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エピソード(10)「黄金の華の秘密」そしてDeepBody

数奇な運命を背景に持つ本である。

もともとは「太乙金華宗旨」がタイトルで、ドイツの中国学者リヒャルト・ヴィルヘルムのドイツ語訳である。

私自身は「周天」という行法に関心があり、西野流呼吸法を実践し始めた当初、湯浅泰雄著「気、修行、身体」(平河出版社、1986)を読んで、その中の図でこうした書物があることを知った。

 

ユングの書物は無意識、深層心理学として主として河合隼雄先生の訳書で愛読した。彼は1913年、師であるフロイトと決別し、ほぼ10年、彼の内なる関心である無意識の構造を求め、苦悶していたという。そうした折、本書に詳しいが、あるZurich大学の会合でユングはヴィルヘルムと出会う。

ヴィルヘルムはドイツのプロテスタント主任司祭として、1899年、中国の青島に着任。しかし東洋思想に関心が移り、「易経」の独訳を、道士、労乃宣の助けで完成する。

ヴィルヘルムは夭折したが、その直前にユングに手渡したものが、この訳本「黄金の華の秘密」と「慧命経」の一部訳である。

 

最近、訳者である湯浅先生自身の生涯を知った。実は玉光神社本山キヌエ(本山博氏の母堂)に青年期指導される中で、ユング研究を勧められたというエピソードを知って驚いた。

 

本書の内容はそうした意味で、まさに西洋思想と東洋思想の相互理解の書であり、我々西欧思想で教育を受けた日本人にとって、東洋思想を再認識させるものである。

すでに電子ジャーナル「呼吸臨床」の連載第11回の1部として紹介してあるので参照(リンク(なお全文ダウンロードにはID/PW登録が必要)https://kokyurinsho.com/focus/e00091-1/)。

 

さて今回再読して、ヴィルヘルムが生涯をかけたものは、西欧が再活性化すべき東洋思想の背景にある身体論であることを思った。

本翻訳書はこの面で非常に興味ある章に分かれている。

たとえばユングの「ヨーロッパの読者のための注釈」、ヴィルヘルム「太乙金華宗旨の由来と内容」、そして本文である「太乙金華宗旨」、「慧命経」、そして周天の理解としては後者の「2.六候、3.任脈と督脈」である。

さらには最後の湯浅による「訳者解説」は必読である。むしろ中国経典である本文より、ユング、ヴィルヘルム、湯浅による東洋身体論理解として面白い。

 

重要なことは西野流呼吸法基礎には、かかる東洋伝承のBodyworkが加味されていることを認識すべきである。

 

また今回DeepBodyの立場から、デカルトに始まる精神・身体二元論と東洋的身心一元論(たとえば西田幾多郎「絶対矛盾の自己同一」)の根底にあるものとして生物学的背景に思い至った。

すなわち進化における旧脳(皮質下)・大脳辺縁系のエネルギー溢れる生命維持・運動機構と、さらにその後の進化による演算系大脳皮質(現在の機械学習、AIのモデル)の差であり、「周天」のような方法論で旧脳(皮質下)系の活性化志向がユングやヴィルヘルムの求めたものかと気づかされた。

精神・身体二元論のBodyworkによる生物学的克服である。

 

 

最後にユングを巡る想い出を記したい。

2019年6月西野流呼吸法海外指導でZurichのTimur先生のグループを指導した。

(写真)


その折、かねて念願のZurich湖畔のユング博物館を訪れた(要予約であったが見学を許された)(タイトルの写真はユング博物館遠景)。

館内を歩いて、感激したのは居間(書斎?)にガリレオ・ガリレイの肖像画が掛けてあったことである。ユングは自分の切り開く領域が全く新たなものとして、地動説のガリレイを毎日眺めていたのだろうか。

 

ユング書籍の多数を訳された河合隼雄先生の思い出もある。

90年代初頭、関西での会合の帰路新幹線の食堂車で同席となった。私が手にしていた曼荼羅(マンダラ)の本をご覧になり「それは大切ですよ」と話してくださった。

不思議な偶然の御縁である。

(写真:この時持参していた河合先生の本にサインをいただいた)


「黄金の華の秘密」には、ユングが西洋人による曼荼羅図を10枚挿入している。そして曼荼羅の構図は実は東洋人だけのものではなく、全人類に共通する心象イメージであると述べている。

その最後の1枚はユング作画の曼荼羅という。

これを書いた直後にヴィルヘルムから「黄金の華の秘密」の独訳が届いたという。

 

河合隼雄先生にはこの御縁で、後に東北大学でがん関連の研究会で講演をいただいた。

そのお話の中で、がん緩和病棟で人気あるナースとして、「患者の病室に心と身体が同時に入ってくるナース」という話をなさった。

これには本当に感動した。

心と身体が二元論では患者の部屋に入れない、それを乗り越えられる生き方・身体の修行!

 

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