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Alex Chilton - Free Again: the 1970 Sessions

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新型コロナウイルスどころか、その媒介となるべき人間すらここ数日姿を見ていない。日本のディープサウスのクソ田舎は相変わらずひっそりとしている。急いでやるべき農作業もないし、出かけるべきところもない。したがって、昼間っからお湯で割った安い焼酎をちびりちびりとやりながら音楽を聴いたり、このような文章をタイプするくらいしかやることはないのである。

今目の前で回っているのは『Free Again: the 1970 Sessions』。アレックス・チルトンの幻の1stアルバムとでもいうべき作品だ。普段あまり聞かないこのレコードを、ターンテーブルに乗せたのは、タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を鑑賞したばかりだから。この作品を見たアレックス・チルトン好きはみな同じことをしているかも。それはただ、劇中にBox TopsのChoo Choo Trainが使われていたから、だけではない。

この映画の舞台は、1969年のハリウッドである。ちょうど同じ頃、メンフィスのアーデント・スタジオでは、アレックス・チルトンによって後に『1970』として発表されるソロ作のレコーディングが行われていたわけだ。それは、Box Topsに限界を感じていたアレックスにとっては、不安と焦燥と希望に満ちたセッションだったはずである。

しかしその出来は、あまり芳しいものではなかった。いや、もちろん悪いわけではない。「The Letter」という国民的ヒットを飛ばしたシンガーの初ソロとしては、何か物足りなさの残る作品であるというだけで、聴くべきところはたくさんある充実した作品だとは思う。南部的なサウンドのみならず、西海岸のドラッギーな雰囲気が伝わってくるのも興味深いところ。

実際、シャロンテート事件の前年である1968年ごろ、アレックスは、マリブあたりのデニス・ウィルソン邸でチャールズらに会っている、らしい。もちろんそうした事情を知っていたであろうタランティーノは劇中で当時のヒット曲でもあったBox TopsのChoo Choo Trainを使っている。

このときアレックスが遭遇したのは、デニス・ウィルソンやブライアン・ウィルソン、テリー・メルチャーら業界人、そしてチャールズ・マンソン。いずれにせよLSDやらなにやらでブッとんだやつばかりだったはず。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でタランティーノが描いたのも、美しきハリウッドのノスタルジックな風景と、その一部でもあった狂った世界。そしてマンソンファミリーvs古き良きハリウッド、つまり狂人 vs 狂人の勝負であり、どちらの妄想が勝つか、である。もちろん、タランティーノの映画なのだから最後は映画人の狂気が勝利するのだけど、映画に対する思い入れのない人には、昭和天皇ばりに「あ、そう」で終わってしまいそうな、いろんな意味でさすがはタランティーノという作品ではある。

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