13.俺はそんなヤツじゃない②
“人に迷惑をかけない”
そうやって生きている俺は、自分のことなど気にしない。迷惑かけなればそれでいい。
そんな俺は、職場の人たちや俺のことをよく知らない人たちからは、真面目、大人しい、優しそう、ちゃんとしてる、そういった印象を持たれることが多い。
だが俺は、みんなが思っているようなヤツじゃない。
俺は人並みに清潔感もあるし、昔から比較的健康に育った。ただ、ある一箇所だけ体の部位で弱いところがある………
『歯』だ。
保育園の頃、虫歯が何本もできた。俺は幼少期、ハミガキが嫌いだった記憶はある。でもさ、それって親のしつけの失敗だと俺は思うんだよね!! 3人兄弟の末っ子の俺だ、きっと親もなぁなぁになっていたんだろうな。ちくしょう。
少し前に「俺、昔めっちゃ歯医者行ってたよね」と母親に言ったことがある。「そうやったかね」と、母は覚えてなかった。こんちくしょう。
虫歯を治しては、歯科検診で2〜3年に一度はまた虫歯が見つかり歯医者へ通う。保育園、小学、中学、高校とずっとその繰り返しだった。言っとくけど、小学以降は人並みにハミガキはしてましたよ!! 雑やけど。
19歳のとき、俺は大阪の専門学校に通い、一人暮らしをしていた。そしてまたヤツがやってきた……。何度倒しても何度倒しても現れる虫歯が……。
「なんでやねん!」慣れない大阪弁で俺は嘆いた。
四国の田舎だけでは飽き足らず、大阪でも登場しやがった。俺の人生は虫歯と共にあるのか……。ふざけんな、虫歯のバーカ。
再び歯医者に通うようになった。
もううんざりだ――。めんどくさい――。金ももったいない――。虫歯なんぞに金使いたくねぇ――。治してもどうせまた虫歯できるし――。
もういい! 自分の歯なんてもうどうでもいい!! 食えりゃええねん!!! 別に人に迷惑かからんし!!!!
治療途中だったが、俺は歯医者に通うのをやめた。
時々、猛烈な痛みに襲われることがあった。そんなときは市販の痛み止めを飲んだり、頬を冷やしてみたり、冷水を口に含んでみたり、ベッドのマットレスを殴ったりして気を紛らわした。「いてぇーくそー」と叫びながら俺はマットレスを殴った(マットちゃんごめんよ)。それでも歯医者には行かなかった。痛みなら我慢すればいい、それが俺の考えだ。別に人に迷惑はかけてないし――。
――歯医者に行かず10年が経った。
俺の歯は、みるみる欠けていった。
初めて歯が欠けたのは20歳のとき、場所は蒲生四丁目にある体育館、学校の行事で体育祭みたいなやつがあって、それの練習前にメロンパンを食べていた。
「なんか硬いのがあるなぁ」メロンパンの上に乗ってる四角い砂糖みたいなやつ、あれだと思って一生懸命噛んでいたが、いつまでも無くならないそれを口から出して見ると、歯のカケラだった。
メロンパンで歯欠けたんやけど……えっ。
周りの人たちに気づかれないよう、そっと体育館の床に捨ててやった。
歯が欠けても別に気にしません。歯医者には行きません。食えりゃいいんです、食えりゃあ。人に迷惑かけるわけでもねぇでしょ。
――そんなこんなで10年。
上の両奥歯左右3本ずつ、下の歯が1本、計7本の歯が欠けて、ほとんど無い状態になった。それでもちゃんと咀嚼して食べれてたから大丈夫。残っている前歯周辺を使って咀嚼していた。
そしてあるとき、遂に前歯が欠けた。その歯は咀嚼するとき、特によく使っていた歯だった。
うわぁ、まじか……。
さすがの俺もこれはまずいと思い、10年ぶりに歯医者へ行く決心をした。
欠けてほとんど無くなっていた7本の歯は、完全に抜歯するしかなかった。そして上の歯6本の選択肢は2つ、保険適用の部分入れ歯か、保険適用外のインプラント。俺は迷わず部分入れ歯を選んだ。食えりゃあいいし、歯なんぞに金かけたくねぇからだ。
それでも後悔はない。10年前歯医者に通うのをやめたのも、歯が欠けても歯医者に行かなかったのも、入れ歯になる可能性を感じていても歯医者に行かなかったのも、そのとき自分で決めたこと。あのとき、それでいいと思ったのだから、今こうなってもそれでいい――プラマイゼロだ。自分のことなんてそれでいい。人に迷惑かけてないならそれでいい。俺はそういうやつだ。
テレビで、ある50代の芸人が「歯が8本無い」とネタにしていた。
俺は29歳にして歯が7本無い、そして部分入れ歯だ。
ふふっ、俺の勝ちだ!! 俺は興奮する。
みんなはさ、旅行行くときに、必ず持っていく物ある? 俺はポリデントと入れ歯ケースかな。
みんなはさ、ポリデントかタフデント、どっちにするか迷ったことある? ちなみに俺はポリデントの108錠入りを買っている。理由? 特にないよ。
ポリデントを買うとき、店員さんは「おじいちゃんにでも頼まれたんかな」きっとそんなふうに思っているだろう。
ふふっ、違う、それは俺が使う!! 俺は興奮する。
歯が7本無くて部分入れ歯である事実は、俺のまわりの一部の人しか知らない。隠してるわけじゃない、言ってないだけ。わざわざ隠す必要もないけど、わざわざ言う必要もないよね。そんなん言うタイミングもないし、突然ぶっちゃっけても心配されるか、引かれるだけ。
当時の職場を辞めるとき、送別会を開いてくれた。今まで散々気を遣って大人しくしてたから最後ぐらいは、はっちゃけようと思った。酒の力も借りて、ハイテンションでふざけて、まわりにウザ絡み。仕事のときと違うそんな俺の姿に「普段隠し過ぎでしょ」「仕事のときと違い過ぎてびっくりしました」とまわりは驚いていた。そんな俺に、みんなが徐々に馴染んでいき、俺のことをいじったり、ツッコんだりするようになった。
――場は十分に温まった。そして今の関係性。なにより酒の力。
今だ!!!!
俺はとっておきの切り札を出す。
「実はみんなに隠してたことがある……。
実は俺………
入れ歯でしたーー!!」
俺は外した入れ歯を高々と掲げた。掲げた入れ歯に電気の光が反射して煌々と輝き、誇らしげに見えた。
「ざわざわざわ……」
みんなの思考が一瞬停止したあと、場にどよめいた微妙な笑い声。温まっていた空気は少しぬるくなった。いじられることも、つっこまれることもなく「何で入れ歯になったんですか?」って聞かれただけ。
うん……もう二度とこんなことしない。
自分から言ってもウケないんだな、きっと。俺は学んだ。
っていうことで、みなさん遠慮なくいじって下さいね。
言うとくけど、俺の見た目と雰囲気は、ちゃんと歯ありそうなやつだからね。あえてこれは言っておく。
そして、俺はちゃんとハミガキはしてるからね。これは念を押して言っておく。俺はちゃんとハミガキしてます!!
みんな、歯無くてもなんとかなるからね。気にすんな。
ガム噛むとき、ガムに入れ歯持っていかれると思ってたけど、わりと大丈夫やったのよ。ただ、入れ歯のピンクの部分でガムを噛んじゃうと、次第にガムが入れ歯にへばりついて取れなくなる……。
気になってた女の子にガムもらって噛んでたんやけど、途中で入れ歯にガムへばりついてね……。口と舌をモゴモゴさせながら取ろうとしたけど取れなくて、トイレ行ってこっそり入れ歯外してガムを取った経験があります。いや、別に入れ歯であること気にしてないけど……うん。
ガムと入れ歯とデートは、相性悪いので注意。お餅もそんな感じやけど、ガム程ではない。
ガムと入れ歯とわたし〜♪
最後に、部分入れ歯あるあるを一つ。
『エノキが隙間に詰まりがち』
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