』とは書いておらず、飽くまでも『この性癖はお題として与えられただけです』というスタンス。凄い詭弁ですね。女の子の過去の扱いだとか、賢い犬の犬の部分だとか、飼い主に対する買われている対象の部分とか、シスターの本性とか、最後の展開とか、どう読み取っても尾八原ジュージさんの性癖でしか無いのですが本人はそれをしらばっくれるつもりでいます。認めてしまえばいいのに自分は『こんな性癖は持っていません』と清楚な自分を演じています。いっそすがすがしささえ感じますね。
 一応は『与えられたお題を消化しながら小説を書く』という性癖の通りの作品になっているのでレギュレーション違反でもなんでも無いです。全然オッケーです。やりやがったなこの人という感じでこの講評は笑いながら書いてます。
 ちなみに、「見ようによっては残酷だが一見優しい飼い主」というのを提供したのは自分でして、尾八原ジュージさんの性癖はこれに間違いないと思ってお出ししてます。作品を読んで頂ければ分かるのですがめちゃくちゃ正解でしたね。やっぱり全然性癖が隠れて無いですよジュージさん。素直になりましょう。


32:種付けおじさん召喚のスキルを手に入れました。/ちくわ

作者:ちくわ
性癖:種付けおじさんが幸せになる
性癖:人間卒業
講評:ちくわさん、二作目ありがとうございます。
 12歳になるとギフトと呼ばれるスキルを貰えるファンタジー世界で、種付けおじさんを召喚するスキルを手に入れたショタのお話し。
 この話、初見は主人公であるショタがスキルで成り上がる話かと思ったら種付けおじさん1号が幸せになる話だったんですね。というか性癖紹介にそう書いてある。意外な終わり方でしたけど性癖に溢れる描写だらけでとても面白かったです。
 特にですが、『人間卒業』という性癖の広がり方が見事です。
 『人間卒業』と書かれているだけでは(人外の存在になるのかな?)というイメージを持ちますし、実際最後にはショタが人外の存在になります。しかし、そこに辿り着く最中でショタが動物に犯されるんですね。
 最初は羊の精液を口に含むだけでしたがその影響で雌羊の臭いを出す様になってしまい羊に犯され、羊に犯された事でさらに雌羊の様になって羊を犯す人に狙われ(何も起こらず逃げ切ったのが少し残念)、スキルの成長と共に牛や羊のペニスも受け入れる様になるという。この辺りでさらっと『人間卒業』をしていて、肉体が淫魔化する事で『人間卒業』をしたのではなく、動物と平気でセックスするという事で『人間卒業』を果たしています。
 呼んでいる最中は性癖紹介に『獣姦』が無いなと思ったんですが、読み終わった時に(なるほど! 『獣姦』はメインではなくて『人間卒業』の過程だったのか!!)となりました。
 そして最後にさらっと種付けおじさん2~8号がふたなり美女にメス化しているのに笑いました。メインストーリーだけでなくて細部まで性癖に溢れています。
 その気になればこの人妻ショタと種付けおじさんで世界を牛耳れそうな終わり方をしているのも良かったです。種付けおじさんすごいな…なんて万能な人なんだ……


33:白々と明ける夜/不可逆性FIG

作者:不可逆性FIG
性癖:夜が明ける描写
性癖:歪んだ愛情で成り立つ百合
性癖:重い過去を背負っている
講評:早朝の街を歩く大人の百合カップルの話だなぁと思いながら読み始めたら、キスの後から流れががらりと変わりました。その変わる前のキスまでの部分が『夜が明ける描写』という性癖の通りで、二人で楽しい事をしてきたのかな? お、キスをするという事はそういう関係かな? からの落差。
 ただ、落差と言っても二人の間に愛情はあるし、昨晩楽しい事をしてきたのは変わりはないです。現に栞里ちゃんは当たり前の事だと認識していますし、咲希ちゃんもやらなくてはならない事と思ってます。
 というのも、一見は咲希ちゃんは栞里ちゃんが過去の出来事で変わってしまったと思っていますし、実際に栞里ちゃんはそれが元で精神に異常を致してしまった様に思えるのですが、過去の発言的には栞里ちゃんは栞里ちゃんで自分をギリギリで保っているんですね。
 咲希ちゃんは栞里ちゃんの「セックスは咲希もカレシとシてるんでしょ? 咲希はしても良くて、私はしちゃダメなの?」という発言を狂ってると感じましたが、これは栞里ちゃんが狂わない様に自分自身に言い聞かせている言葉であって、咲希ちゃんにも聞かせた事で自分を日常に繋ぎとめる楔としているんです。自分は男子に暴行をされたが、咲希ちゃんはカレシとセックスをしている。だったら自分がされた事を暴行と思わずにセックスだったと思えば咲希ちゃんが普段している事と同じだから、この出来事は『日常にある当たり前』の事になる。そう思って昨晩もセックスをした。で、そこで咲希ちゃんも自分に付き合ってくれてセックスをしているからこそ『自分はまともである』と認識出来ているんです。だから一緒の部屋でもいいって言ったという。いいですねぇ~、このギリギリで保たれている危うい人間性は見ている分には楽しいです。表面張力で溢れるのを維持しているコップみたいな感じ。
 きっと、咲希ちゃんが隣の部屋の栞里ちゃんの存在を感じていたように、栞里ちゃんも隣の部屋の咲希ちゃんを感じていたんでしょう。見事な『歪んだ愛情で成り立つ百合』ですね。性癖の出し方が上手い。
 咲希ちゃんは自分も壊れていると思っていますが、栞里ちゃんと同じく『日常』を過ごしている間はきっと大丈夫でしょう。その日常が崩れる前に、うまい事二人同時に幸せになれる道を見付けて欲しいです。個人的にはそのまま二人同時に壊れちゃう展開も好きですが。


34:劇作家・平澤光インタビュー/ナツメ

作者:ナツメ
性癖:恐怖に誠実
性癖:架空のインタビュー
性癖:フェイクドキュメンタリーホラー
性癖:メタ展開
講評:怖っ。え、これ怖っ。こっわ。こんなんカーテンが揺れて布が擦れる音が立っただけでも怖くなっちゃうですやん。でも、そうやって『怖かった』という感想を聞くのもナツメさんの性癖ですよね? 読者の反応を見て楽しむその姿、Yes,です。こういう方向での『メタ展開』は正義。
 こういうメタ展開を孕むホラー作品って好きでして、平澤さんの作中の怪談ライブの説明も好きですねこれ。自分も『突拍子もない性癖でも共感を得て欲しい』『新しい性癖を自分に取り込んで欲しい』という目的を持って性癖小説選手権を開催しているところがあるので、性癖とホラーの方向性は違いますが平澤さんというかナツメさんのこの考え方好きです。読者に影響って与えたいじゃないですか。そしてその反応を見てほくそ笑みたいです。
 そして、この捻ったホラー展開ではなくて直球なホラーというのが『恐怖に誠実』という性癖なんでしょう。作中にも書いてある通りジャンプスケアは恐怖では無くて驚きによる恐れなので違うんですよね。分かります。それを突き詰めると後ろから『ワァ!』がホラー作品になっちゃいますもん。
 そしてこの作品、性癖に『架空のインタビュー』『フェイクドキュメンタリーホラー』と書かれているから確実に偽物の話なんですよ。なのにホラー展開にはメタ要素を入れて来るという高度なテクニック。最初からフィクションだと言っているのだから読後に感じた怖さも作られた物で、まるで『その聞こえてくる布擦れの音はホラーでもなんでもないです。何を怖がっているんですか?』と笑いながらナツメさんに囁かれている錯覚を覚えました。
 まさか『メタ展開』という性癖が『恐怖に誠実』にかかってきて読者の反応までも性癖にするなんて……いやー、ほんといい性癖してますねナツメさん(誉め言葉)


35:朱夏、吉日。注解/杜松の実 

作者:杜松の実
性癖:注解、注釈
性癖:夏目漱石
性癖:辞書で調べた言葉
講評:小説の概要にも書かれているのですが、この作品は杜松の実さんが書かれている他の作品の注解で、分かりやすく言うと作中単語の説明分という感じです。ただ、どちらかというとこれは設定資料集の側面が強く、作者である杜松の実さんが作品を書く時に調べた単語やこういう意味があるというメモに使っている物という感じでしょう。いいですね。こういう設定資料って好きなんですよ。やった事の無いゲームの攻略本とか読んだことの無い本の大全とか買うのが好きなタイプのオタクなので。
 普通の辞書ならば単語の意味だけを書いてある物なんですが、こういうのは作品の中でどういう意味を持つかだとか、作者がどう思ってこの単語を使っているのだとか、そういう作者の考えている事がダイレクトに書かれているんですよね。という事はつまり、設定資料というのは物語とはまた違って『書かれた単語全てに意味がある』物で、これこそこれこそ正しく『作者の性癖の塊』なんじゃないかと自分は思ってます。性癖に『夏目漱石』とありますが、この資料集の随所に夏目漱石が出て来る事で本当に夏目漱石本人とその作品が好きなんだなぁというのが分かりますし、『とらみ、東浪見』の注解の部分がどうしようもなく夏目漱石を意識しているというのが伝わって来てとても性癖を感じました。
 また、地味に性癖紹介の部分がコロンではなくてセミコロンな所も好きです。もしかしたら間違いなのかもしれませんが、こういう所での謙遜も性癖ですね。
 この作品を小説として扱うのはどうかという問題があるかもしれませんが、少なくとも自分は杜松の実さんの頭の中の性癖を現す作品の『性癖小説』であると認めます。全く面白く無いですと書かれていますが、自分はとても面白く読めました。
 他の作者の人もこうやって軽率に設定資料集を書いて欲しいんですよ。本文を読んでいなくてもそれだけで楽しくなれちゃいます。


36:空飛ぶオオナマズ/武州人也

作者:武州人也
性癖:空を飛ぶ巨大な魚類
講評:武州人也さん、三作目のご参加ありがとうございます。
 武州人也さんと言えばモンスターパニック作品という感じですが、これはモンスターパニックと呼ぶには落ち着きのある作品でいつもと趣向が違う感じがしました。性癖も『空を飛ぶ巨大な魚類』という事ですし、結果的に巨大ナマズが人を食べた事で駆除されましたが、いつもの様な『巨大生物が襲って来た!』という様な作品ではありません。普通に現代兵器で倒せてますしね。
 この飽くまでもナマズは普段の生態通りに行動しているだろう部分から、おそらく作者は最近魚の生態にハマっているのではないかという事が読み取れ(一作目も魚を育てる描写がありますしね)、それにより魚類に対する憧れや哀れみの様な物を感じました。
 空が巨大な水槽で、浮いているように見えるのは空を泳いでいるだけ。人を食べたのも水の底に居る虫なんかを食べに来ただけなのでしょう。そして、ただ生きているだけなのに人間の都合によって駆除されてしまう。ミサイルを撃たれても抵抗しません。結果的に人間を食べていたことが分かりましたが、人間と敵対する生物かどうかなんて事は全く分からないまま終わります。人間の一方的な感情の押し付けによる被害者でしかありません。
 つまり、この作品はモンスターパニック小説では無く、魚類に対する愛情の作品なのです。『空を飛ぶ巨大な魚類』という性癖が本当にそのまま現れている性癖小説。
 武州人也さんの魚類に対する様々な思いが込められていて、悲しくもあり嬉しくもなりました。はちゃめちゃなアクション物の性癖小説もいいですが、こういうシックな性癖小説もいいですね。


37:怪獣の種/宮塚恵一

作者:宮塚恵一
性癖:怪獣
性癖:巨女
講評:宮塚恵一さん、二作目ありがとうございます。これまた性癖力溢れる良い作品ですね。巨女好きとしてとても嬉しいです。
 怪獣の肉体というか変異している部分が爪とか硬い皮膚とかではなくて崩れでぐずぐずになりそうなイチジクの断面というのがいいですね。明らかな別物に変異しているのではなくて人の肉がそのように変化しているというのがリアルに分かりますし、何より『想像できてしまう』所がとても性癖小説として素晴らしいです。なんとなく触った感じの肉の反発具合や掻き毟った後の体液の出方なんかも想像できてしまって気持ち悪いですね(誉めてます)
 最初に『罰が当たってしまったのかもしれない』と書いてあり、バイトの同僚の彼氏を寝取った事が原因なので因果応報で自業自得な展開に思えたのですが、そこからの全裸の巨大女性。女性と怪獣のバトル。この女性に会いたいという願いからの巨大化。
 全裸の巨大女性が何故巨大なのかも分かりませんし、この奇病で巨大化するのもなんでなのか分かりません。しかし、そこには性癖があります。胸元を片腕で隠す全裸の巨大女性に会いたいという性癖が。
 『巨女』という性癖は内封する意味が多く、高身長だけどありえる高さの女性からこの作品の様なありえない巨大なサイズの女性まで幅広くあります。そして、殆どの場合においてその『巨女』から『攻撃を受けたい』という欲求もある物なのです。分かりやすいのは『巨女に踏みつぶされたい』という物なんですが、宮塚恵一さんのは『怪獣になって巨女と戦いたい(出来れば不利な方が良い)』という物なんですね。いや、もしかしたら宮塚恵一さんは『怪獣と戦う巨女が見たい』だけなのかもしれないですけど。
 こういう現実ではまずありえないシチュエーションに興奮出来るのは想像力のある人間にしか不可能で、尚且つそれを作品に仕上げれるのは一部の人しか居ません。
 大衆に好まれるかどうかは別として、こういう作品こそもっと世の中に広まるべきでは無いかと思います。
 好みの性癖だったのでかなり贔屓した講評になりました。本当に巨女っていい物なんですよ。現実に居たら臭そうですけど、それもまたいいんです。


38:ハオルチアの窓の瞳/2121

作者:2121
性癖:ハオルチア(植物)
性癖:擬人化
性癖:瞳の綺麗な描写
性癖:人外との温度差(物理)
性癖:甘やかされる
講評:あんまりエモいという言葉は使いたくないんですが、めちゃくちゃにエモかった。本当にエモーショナルで心がぽかぽかします。
 ハオルチアという多肉植物の人間化していて、そのハオルチアの男性が寝ているのを人間が見ている所から始まる物語。そして特に何も起こらずにハオルチア人の特徴を説明しただけで終わる物語。それだけなんですけど、とても綺麗だし、ちょっとはにかんじゃうし、幸せそうだなぁと思ってエモっちゃいます。短い文章だからこそ煌めいている部分ばかりで美しい。
 そして、出来れば読み終わった後でもいいのでハオルチアで画像検索をして欲しいです。タイトルの『ハオルチアの窓の瞳』の『ハオルチアの窓』というのはハオルチアに実際にある透明な器官の事で、ハオルチアはその器官で日光を浴びて成長するんです(ググったサイトに書いてあった受け売り)。その分、直接体に日光が当たると体が黒ずんでしまう生体らしく、いかに当てる日光の量と強さを調整するかが育てる為に大事な事と書かれていました。
 という事は、このハオルチアの擬人化である彼も強い日光には弱い生き物でありながらも成長には日光を必要とする難しくも儚い生き物であり、見た目はぷくぷくとしていて美しい透明の瞳と緑の肉体をしているのでしょう。凄く綺麗ですよね。薄幸の美少年という感じがしてとてもエモです。
 性癖にある『人外の温度差(物理)』というのも見た目は人間に近いのに明らかに人間とは違う生き物という事を知らしめる重要な要素であり、ハオルチアの育てにくいという特徴と相まって『人だけど人じゃない。だから擬人化』と、2121さんの人外に対する強い性癖を感じます。そんな人だけど人じゃない物に『甘やかされる』というシチュエーション。最高ですよね~。
 2121さんの植物に対する愛情とセンス。そしてユーモアさを感じる良い性癖小説でした。特に「綿は植物だろう?」の部分が好きです。言われてみれば確かにそうだけど、全然違うじゃん?というつっこみポイント。


39:どこまでも飛躍するロングスカート/重里侑希

作者:重里侑希
性癖:欲情とは掻き立てる想像力
講評:最初はヘタレながらも仕事をしない新入女性社員に説教を出来る(出来てない)俺カッコいいだろ的な話かと思いましたが、焼肉とバイキングの話が出て来たところで訝しみ、三年目の女性社員の福江さんのロングスカートの描写が出て来て確信しました。
 これは単に自分の性癖にマッチしてるかしてないかをカッコよく(本人の中では)語っているだけですね?
 主人公の男性は見えている生脚に興味が無い上に新入女子社員の生脚を出すという行為とそれに反応する連中を侮蔑していて、逆に見えない生脚はどんな状態なのかと妄想を膨らませれるからこそ素晴らしいとロングスカートを履いている三年目の女性社員の下半身をまじまじと見ては中身を想像しています。彼はそんな自分を『分かっている人間』だと思っていますが、残念、それはベクトルが違うだけでどちらも性癖だから同じ事なんです。貴方、ミニスカ生脚新入女子社員に鼻の下を伸ばしている部長と同類なんですよ。この主人公の男性の自己評価は高いのにいざ発言しようとしたら強く言えないヘタレな部分からも重里侑希さんのなんらかの性癖を感じますね。こういう勘違いボーイが青くてカワイイみたいなそんな感じのを。
 性癖に『欲情とは掻き立てる想像力』とあるので一見はロングスカートの中身の事を指している様に思えますが、これがミニスカートから脚を見せている女性新入社員の事やそれに反応している部長の事を想像して勝手に決めつけている事にも当て嵌まるいうのが上手いと思いました。隠されている物を想像するからだけでなく、見えている脚からも色々と想像するんですね。
 見えない物も見えている物もどちらも欲情の対象であり、そこから掻き立てられる想像力という性癖。なるほど、当事者としての性癖では無く、観測者としての性癖なんですね。
 短いながらも性癖力がギュッと詰まっていて考察しがいのある作品でした。ありがとうございます。


40:『あいごう』――現代魔術師の高校生主人は幼馴染従者と閨を共にしなきゃいけない契約に憂鬱です/こやまことり

作者:こやまことり
性癖:主従の二人がくっつくまで100話くらいかかってほしいけどその間にも先に身体はくっついていてほしいし何ならそのせいですれ違ったり互いに傷ついたり苦しんでじれじれしながら最後はハッピーエンドを迎えることが約束されたすれ違いセックスをする主従性癖
性癖:本心を話せず、セックスをしても心の奥底で喜びながらも「これは相手(従者)にとっては義務だから仕方なくやっていることなんだ」と思い込んで絶望する主人受け
性癖:人前では親しい言葉遣いをするのに従者をしているときは有能な丁寧敬語で、主人を一番大切に思いながらも暗い欲望を抱えつつセックス中に高負荷がかかっても主人のために耐える従者攻め
性癖:自分の身分のために義務として従者とセックスしなければいけないことに葛藤する受け
性癖:自分で自分のことを道具扱いする攻め
性癖:心はまだくっつかないけど先に身体をくっつけなければいけない事情があって、そのせいで互いの溝が深まっていくすれ違いBL
講評:まず一言。性癖の圧がすごい。性癖紹介の文字数だけで398字あります。これを読んでいる人はどこまでが性癖紹介でどこからが講評か迷ったでしょう。大丈夫、書いている自分も迷ってます。
 そしてその性癖紹介の圧を受けながら本文を読むと、いきなりの男子高校生の尻に穴の粘着音。16歳同士のアナルセックス準備。いいですね、このフルスロットルさ。ちゃんと穴を解すところから始まっているのがポイントが高く、日常パートに入る前に今後の展開としてアナルセックスがあるんだなという事を読者に分からせてくれる優しさがあります。
 日常パートも学校生活が終わったら スッ と完璧な執事に変化する所が『人前では親しい言葉遣いをするのに従者をしているときは有能な丁寧敬語で、主人を一番大切に思いながらも暗い欲望を抱えつつセックス中に高負荷がかかっても主人のために耐える従者攻め』という性癖の魅せ場としてゾクゾク感があり……っていうか、性癖紹介の中に自然と流れる様に『セックス』という単語を入れて来る時点で強いですよ本当これ。しかもこれだけ圧のある性癖が書かれているのにもかかわらず、作中にはまだまだ性癖が隠れています。ざっと読むだけでも『弟の為に強くあろうとする姉』『作られた一族』『呪いともいえる欲望に勝てずに受けにだけ暴力的になる華奢な攻め』『男性淫紋』『男性の子宮(概念)』と、他にも多数の性癖が含まれています。
 基本的には『主従の二人がくっつくまで100話くらいかかってほしいけどその間にも先に身体はくっついていてほしいし何ならそのせいですれ違ったり互いに傷ついたり苦しんでじれじれしながら最後はハッピーエンドを迎えることが約束されたすれ違いセックスをする主従性癖』という性癖が主であり、この性癖のゴールに辿り着くまでに様々な性癖も含むという感じなんでしょう。恐らく作者であるこやまことりさんの中にはこの100話の間に何が起きてどう解決するかの凡その流れが出来ているんだと思います。100話主従BLプロットってやつですね。この100話主従BLプロットという武器を自在に操り、後は細かい設定(今回だと魔術師)を決めればどのような作品でも上手く主従BLに落とし込むことが出来るのでしょう。
 作品の内容では無くて性癖に対する講評になってしまいましたが、この作品に関しては作品そのものが100話主従BLという性癖なのでOKです。OKという事にしましょう。
 個人的には中盤のオマケ話として姉の儀式の様子も書いて欲しいなと思いました。こういう『強い姉』が姉である責務を忘れて乱れる姿好きなんですよ。


41:幼馴染の歳上お姉さんに世話を焼かれる話/狐

作者:狐
性癖:年上の幼馴染
性癖:ニーハイソックス
性癖:お姉さんに甘やかされる
性癖:意外な一面
講評:性癖小説選手権は割と捻ったというか屈託した性癖小説が多く、主催の自分としては(みんな性癖を曝け出したくて仕方なかったんだろうなぁ。開催した甲斐があったなぁ)と思っていたのですが、ここにきて眩しいばかりの正の性癖小説が来ました。正というか生かもしれません。生きる上で性癖って大事だねという事と、やはり『王道の性癖は強い』という事を再認識させられました。
 というのも、性癖というのは基本的には普通の生活では満たされない事が多く、その殆どが『こうあって欲しい』という願望の現れであります。性癖を見ればその人が普段どんな部分に不満を感じているかや何を求めて生きているかが分かる物なんですが、この作品から感じられる物は本当に王道である『優しい女性に甘えていいんだよと言われたい』という物で、これはほぼ全ての人間が持ち得る願望なんです。つまり、この性癖小説が刺さらない人は少ないという事で、狐さんは屈託した願望をぶつけ合う性癖小説選手権に一般向けでもある性癖小説を出してきた訳です。故に正の性癖小説。
 よくよく考えると『社会人数年目の自分より3歳年上』という時点で結城さんの年齢がそこそこな事が分かってしまって作中のあざとい行動は全て行き遅れない為の打算かもしれないと推測できてしまうのですが、これは作者である狐さんがまだ若いからそういう裏は無いでしょう。多分。自分達ぐらいの年齢になると『年上の幼馴染』という性癖が『年下のお姉さん』という性癖に変化したりします。イマジナリー幼馴染お姉さんの年齢は24歳ぐらいという事ですね。
 ただ、最後の部分がスタンダードなお姉さん物ならばもっと優しい感じで終わる筈ですが、この作品は少しの意地悪と踏みとどまらせる焦らしで終わっています。
 一見王道な幼馴染お姉さん物なんですが、この部分にこそ狐さんの性癖が詰まっているのでしょう。自分からあと一歩を踏み出さないのではなく、相手によってその一歩を阻止されたいという束縛されたい系の願望を感じました。
 恋愛は恋をしている間が一番楽しいと言うので今後もこの関係を続けて行って欲しくはあるんですが、おっさんからすると(そろそろお姉さんも結婚したいだろうから強引に行けよ)とも思ってしまいます。
 そういう部分も含めて眩いばかりの正の性癖小説でしたね。なんだか初心に帰った気分です。ありがとうございました。
 


42:最期の魔王/宮塚恵一

作者:宮塚恵一
性癖:悪役
性癖:散り際の回想
講評:いいですね、こういう『悪を行うという覚悟』を決めた存在と、その覚悟が前提から覆されるもそれを認めて許容する精神の持ち主。自分が間違っていたと突き付けられても心折れずに先の事を気にするとか余程の心の強さが無ければ行えることじゃないですよ。器が大きすぎる。流石魔王様。
 魔王様は魔族の未来の為に妥協をして人と争う選択肢を選んだつもりだったんですが、結果的に勇者の存在によりそれが妥協ではなく最善の手だったというのが発覚し、アーリマンごと自分を滅ぼして貰う事で望みが叶ったという流れにとてもカタルシスを感じます。これを『悪役』という性癖の一言で片づけていいのかどうかという気がするんですが、これこそが宮塚恵一さんの考える『悪役』という存在なんでしょう。ナイス性癖です。この圧縮された性癖言語もいい物ですね。
 そんな魔族の今後の事を考えていた魔王様だからこそ勇者に倒された結果に満足いっていたんでしょうが、同時に魔丞相の『魔族の永遠の繁栄』という願いも理解が出来てしまうんですよね。その願い自体は悪い物では無くとも、長い目で見ると魔丞相とアーリマンがまだこの世界に存在するのは魔族の禍根を残してしまうので自分で始末を付けなければいけない。故に、「我らが魔に、永遠の祝福あれ!」という願いの言葉を口にしながら部下に手をかけなくてはいけなかったという。
 この覚悟があるか無いかが宮塚恵一さんにとっての『悪』と『悪役』の違いなのでしょう。悪役の美学とでもいうのでしょうか、かなり奥深い物を感じました。
 『悪役』に平行して『誰にも理解されなかったが世界にとっては必要だった(読者にだけ理解してもらえる)』という性癖も強く感じましたが、もしかしたらこれも宮塚恵一さんが解釈する『悪役』の中に含まれているのかもしれませんね。人によって同じ性癖でも解釈の幅に違いがあるというのは本当に面白いです。 


43:いくら試しても終わらない話/@ma-ma_ma-ma_

作者:@ma-ma_ma-ma_
性癖:価値観のズレてる人外
性癖:愛されすぎて逃げられない
講評:山に捨てられた子供が愛されたいと願った故に愛してくれる様になった不器用な人外。いいですね~、LOVEですね~。でも価値観がズレすぎていて人によってはホラーなんですよそれ。というお話し。
 最初の出会いはとてもロマンチックでちょっと不思議な場所でちょっと不思議な体験をしたのかなと思ったら、既に一緒に暮らしているという一足飛びで驚きました。そういう所も人外たる所以なのでしょう。下準備はしっかりとしているのに詰める時は一息に詰めるのは獣の所業っぽさがあります。
 でも、この女性は獣ではないどころか何者か全く分かんないんですね。人外なのは確定なのですが、その姿も行動も喋り方も全て『主人公である男を愛する為にやっている』だけで元の形がどうなのかが全く分からない。それどころか下手をすると形があったかさえ不明です。そんな人外である何かにどうして愛されているのかというと、『前世で愛してくれと願われたから』。いやー、見方によっては一途な愛ですね。当人からしたら覚えがないどころか自分が関与できない領域の話かつ、人外だからうっかりで殺す事もあったと言われるのでホラーでしか無い。
 ただ、ホラー展開ではあるんですけれど『無償の愛』でもあるんですよねこれ。人類のほとんどの人が求めている『無償の愛』を身に受けているのだから贅沢な話ですよ。『愛されすぎて逃げられない』という事で死んでも逃げる事が出来ないのですが、開き直って考えれば愛の為にならこちらのどんな事も聞いてくれる存在に愛されている訳です。作中でも前世の自分の話をされて楽しく無いと答えたら覚えておこうと言って話しを止めてますし。
 最後は絶望で終わっていますが、考えようによってはとてるもない幸福なんです。今朝までは愛し合う事が出来ていたんだからこれからも愛し合っていってほしいですね。ファイトです。応援しています!


44:スノードームドリーム/草くん or 草食った

作者:草食った
性癖:ミステリっぽい手法が使ってある一応ミステリラインのスコシフシギっぽい変則的な小説、はやい話が乙一作品
性癖:わけのわからない二度見設定がどんどこ展開される上に説明があんまりないがなんか読んでしまう小説、はやい話が川上弘美作品
性癖:生命、宇宙、死などやけに壮大なものを基本思想としつつ時には個人にまで落とし込めるような世界観の創作物、はやい話がACIDMAN
性癖:セルフ二次創作、一次っぽくいうならリライト・リメイク
講評:草さん、三作品目ありがとうございます。性癖紹介に乙一作品、川上弘美作品、ACIDMANとありますが、自分は銀河鉄道の夜を思い出しました。これは自分が銀河鉄道の夜を好きすぎるだけな可能性があります。(崇期さんの作品の講評にも銀河鉄道の夜を挙げてますね)
 ネタバレをしてしまうと冬と春の擬人化の話なんですが、春が来ると冬は消えてしまうという関係性をここまで物語に出来るのはかなり凄い技術を持っているのではないかと思います。季節が巡る事をレールに沿う物と捉えたり、冬が春を見つけ出したから季節が春に替わるのだとするセンスはとても素晴らしいと思います。全体的な情景の描写も綺麗で、白と黒がメインのはずなんでしょうが地味にならずに映像作品として見てみたい気分にさせられました。
 性癖の内容からして、この映像作品というか、草さんが現したかった世界観そのものが性癖なんですね。冬と春が長く一緒に居られないのや、春が彷徨うのを冬が止めなかったのや、徐々に世界が捻じれて消えて行くのや、人々にとってはそんな事関係無く季節が巡るのだというのを軽い気持ちで考えているのだとか、上手く言えませんが、『儚くて残酷。でもちょっぴり優しい』みたいな物を感じます。思えば草さんのBL側の暴力的な性癖もそんな所ありますね。残酷だけど優しいという性癖。一見矛盾してそうだけど別ベクトルなので矛盾しないという屈託した性癖。いいですね。これこそ人が人だからこそ持ち得る物だと思います。


45:吸血鬼と食卓を/ももも

性癖:人外に飼われる人間
講評:吸血鬼から逃げ延びてひっそりと暮らしている人間と、人間を飼って暮らしている吸血鬼の世界の話。もももさんのお馴染みの性癖という感じですね。
 普段から自分が主張している性癖の作品を性癖小説選手権に出すというのは今更感があって皆さん恥ずかしがるのですが、この恥ずかしさを乗り越えた人は周りから『〇〇の人』という様に呼ばれるのではないかと思います。もももさんだと『吸血鬼の人』という感じ。
 そんな吸血鬼物が好きで何作か書かれているもももさんの今作なんですが、性癖紹介に書かれている『飼われている』という描写が弱い感じがしましまた。実際にペット部屋に居たのは少しだけで、殆どが村の出来事か吸血鬼の国の一般人の生活の描写のどちらかで飼われている感が少ないです。
 誤解しないで頂きたいんですが、もももさんの作品が面白く無かったという訳ではありません。小説としてきちんと完成しており続きもワクワクさせてくれる物でとても面白かったのです。その上で、性癖小説としては提示された『人外に飼われる人間』という性癖の描写が少々足りなかったのではないかという物です。
 恐らくですが、作品内にある伏線らしき部分と最終日の投稿という部分と使用可能文字数が一万字程ある事から、この作品は性癖小説としては未完成だったのではないでしょうか。
 もももさんの作風からすると
・ハクの正体
・ヒスイが本当に自由かどうか
・ランタナの優しさの理由
 この辺りの伏線の回収がされるはずだったのではないかと思われます。
 性癖小説選手権は小説としての完成度ではなく、いかに提示した性癖が作中に現れているかを競う選手権です。その為ならば話の前後を飛ばして性癖が現れている部分だけを書いた物でもOKだったのですが、もももさんの丁寧な作品作りがそれを是としなかったのかもしれません。
 短編作品としてはとても面白かっただけに惜しいです。個人的にもっとダークな世界観を見てみたかったです。


裏1:開花/あきかん

作者:あきかん
地雷:一見正しそうなフェミニズム小説など
講評:キャプション芸、あまりにもキャプション芸です。恨みの根深さを感じました。正直キャプションだけでお腹いっぱいになったのですが、内容を読んでみると新しい気付きを得られました。先に断っておくのですが、私はフェミズムに詳しくありません。浅学で申し訳ないです。
 内容なのですが、おや、とすぐに思い当たりました。もし万が一偶然であるのならばここからの話は聞き流して頂きたいのですが、これは最近バズっていた「十六歳の身体地図」という漫画をコスったものではないでしょうか?
 いえ、いえ、指摘したいというわけではありません。ここにあきかんさんからの深い憎しみを感じた次第なのです。
 あきかんさんの普段の作風には特定の人物に向ける・既存の作品をパロディとする側面があると思っておりました。こちらの作品からもそれを感じたにもかかわらず、どういうわけかひどく薄い。あまりにも薄い。ギリギリのラインでコスって楽しむということすらできなくなっています。言ってしまえば性癖である、好んで使う手法すらうまく作用させられなくなる……このギャップから地雷小説たる所以を感じました。
 上記の漫画が一切関係なかった場合、これは奇跡的な合致です。憎しみのあまりに筋すら寄ってしまったのであれば、それはそれで、憎しみが具現化したということでしょう。
 爽やかハッピーエンドすら許せないという波動を感じました。お疲れ様でした、ゆっくり休んでください。


裏2:地雷女と黒い影/尾八原ジュージ

作者:尾八原ジュージ
地雷:一人称が「あたし」の倫理観がおかしい女の子(ただし猛烈にコレジャナイ感がある)
講評:ナンデ!? ニンジャナンデ!?
 ニンジャに頼らざるを得なくなったことから、地雷に向き合いきれなかった哀切を感じます。しかしながら「地雷:一人称が「あたし」の倫理観がおかしい女の子(ただし猛烈にコレジャナイ感がある)」ひどくわかる文言でした。私も黒髪長髪であればなんでもいいというわけでは(ここで文章は途切れている)
 さてキャプションだけで肌艶が良くなったのですが中身にも触れたいと思います。確かに絶妙なコレジャナイ感があり、さすがの筆力でした。倫理観がおかしいのではなくシンプルにリテラシーがなく美学を持ち合わせておらず他力本願で生きてきたくせにプライドだけはバリ三(死語)という風情ですね。小説のメインを張るキャラとしての破綻が既に見られます。信用できなさすぎる語り手です。
 そしてなんとなく感じたジュージさんの隠れ地雷なんですが、「何も解決していないお茶濁しエンド」ではないでしょうか? ホラーとみせかけてホラーじゃないにかかってくるのですが、うやむやにして終わり! なんとなくオチついた! 的なものへの若干の嫌悪も感じ取りました。
 とはいえこちらの小説に関しては正しい選択だったのではと思います。本当に書くのが嫌だったんだな……としみじみ致しました。ニンジャとゴリラはすべての創作者に残された道しるべなのですね。ニンジャエクスマキナです。
 いい年齢っぽいのに一人称あたしなのがまずもってわりときついです。二次元なら場合によってはギリオッケー、という感じでしょうか。
 嫌がりつつもどうにかオチまで書ききった手腕は流石でございました。お疲れ様でした、美味しいものを食べてください。


裏3:何が彼女を殺したか/惟風

作者:惟風
地雷:自分勝手に行動して話を引っ掻き回し、事件の調査の邪魔にしかならない助手気取り
地雷:そんな足手まといを諌めるでもなくヤレヤレ顔で野放しにしている主人公その他周囲の人々
地雷:そしてそんな奴が特に傷ついたり反省することもなく許されているどころかあまつさえ幸せにまでなる世界観
地雷:百合の仲を引き裂く全て
講評:キャプション時点で赤ちゃんのような笑い声を上げてしまいました。地雷説明の箇条書きに隠すつもりもない憎しみがすでに満ちています。これはこれは、実はけっこう見ませんか? このような小説。私もつい最近この「自分勝手に行動して事件を引っ掻き回して助手気取り」に該当しそうなキャラのいるミステリを読みました。
 更には「百合を引き裂くすべて」。地雷を避けるだけで一苦労という悲しみさえキャプション時点で拾えてしまいます。
 さて内容なのですが、普通に講評をするのであれば筋があり起伏もあり一応事件は解決し、胸糞ではあるしいくつかん? となりつつも、きちんと幕を閉じている、ある程度はまとまった小説だといえるかと思います。
 が、そんな評価は必要ないとわかっております。「百合の仲を引き裂くすべて」これが最大の地雷なのではないでしょうか。そもそもこの話自体が百合の仲を引き裂くために作られたようなものだと感じました。片割れは死んでしまっているところから始まりますし、物理的に引き裂かれただけでなく、本文中にはクソ男も現れて亡くなった百合の片割れを蹂躙した形跡が見られます。そしてメインである探偵と助手、百合の関係については1ミリも推察しないまま。これも見方によっては百合を引き裂いている……は穿ちすぎですが、百合の助けにはなりません。引っ掻き回して適当におさめた(おさめられていない)だけです。
 すべてが百合を引き裂くための要素。つまり、最大限の憎しみが詰まった小説です。百合を引き裂いたまま幕切れまで到達されたことが本当に素晴らしい。立ち上がって拍手をしました。
 地雷畑を走り回り手足が吹き飛んだのではないでしょうか。しっかりと休息をとり、百合が存分に甘えたり甘えられたりと人生を謳歌する話を書いたりなどして、睡眠を充分にとってください。お疲れ様でした。


裏4:ハートフルバイポーラ/辰井圭斗

作者:辰井圭斗
地雷:とっとと本番に行かないエロ小説
地雷:飲食物を粗末にする描写
地雷:Hシーンで1人の男性が女の子2人を相手にし、女の子同士が絡むシチュエーション
地雷:Hシーンで男女ともによく喋る
地雷:精神疾患を扱いながら安易に問題を解消するハートフルな小説
講評:ア、ア、アルコールに薬を溶かすな!!!!!
 死体を放っておくことよりこっちに心底驚いて声が出てしまいました。そして地雷内容の半数がエロ絡みであることには張り切って首肯させていただきました。ぼくもねえ、エロはねえ、エロくないとダメだと思います。
 さすが辰井さんと言うか、起承転結が設けられ段取りごとにシーンが進むさまは、嫌悪を全面に出しつつも破綻は極少なく(あえて突っ込むのなら超展開エンドですが)筆力が高いと唸らせてくれます。
 ここまで四作読んで感じたのですが、隠れ地雷のようなものがちらっと見える瞬間があります。辰井さんは特に顕著で、誤読なら申し訳ないのですが、「エロ中にやたらと喋る」のも地雷として、それを覆うようにして「やたらと説明的な台詞」も地雷なのではないか。そのように感じました。簡単に言うと細○守作品ですね。起こってること全部喋りよる。
 プラスして、全体的なリテラシーの低さもお嫌いなのではないかと。私はあきかんさんの講評に「普段の手法を使っているのに漏れ出る嫌悪感」の妙について書いたのですが、辰井さんの作品からは「極めてオーソドックスに進めつつも数珠繋ぎのように溢れ出てくるさまざまな嫌悪感」を勝手に受け取りました。
 更にひっくり返すと辰井さん自体がたいへん倫理観があり、自論を確立されてらっしゃるのだなと。地雷をゴリゴリと掘り下げるうちに辰井さん自身の純真が垣間見えたような気がして膝を打ちました。その意味では大変貴重で面白い読書体験をさせていただけました、ありがとうございます。
 これはついでの与太ですが、百合じゃないのに百合で絡むの笑ってしまうのでわかります。映画とかでも急になくてもいい百合(に限らずBLでもHLでもですが)のエッチシーンが入ってくると笑ってしまうので……。今真面目な顔してっからよお! みたいな……。
 お疲れ様でした。ゆっくりとお風呂に浸かり、いい夢を見てください。


裏5:新しい小説_01/狐

作者:狐
地雷:受け手に直で悪意をぶつけてくる露悪的メタ作品
講評:ははあなるほど! とまず唸りました。最初に明記するのですが私はこちらの地雷が性癖にあたる存在です。が、そんなことはなんの影響もありません。私は森、狐さんはタタラ場で暮らしているだけにすぎないのです。
 内容なんですがこれは正直奇跡的なコラボレーションだと思います。露悪的なものを作る側が露悪的かと言えば必ずしもそうではないと裏主催は考えます。しかし露悪に代替するなんらかは盛りこまれているといつも感じ、それは自尊心や独自解釈や衒学さや矜持だったりするわけなのですが、こちらの作品に盛りこまれているのは当然地雷、お前のことが心底嫌いだという鋼の意思です。
 これが本当に面白いんですよ! よく書けましたね、賞賛したいです。露悪を書くために内から滲み出る嫌悪感をそのまま叩きつけてあるので、ほぼ純度百パーセントの「露悪的なメタ作品」が出来上がっています。まさに地雷じゃないと書けなかったレベルの奇跡的な噛み合いでした。
 加えてこれはなかなかお目にかかれる小説ではないですね! なぜなら「露悪的なメタ作品」が好きなはずの裏主催がだいぶ不快になったからです。出るわ出るわ、こういうのがええんやろ? ハピエンって言うんやろ? な? とこれでもかと突きつけてくる三つの掌編(というくくりで読みました)、それを繋ぐメタ視点の語り手、百点満点の不快さでした。本当に書くの嫌だったんですね……南無三。
 狐さん自体が輪を大事にするようなところのある、馴染みやすい人柄でいらっしゃるので、なんだか納得感もある地雷でした。ツイッターで嫌だ嫌だ書きたくないと唸っている姿も見せていただいたので満足しました。充分に休んでたくさんウマをし麻雀で勝ちまくって英気を養ってください。お疲れ様でした。


裏6:カーバンクル保護の会奉仕職員リーア・カミング/武州人也

作者:狐
地雷:視野狭窄な正義感に酔いしれ、自省することなく突っ走る者
地雷:そうした人物が歪な成功体験を積んでしまう話
講評:カーバンクルの捕食シーンに興奮して泣いちゃいました。地雷に関しての講評に一切関係ないので恐縮ですが、愛らしいカーバンクルが牙をむき出しにして獲物を食いちぎる光景の描写が素晴らしかったためお伝えしたく書きました。
 さて地雷なのですが、キャプションにご自身で書かれている通り、地雷を担う主人公がひどい目に遭うスッキリ展開までいかずに切ってあるのが大変いいと感じました。性癖にあたるサメなどを使いスカッと地雷してはいけない、その趣旨をよくわかっていらっしゃる幕切れです。続きは!? となる方もいそうなのですがこれは地雷を書く小説であるためなんの問題もありません。むしろ正解といえます、大正解!!!
 読んでいてなるほどと思った点があります。地雷を表現するための媒体にカーバンクルという(野生においては)たいへん凶暴と見られる動物を主軸に据えている点です。このカーバンクル自体は私が興奮するほど素晴らしい描写であり、だからこそ主人公の暴走に読み手はオイオイオイ! となりつつ若干わかる、カーバンクルかわいいからな……とわからなくもない感情を覚えてしまいます。この按配が絶妙で、話にのめりこめてしまうんですね。胸糞だけではそっ閉じしてしまうところをしっかり牽引できているといえます。
 たぶんはがちさんは「かわいいのみの理由でペットを飼う」人間や「知識なしで動物を飼い結局逃がす」人間なども地雷なのでしょう。私に言われるまでもなく明白だとは思いますが、ここにはがちさんの冷静さや生き物への愛などを感じました。
 個人的には万が一続きがくるのであれば主人公は是非カーバンクルの群れに襲われてボコボコになってほしいです。普通に私も不快というか、もうちょっと考えて行動しなァ!?となっていたため……。でもここに歪な成功体験を積んでしまうがかかっているので、目を覚まして貰うにはやはりカーくんに食って貰うかサメに食わせるかしかありませんね。
 執筆大変お疲れ様でした。おいしい飲み物でも飲みながらサメ映画や美少年鑑賞を行い、ゆっくりと休んでください。


裏7:空白の章/草くん or 草食った

作者:草くん or 草食った
地雷:なんでもホモフォビアって言えばいいと思っている人
地雷:人に迷惑をかけるタイプのメンヘラ
講評:書いたあと三日くらい機嫌が悪かったです。


裏8:霊媒少女の除霊バイト〜出会い編〜/ナツメ

作者:ナツメ
地雷:手垢のつきすぎた上に工夫のないホラー
地雷:そもそもホラーに対して誠実じゃなく何かに利用するやつ
地雷:ホラーのくせに怖くする気がないやつ
地雷:ガバガバな霊能力設定
地雷:霊能者がハイパー解説することで真実が明らかになるやつ
地雷:成人とティーンエイジャーの恋愛要素
地雷:ゲイが異性愛に「目覚める」やつ
地雷:恋愛ものじゃないのに男女バディとなったら見境なく恋愛にするやつ
地雷:同じ表現が近くで重複していたりする読みにくい文章
地雷:面白くない話
講評: キャプションの 怒りと憎しみ 伝わった(俳句)
 まずはとてもいいキャプションに拍手いたしました。ものすごくわかります、どのくらい地雷かについて書いているうちにこれもあれもそれも憎いと次々に怒りが湧き上がってきたのだろうと想像できます。講評公開後すぐ消したいとのこと……その気持ちもものすごくわかります、なんて企画だ!
 内容を読んでみると「なるほど」と随所で膝を打ちました。私はナツメさんの作品を粗方読んでいると思うのですが、比較するまでもなく差が歴然、意識的に語句を重複させてあったり展開があまりに雑だったりと、辺りに虚無が満ちています。ナツメさんの整頓された無駄のない筆致自体は見え隠れしていたので読み進めたことだけが救いの小説です、素晴らしい。
 キャプションからの引用になるのですが「この男はゲイだけど主人公には惚れる」が私も無理すぎて頭を掻き毟っちゃいました。友情とか親愛に恋愛が勝ると思っているのは自由なんですが、ちょっと古いかなって感じもあって、嫌ですね! とても不快になりました(褒め言葉です)
 ナツメさんの隠れ地雷というか、「知性」という性癖の裏返しなのか、主人公が「極めて浅はか」であるところに興味を惹かれました。もうびっくりするぐらいバカで浅慮で短絡的で礼節を欠いている、相手役がちょっと惚れたみたいになったシーンでは「ナンデ!?どこが!?!?!」って声が出てしまいました。渡された灰も絶対ぶちまけると思いました。この辺りも地雷というか、「手垢のつき過ぎた上に工夫のないホラー」&「面白くない話」にかかってくるシーンですね。読者の予想通りバカやってくれちゃってひっくり返りました、歯を食いしばりながら打ち込むナツメさんの残像が見えました。
 頭から終わりまでナツメさんの虚無が広がっている、(地雷として)たいへん読み応えのある小説でした。お疲れ様でした、古今東西の素晴らしいホラーを鑑賞したり、蒙古タンメンなどのおいしいものを食べて、ゆっくり休んでください。ありがとうございました。


 第三回性癖小説選手権、裏性癖小説選手権の講評は以上となります。
 ご参加頂けた皆様、ありがとうございました!!

 第三回性癖小説選手権大賞の初代性癖元首と、裏性癖小説選手権大賞の地雷王は別の記事にて発表させて頂きます。


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