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大人の「現代文」49……『舞姫』ここなんです。


豊太郞の葛藤(実は「分裂」)の「内実」その1

 
 ここが『舞姫』読解の最大のポイントではないでしょうか。彼はエリスとの間に、「人として最も尊重すべき倫理感覚」を意識していながらも、それを踏みにじって「故郷日本」を選んだたわけです。ということは、「相沢」や「天方大臣」のいる「故郷日本」には、エリスとの「倫理感覚」を上回る「何か」があったということになりますよね?でも、よく言われるように、それが単に「出世とか金銭」であるならば、この作品は現代に生きる名作にはならないと思うのです。(実際、そういう風に理解され批判されることは、昔も今も多いでしょう。私の実感としては現代の生徒にはさらに多くなってきています)

 ここらへんは、重要なので慎重に表現しなければならないのですが、豊太郞にそういう俗な欲求があったのは確かです。「故郷を思ふ念と栄達を求むる心」ですから。でも、それだけなら、豊太郞は「葛藤」(というより「分裂」)する必要はないと思いませんか?

 問題は「エリスとの愛を選ぶか出世・金を選ぶか」ではないと思うんです。「絆という倫理感覚」が通用するのは「(日本的な意味での絆感覚がない)欧州大都の人の海」ではなく「日本」であったということではないでしょうか?

「日本」なら、この「百パーセント信頼する人を裏切ってはならない」という「倫理」は問答無用に通じるのです。問答無用に通じる世界だからこそ、つまり全く疑う必要のない世界だからこそ、相沢や天方伯への「即答」が可能になるのです。(いや、即答せざるを得ないのです)でもかの地では、それは通用しない。豊太郎が相沢に共有する感覚は、かの地では、期待できない。(豊太郎はドイツ語がペラペラなわけだから、意志疎通をするのに全く支障はないわけです。でも、日本とは違うんです)

 考えてみてください。エリスだって「味方」であり「友」(以上)であり、「信じて頼む心を生じたる人」なのです。

 なぜエリスには「絶対お前を離さない」と「即答」できず、相沢や天方大臣には「わかった(しばらく)エリスとわかれる」「はい帰ります」と即答できるのでしょうか?両者のバックグラウンド以外に理由を求めることができるのでしょうか?


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