第20回 東京で食べられる中国内モンゴル料理~「ガチ中華」の地方料理⑩
第18回中国内モンゴル、第19回モンゴル国と、それぞれ同じモンゴル民族でありながら、現地で食べられている料理は、基本は同じ系統ながら、中身はずいぶん異なっていることをお話ししました。
東京ではどうでしょうか。
そこで今回は、東京でぼくが食べた内モンゴルの料理を紹介します。
豚肉が当たり前の中華のメニューも、羊肉を使うと草原の味になります。必ずしも内モンゴル出身の人たちの店だけではなく、内モンゴルに近い東北地方の華人経営の店で出された料理も含めています。
まず前菜や酒のつまみ系から。
■塩水羊肝
新鮮な羊レバーの塩茹でで、塩水羊肝(イエンシュイヤンガン)といいます。
さっぱりした口当たりですが、口の中でレバーならではの濃厚なうまみと香りが広がります。ビールというより、内モンゴルの白酒のような強い酒がほしくなるつまみです。
■羊心
羊ハツのピリ辛和えで、羊心(ヤンシン)といいます。
めったに食べられない稀少部位なのが羊心(ヤンシン=羊の心臓。ハツのこと)で、脂肪が少ないこの部位はコリコリ、サクサクとした歯応えがあります。正式なメニューにはないけれど、新鮮な部位が手に入ったときだけ、そっと出されるようなことが多そうです。
■チャンサンマハ(手扒肉)
まず骨付き羊肉塩茹でで、中国語では手扒肉(ショウバーロウ)といいます。軽い塩味がついていますが、醤油ダレや場合によってはトウガラシをつけて食べます。都内にはモンゴル特産の岩塩を使う店もあります。
次に粉モノ蒸し料理の包子系。
■ボーズ(包子)
モンゴル風羊肉入り蒸し料理のボーズ(包子)です。 ボーズの名は中国語の「包子(バオズ)」が由来とされますが、内モンゴルでもよく食べられています。サイズは大小あって、小籠包のような形をしており、肉汁が出てくるので、調味料なしでもいいですが、黒酢をつけてもいいかもしれません。
■羊肉焼売
羊肉入り蒸しシューマイが羊肉焼売(ヤンロウシャオマイ)です。
内モンゴルではよく食べられています。羊の粗びき肉やネギ、ショウガなどを胡椒などで味つけして、よく練り込み、餃子に比べて少し薄い小麦の皮で包みます。肉の量がたっぷりですが、蒸しているので油は抑えめに感じます。
■シャルピン(羊肉餅)
羊肉入り焼きパンのことで、シャルピン(羊肉餅)といいます。
羊のひき肉やネギを炒めて、中国の餅(ビン)にはさんで焼いたもの。モンゴル風のミートパイといってもいいでしょう。衣は香ばしくてやわらかく、口に入れると肉汁が染み出てきます。ビールのつまみには最高です。
そしてスープやヌードル系。
■羊雑湯
羊のホルモン入りスープで、羊雑湯(ヤンザータン)です。
「羊雑(ヤンザー)」は羊のホルモンのことで、白濁した羊ダシスープの中に羊肉や細切りにした各種ホルモン、干豆腐が入っています。このスープは内モンゴルだけでなく、中国北部では広く食べられています。
■ゴリルタイシュル(羊肉湯麺)
羊スープうどんのゴリルタイシュル(羊肉湯麺)です。
白濁するまで骨ごと煮込んだ濃いめの羊スープに、羊肉とうどんのような太めの麺を入れて食べます。ダイコンやネギ、パクチーが入っています。内モンゴルをはじめ、西北地方の伝統的な庶民料理です。シンプルですが、味わいある一品です。
最後は鍋料理。羊肉しゃぶしゃぶは、モンゴル語でハロントガといいます。北京で涮羊肉(シュワンヤンロウ)と呼んでいる火鍋に近いものです。 しかし、お湯でしゃぶしゃぶする涮羊肉とは違うモンゴル式羊鍋(蒙古火鍋)があることは、第18回で紹介しました。
はたしてこれが食べられる店が都内にあるのでしょうか。 高田馬場の馬記蒙古肉餅のメニューをみると、蒙古火鍋が書いてあったので、友人と一緒に注文したことがあります。
内モンゴルでは、火鍋は四川のように激辛スープなど使わず、新鮮な羊肉のダシでとったスープで食べます。この店は昔ながらの石炭を使う煙突付きの鍋で情緒があります。 ただ……。ぼくが内モンゴルのハイラルで食べた蒙古火鍋とはちょっと違いました。
ぎっしりと肉や具材が鍋に押し込まれているさまは現地風で、羊スープを注いでいたのには違いなかったのですが、味がちょっと……。おいしくないとか、そんなことを言いたいわけではありません。
日本で現地と同じ味を求めること自体、間違っていたのに違いありません。あの草原の町でいたるところに羊が放牧されているような環境だからこそ、実現できることを日本でやれというのは無理な相談だからです。こういうことは「ガチ中華」の世界ではよくあります。
さて、今回3軒の内モンゴル料理の店を紹介しましたが、それぞれ特徴が違いました。
まずシリンゴルは、1995年5月1日オープンという日本で最初の老舗モンゴルレストラン。お出かけになった方も多いかもしれませんが、馬頭琴の演奏などもあるスペシャルな店です。
そして、メニューの料理名は、内モンゴルでそうであるように中国語の漢字で表記される料理もありますが、基本的なものはモンゴル語の読みで表記されています。
一方、残りの2軒のメニューはすべて漢字表記です。
高田馬場の内蒙人家(ネイモンレンジャー)は、内モンゴルのフフホト出身の漢族の男性が2020年1月に始めた店で、つまみ系の味つけなど、いかにも華人好みのメニューが多い気がします。
そして、同じく高田馬場の馬記蒙古肉餅は2016年9月に内モンゴル出身のイスラム教徒である回族の夫婦が始めた店です。ですから、ハラール中華のジャンルに入ります。
ひとついえるのは、シリンゴルが1995年オープンで、内モンゴル出身の人たちが経営や調理を担当した経緯もあり、当時は今日ほど多様な「ガチ中華」の店が存在しない時代だったので、純粋にモンゴル料理の店と受けとめられてきたように思います。
ところが、2010年代半ば以降の「ガチ中華」隆盛の時代になると、内モンゴル出身でも華人や回族の人たちが店を始めることで、料理とともに、その提供のされ方などが違っています。そもそも料理名が中国語名です。
こうしてみると、延辺朝鮮料理や新疆ウイグル料理とともにモンゴル料理は、日本で供される場合でも、現地と同様に、担い手によって異なる様相を見せていることがわかり、興味深いといえます。
彼らは同じ内モンゴルに住んでいても、モンゴル人か、華人か、回族かによって料理の世界も微妙に異なり、その違いが日本でも見られるのです。 次回紹介するモンゴル国の人たちが日本で供する料理でも同じことがいえそうです。
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