見出し画像

大人の「現代文」24……『舞姫』あらすじ8 エリスの家に行きました

家の中で

 というわけで家に入った豊太郞(及び読者)の目に、エリスの生活が、現状があらわになります。

 まず屋根裏部屋の内部がお粗末であったのは多言は不要でしょう。花瓶にその部屋に不釣り合いなお高い花が生けてあったのが、豊太郞の目にとまります。それがどんな花かは書いてありませんが、まあ一番高価な物が「花瓶の花」というところで、全体の図が明らかでしょう。
 で、肝心のリアルな「現状」に関して、エリスは語るのですが……

 ……と、その前に、語るエリスがいかに美しいかそれを落としてはいけません。エリスは改めてこんな感じで、さりげなく読者の前に再デビュー致します。

 「彼はすぐれて美なり。乳のごとき色の顔は灯火に映じて微紅を潮したり。手足のか細くたおやかなるは、貧家の女に似ず」
 
 まあ、シンプルな描写ながら簡にして無駄なく、じゃないですかね。色白でほっそりとして、スタイル良く、かといって弱々しいわけでもなく、たおやか「優美」で、生の力「薄紅」のような強さも感じさせる、とにかく非常に美しい女性であったということです。現代風に漫画チックに想像を追加するなら、お目々ぱっちり、といったところですかね。

 でもマイナス点は一つありました。「少しなまりたる言葉」です。これはあとで出てきますが、単なる発音ではなく「教養」という意味も含むでしょう。彼女は貧しさがゆえに「十分なる教育」を受けていないのです。

 しかし、彼女の現状説明は、まことにしっかりしたものでした。

 「あなたは初対面の人なのに、無遠慮に私の家までお連れした常識のなさをまず許してください。でも、わたし、あなたがそんな私を許してくれる善い人だとわかったのです。
 明日は亡くなったお父さんのお葬式をしなければならないのに(父の遺体を、豊太郞はさっき目撃している)お金が全然ないのです。ただひとり頼りにしていたシャウムベルヒ……といってもご存じないですよね。ビクトリア座の座長なんですが、その人に雇われてからもう二年も経つの(エリスは踊り子でした)で、心やすく、お金を貸してくれるだろうと当てにしていたら、何とお金を貸すけど愛人になれ(原文は「身勝手なる言ひかけ」という表現です)と言うんです。
 私そんなのいやなの。だからお願いです。お金を貸してくれませんか?借りたお金は少しずつでも絶対に返します。私、ご飯食べなくても返します。お母さんはシャウムベルヒの言いなりになれというんです。私ホントにいやだけど、お金なければ、言いなりにならなければならないの……。

 といってエリスは豊太郞を見上げました。

 その彼女の眼差しには、ノーとは言わせぬ「媚態」がありました。一目見た瞬間から、脳天をブチ抜かれた豊太郞、ここで完全制覇されたのはいうまでもありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?