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The Band - Northern Lights-Southern Cross


2020年代の幕開けから数年間、パンデミックによって、ツアーをキャンセルせざるを得ず、仕方なくスタジオに篭り制作を続けた音楽家は数知れず。この期間にリリースされたそれらの成果は、音楽への純粋な興味、文明あるいは自然との調和など、音楽家のさまざまな想いが表現されているようで実に興味深かった。

中には、1966年にバイク事故によってツアーに出られなくなったボブ・ディランと後のThe Bandがキャッツキルの田舎町でつくり上げた作品の雰囲気を彷彿させるものもあるにはある。だが、今の世代ゆえか、時代を挑発するようなものはほとんどなかったように思う。もちろん、僕が感知できなかっただけの可能性の方が高いけど。

古色蒼然とした田舎町をインスピレーションの源泉に、虚実入り混じるファンタジックな世界を語った『Music From Big Pink』(1968)は実に挑発的だった。浮ついたムーブメントや幻想に背を向けた隠遁者が独りごちるように放った言葉と音楽に、多くの者が耳を傾けざるを得なかった。

緻密に構築された音楽と、聖書からの引用や、南北戦争などの史実をモチーフに描かれた歌詞世界は、一聴して理解できるものではなかったはず。「ですます」調で失われゆく風景を描いたはっぴいえんどの表現もまた、懐古主義のように見せかけて実に挑発的だったという点で、同時代性に富んでいたと言える。寅さんなら、「なんでえ、随分しゃれたまねをするじゃねえか」とか難癖をつけそうな態度に興醒めした層がいたであろうことも何となく想像できる。

エリック・クラプトンをはじめ同世代の音楽家にも大きな影響を与えたThe Bandのサウンドは、ロビー・ロバートソンの手腕により作品ごとにより緻密に、より洗練されていった。それはつまり、かつてはあったはずの謎めいた男たちによる音楽のマジックの減退を意味していた。

だから『Stage Fright』(1970)以降の作品を評価しない往年の愛好家が少なくないのもわかるのだ。たしかに、もともと緻密だったアレンジはより緻密に複雑に。バンドのプレイはまるで、アラン・トゥーサン作品で演奏するThe Metersのように窮屈そうではある(抑制の効いた演奏は、それはそれで個人的には大好きだけど)。

いつにも増して前置きが長くなった。

そんなThe Bandロビー・ロバートソンが完全に主導権を握った)の集大成と言えるのが、『Northern Lights Southern Cross』(1975)だ。"Forbidden Fruit"から"Rags and Bones"まで1曲ずつ僕の思い入れを語ってもいいのだが、野暮だし、鬱陶しいだろうし、そもそも今さらクソ田舎の農夫がこの名作に付け加えるべき批評など皆無なので割愛する。ただ一言だけ言わせてもらえるならば、本作は1975年という時代に、カントリーやソウル、ブルーズなどをルーツに作り得る最上級のポピュラーミュージックであること。ギターもかなり禁欲的。とても洒落ている。

実はここまでが前置きかもしれない。

なぜ、このアルバムを今再び(年に何回は聴いているけど)ターンテーブルに載せたのかというと、とある方がこのアルバムについて書いた、「僕にはどれが誰の声だかさっぱりわからないけど」という一文に思わず眩暈がしてしまったから。その方のことを僕は、事実を踏まえつつ客観的かつ独自の評論をする信頼できる書き手だと思っていたから、なおのことショックだったのだ。

リチャード・マニュエルリヴォン・ヘルムリック・ダンコの歌のちがいすらわからずに、いったいThe Bandの何をどう聴いていたというのだろう。もちろん、いろんな聴き方があって然るべきだ。いや、でも、だけど……。あまりの衝撃にどうしていいかわからず、その勢いでこんなテキストを書いてしまった。

まだかまだかと待ち構えているところに、リチャード・マニュエルの憂いのある歌が聴こえてきたときの感動と言ったら! 暴言が許されるなら、僕にとって最後のスタジオアルバムである『Islands』(1977)なんてリチャード・マニュエルの声を聴くためだけにある作品でしかない(完全に暴論だ。でも、明らかにそれまでの作品と比べて緊張感がない。いや、いい曲もたくさんあるんだけど、自己模倣的な楽曲は、らしくないというか)。

というわけで、3人の歌が堪能できる"Ring Your Bell"で締めることにする。アレンジはもちろん、演奏も素晴らしい。


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