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天の道~真実の行方 12話       2024小説大賞応募作品

      天の道~真実の行方 2章-①

此処はともすれば
大なり小なりに、生と死を賭けたヒューマンドラマの生み出される場所。
門を開けば、病める人達が救いを求め、今日も大勢訪れてくる。

己の感傷に浸る間もなく、その流れに身を置けば
頭と身体は、おのずと別々に動き出す。
立ち止まる事を知らない時間の中に、忙しく身を任せている事が
今の瞳の救いとなっていた。

この歪んだ環境の世界で、穏やかに時間が進む事など
あり得ないと知っていながら
此処で生きて行こうと決意した瞳にとって、こうするしか
なす術を知らなかった。
だが……瞳の予測した通り、問題回避の上に成り立った望む(平穏)
状況など、やはり、そう長くは続かなかった。

『小さな天使』への傷もまだ癒えてはいないと言うに
日を浅くして『その日』はやって来た。
神様が敷いたレールの上に乗っかってしまったのが、偶々瞳だったのか
それとも、最初から瞳に与えられた運命だったのか……

いずれにしても、何かに導かれるようにしてスタートした『その日』。
空にどんより掛かった雲に「雨になったら嫌だな」という思いが
普段から出勤時間の早い瞳の朝を、より一層早くさせるきっかけになった。
仕事開始には充分すぎるほどの時間に駐車場に到着し、職場への道すがら
降らなかった雨にホッとし再び空を見上げると、雨を匂わせた黒い雲は
複雑な広がりを見せ、それはまるで、何かを暗示するかのような
不気味な気配を漂わせているようにも見えた。

更衣室を出て、階段を3階まで上がり真っすぐ突き進んだら
此処から先……毎回、自分の心を殺さなければ
生きてはいけない戦場へと、足を踏み入れる心境になる。
奥のスタッフルームへ行こうとした、その時

「ちょっと、ちょっと」
手招きをして瞳を呼び止めた夜勤明けナースの坂口とし枝に
捉まってしまった事が、『家を早く出る」という仕組まれた
神様のシナリオだったのかも知れない。
勤務中でも、必要以外は余り言葉も交わさない仲の瞳に
話しかけてくる事態、よほど、喋りたい内容だったらしく
誰かの訪れを待ちかねていた所へ現れたのが
瞳だったに過ぎなかった。

「あのねぇ……昨日の夜、すごい事があったのよ」

「ふ~ん……何?」

キョロキョロと辺りに人が居ないのを、確認する慎重さは持ち合わせて
いたようだが、少し興奮気味の彼女の口から、無防備に
『昨夜の凄い事』は、こうして瞳に伝えられた。
溜まっていた鬱憤を、他人に喋るという行為で晴らし、自己満足で
満たされた彼女は、瞳の感情の変化など気づきもしないまま

「だけどねぇ……師長があそこまでやるとは、思わなかったなぁ」

そう言い残し立ち去ってしまった。
こんな話、、誰が信じよう……だけど、例え世間が信じられないと
疑おうと此処に身を置く者達にとっては、普段の日常を元に
それが普通に通じてしまう。
少なくとも瞳にとって、先に小川由美から打ち明けられた情報から
いつかは、とんでもない事がおこってしまう予感を
この環境下に感じていた矢先だった。

信じられない事が起こってもおかしくはない、そんな環境にある世界だ。
バクバクと脈打つ鼓動、ガクガク膝は震えだし
立っているのもやっとの定まらない姿勢。
あの『小さな天使』の姿が脳裏に浮かんで消えた。
色調が失われ周囲がモノクロに移るその目に、ガラス越しに飛び込んできた
黒い空から、まるで『見ているよ。許さないよ。』と
嘆いた囁きが聞こえてくるような気がした。

何故、あれほどまで、あの日、空が気になったのだろう。
どうやってその後、一日を過ごしたのか、よく覚えていないのに
何度となく見上げた空だけは、瞳の記憶の中に今もはっきりと残っている。

いくら通用してしまう、と言っても、やはり確認せずにはいられない。
その時の夜勤相棒は事もあろうに、瞳の親友、大山順子だった。
坂口とし枝に置き去りにされ、次に起こす行動さへ分からず失認状態で
呆然と立ちつくす瞳の傍へ、ラウンドを終えナースステーションへ
戻る途中の順子が、声を掛けてきた。

「どうしたの瞳?具合でも悪い?」
その声にようやく我に返った瞳。
「……順子」
「ン?……顔色悪いよ」
瞳の顔を覗き込む順子に
「昨夜の事……本当なの?……とし枝さんに聞いた」
ストレートにぶつけてみた。
一瞬、困惑したような表情をみせた順子だったが
「まさか、ね。師長があんな事するなんてね」
有無のかわりに肯定の言葉が返った。

同じセリフを二度も聞かされ、受け止めざるを得ない事実として
この時から、真実の物語は、瞳の胸に深く刻み込まれる事となる。
神様の罠が仕組まれたレールに乗っかかってしまった瞳。
動き出した列車は、静かに加速しようとしていた。

眠りの浅いノンレム睡眠時、抑制された強い現実逃避の現われが
時としてフラッシュバック現象となり出現する事が在る。
忘れてしまいたい記憶を無理に封じ込めている場合、一方で
記憶に対し、残ってしまった心がある場合など、行き場のない
アンバランス性が暴れ出し、本人の意図しないところで、突然に記憶が
呼び戻されてしまうのだ。

それを味わう事で忘れたい記憶は‟確かにあった事”として
再認識させられるかのように、新たに取り込まれてしまう。
消したい記憶ゆえ……それを垣間見てしまう現象の恐ろしさは
経験した者にしか分からないだろう。
だがそれは、一度経験してしまうと、、安易に繰り返しやって来る。

寝付けない夜……ようやく眠りを得た瞳に突然
『小さな天使』の姿がフラッシュバックとなり現れて、繋がった意識が
やがて、夢ともうつつとも分からない世界へと、独り歩きを始める。
一人の瞳が、二つに分かれて別々に動き出す瞬間……

「助けて!行きたくない!」
と叫ぶ瞳の声は届かず、もう一人の瞳が歩き出す。
声にならず、身動きは取れず、それは例えるならば、金縛りの状態に
非常に良く似ているが、フラッシュバックには記憶の要素があるので
目的を持った意識がそのうち、一人歩きをしてしまう。

『悪』に気付きながら、まだグズグズと行き先を見い出せずにいた
整理出来ない瞳の心が、こんな形でしか確かめずにはいられなくなったのか
小川由美から打ち明けられた夜もそうだった。
悪夢の世界で、瞳は自分が遭遇してしまった出来事として
新たな物語に入り込もうとしていた。












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