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大人の「現代文」33……『舞姫』   扉を開けたら

「わかった……エリスとは別れる」

 
 さてこの『舞姫』という作品を、大きな館に喩えるなら、このカイゼルホオフホテルでの相沢との会話の場所は、いよいよ奥の間に入ってきた感じですかね。そして何か前向きなものがそこにあるかと思いきや……扉をあけてびっくり、期待は裏切られます。なんとも、拍子抜けする「空っぽ」の部屋でした。

 え、何これ?

 相沢の豊太郞へのいさめ、もう一度繰り返しますね。もっと今風に再現します。

 相沢は豊太郞の(罷免にいたる経緯の)話を聞き終えると、居住まいを正し、真摯な眼差しで豊太郞を見つめるとこう切り出しました。
 「いいか、太田君。彼女との関わりは、君という人間の根っこの「弱い心」(このフレーズ重要ですよね。「弱い」とはなんだ)から生じたものだから、私は良いの悪いのは言わない。君のこころの本質が招いたものだから、言ってもしょうもないことだ。
 しかし、君のように天下に誇る学識があり、有能な人材が、いつまでも一人の少女への恋に溺れ、本来の目的を逸した生活を続けてはいかんだろう。
 今は天方大臣も、君のずば抜けたドイツ語能力を利用したいだけだ。でも君のクビの理由を知っているから、いいイメージは抱いてはいないだろう。だから君のクビの弁明などしないさ。そんなことをしたら、私だって身内に甘いやつと思われて大臣の信用を失うからね。人を推薦したかったら、まずその能力を見せつけることに過ぎるものはない。だからまず君のドイツ語能力を大臣に見せつけて、信用を得るんだ。それが本来の君にもどる最短の道なのだ。

 で、そのエリスという少女、いいか、君らの関係がどんな深いとしても、どれだけ彼女が真剣に君を愛しているとしても、君という天下の人材にふさわしい恋ではないんだよ。あくまでも、なんとなく成りたった「惰性の恋」にすぎない。だから、つらいかもしれないが、それはわかるが、断ち切れ!

 まあ、大演説ですよね。相沢の表情まで浮かびますね。

 で豊太郞の返事……。多言はないです。

 「わかった……君の言うとおりにする、彼女とは別れるよ」

 えええ? 拍子抜けしませんか?


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