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「答え」=意見

結論、答えとか正解ってのは人の数以上にある

答えは受け取るものではない

もう少し正確に言うと、
受け取ったものから自分で作り出すものだ

受け取ったものをそのまま答えだとすると、自分自身の首を絞めることになる

「聞いていたことと違う!」
「マニュアルには書かれていないじゃないか!」
「そんな説明(報告)なんてなかったよ」

と言ってしまっていたら要注意だ

答えとは、自分の意見のことだ

受け取ったものはあなたの答えではなく、
相手の答え、つまり、相手の意見なのだ

大抵、受け取る場合、答えにたどり着くまでに考えた全てを話す人はいないし、多くの人は「簡潔に要点を話してくれ」と思っているので細かく聞こうとすらしない

理由はともあれ、自分で整理したくないのだ

だけど、話をしっかり聞かずに、判断するなんてできない

例えば、2リットルの水が1万円で売られていたとして、あなたなら買いますか?










ココは砂漠で最短でも5時間は歩かないと町にたどり着けません
あなたは1万円の水を買いますか?


他にも条件が追加されるかもしれません
現状を確認すると既に十分な水を持っているかもしれない

私たちは、表に出てきている情報が全てだと思いがち

だけど、そうではない

与えられた情報はほんの一部に過ぎない
いかに、隠れた情報を引き出すことができるか、どこまでなら納得できるかという指標は自分で作ったほうが良い

めんどくさいけど、急がば回れ

あなたの答えを作るための素を集めるためにできることは何でしょうか?

与えられることを待っていればいいのでしょうか?

抽象的な注文をだけだと、望み通りの料理が出てこない

中華料理を頼んで、激辛料理が出てきたからと相手を非難しますか?

目的を伝えずに、安いスマホを買ってきてほしいとだけ頼んで、本来スマホでしたかったことができないものを買ってきた相手のことだけをバカにしますか?

答え(自分の意見)は、相手とズレていることがほとんどだけど、近い存在ほど、ズレがないだろうと思い、ズレていると許せなく思う

海外のひとが、自分の家に土足で上がろうとしても、文化が違うからと意外と許せてしまうもの

ロボットも人型に近づくほど違和感を感じる

近いからこそ、ズレを擦り合わせる意識をしなければ、自分がイライラしたり、相手に無駄な時間を使わせてしまうことになってしまうということを、私たちは知っておく必要がある

大切な人は意外なほどあなたの近くにいるのだから

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