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Norah Jones - Visions(2024)


おいしいワインは感動的においしいが、おいしくないワインが壊滅的においしくないのはなぜなんだろう? 

一方、同じ醸造酒である日本酒はだいたいおいしい。地球上にあるすべての日本酒を試したわけではないが、北海道、東北、北陸、関東、中部、四国、九州まで、各地の代表的な銘酒を味わった経験上、好みかどうかはさておき、おいしくない日本酒を飲んだ記憶がほとんどない。それは僕がどうしようもなく日本人である証かもしれないが。

それは日本酒造りの工程が複雑なので不味くなりようがないのかも知れない。だからと言って、ワイン造りが日本酒造りよりも簡単だと言いたいわけではない。もちろん日本におけるブドウ栽培が稲作より難しいものであることくらい百姓はちゃんと知っている。

ただし、極端なことを言うと、糖分のあるブドウを原料とするワイン造りの場合、糖化の工程が不要なので、収穫したブドウを潰して樽にぶちこんでおけば(運が良ければ)アルコール発酵がおこり、さらに運が良ければ、とてもおいしいワインができてしまう可能性がある。

ブドウの出来不出来に大きく左右されるワインは、その工程のプリミティブさゆえ醸造家の個性が刻まれやすい飲み物なのではないか--。なんだかとても当たり前のことを回りくどく書いただけのような自覚はあるのだが、ワイン片手にNorah Jonesの新譜『Visions』を聴きながら、そんなことを考えていた。

彼女は大学でジャズピアノを専攻したインテリ。しかも、ブルーノートからのデビュー作は大ヒット。これだけ見ればジャズ界のエリートだ。しかし、その本質はそれだけではなかったのだ。今だから言えることだけど。

日本のディープサウスの農夫は、熱心にとは言えないもののそれなりに彼女の作品をフォローし続けてきた。なかには僕の音楽的素養のなさゆえピンと来ないものもあった。そんな農夫に平手打ちを食らわせてくれたのが『Little Broken Hearts』(2012年)。それは、”Norah Jones”という音楽の懐の深さと鋭利な輪郭が見事に表現していた。

それからまたぼんやりと彼女をフォローし続けた僕が、発売と同時に購入したのがLeon Michelsと組んで制作された『I Dream of Christmas』(2021)だった。お利口さんになりがちなクリスアルバムにあって、お利口さんではない”Norah Jones”がありありと表現されていた。しかも、オリジナル楽曲も粒揃い。

2人の関係性はさらなる熟成をみせ、タンニンとコク、樽香のバランスに優れたワインのような、程よい余韻が楽しめる素晴らしい作品を届けてくれた。本作は、もう1本同じヴィンテージのものがほしくなる、そんなワイン、いやレコードだ。

彼女はいわゆるシンガーソングライターなのではなく、今回のLeon Michelsとのコラボレーションのように、気の合うプロデューサーと呼応するかのようにして音楽を紡ぎ出す巫女のような存在なのかもしれない。

「それについては話をしたくないの、ただ踊りたいだけ」

今作の個人的ハイライトは、これ以上ないほどにシンプルな言葉で、とても饒舌なシークエンスを描いてみせる”I Just Wanna Dance”。余韻も素晴らしいこの楽曲(テンポを落としたLIVEバージョンも素晴らしい)には、程よく熟成した美味しいピノ・ノワールをあわせたい(けど、お金がない)。


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