こばたじんじゃ

●宇治市五ケ庄古川(ごかしょうふるかわ)
◯ほのににぎ あめのおしほみみ
 かむやまといわれひこ
 あめのおしほながね


ユーフォニアム響く、おけいはん黄檗駅(オウバク)の西側、宇治川右岸の集落の中に坐ます。

お社は元々はコバタジンジャの御旅所で、お社は1.8km程東にあるヤナギヤマ(柳山)と云うおやまの上に坐ましたそうで(「北宇治高校」のすぐ隣の山)、ヤナギヤマに陸軍が火薬庫を建設するため、お社は御旅所にお引越ししてきゃはったそうで。

コバタには「許波多」と当てていて、

「キョ」な「許」は、「巨勢」と当てて「コセ」と発音するキョなコとおんなじで。なので、コバタはキィォハタで「大きいイの力強い蛇の土地」。

「多」は、捌いたお肉が積み重なった状態、或いは三日月がふたつ重なった象形の文字だとされてるそうで。

重なってるお肉は「牛肉」やろか?「馬肉」やろか?

(たぶん「牛肉」だと想う)

ダブルな三日月の状態って、大層明るそうやけど、何を表現してるんやろか?

お社の元の鎮座地の柳山の麓には、黄檗宗の萬福寺が在ったりして、

黄檗宗の「檗」って訓読みしたら「キハダ」と読むんだそうで、「黄檗」としても訓読みは「キハダ」なんだそう。

キハダはクィファタなら「大きいイ仕切るアの土地」。クィハタならば「大きいイと蛇の土地」。

黄檗な「キハダ」な隠元さんが、許波多な「コバタ」に来ゃはったのは江戸時代なんだけど、なんでコバタにキハダのお寺を建立しようと思いはったんやろか?

御祭神はむかしむかしから三座だったんだそうで、今はアメノオシホミミ(アメノオシホナガネ)さんと、ホノニニギさん、カムヤマトイハレヒコさんの三座。

アメノオシホミミはアミェニォ−オシホミムィならば「アの蛇の部族混じりし王、力強いシとホの蛇と牛のイ」。

アメノオシホミミの別称とされる、アメノオシホナガネは、アミェニォ−オシホヌァカニェなら「アの蛇の部族混じりし王、力強いシとホ祀るアの蛇混じる部族」。

ホノニニギはホヌォニィヌィグィならば「ホ祀る力強く混じりしイ仕切るイの牛のイ」。

カムヤマトイワレヒコはカムイァマトォウィハニェヒコなら「蛇と牛のイとアのマの月の王祀るイと蛇混じりし部族の神の子」。

五ケ庄のゴカショウは、グォカシゥイオなんならば「牛と力強い蛇のシ祀るイの王」。

柳山のヤナギヤマのヤナギ、イァヌァグィなら「イとア仕切るアと牛のイ」。

御香宮はゴコウグウ、ゴコウはゴカウでグォカウならば「牛と力強い蛇祀る」。

(「モモヤマ」は、元々は「コバタヤマ」と呼んでたそう)

コバタって「牛と蛇」のニエ(和部)住む土地やったみたいな。

ササナミミチってサシゥァヌァミムィトィならば「小さいシ祀るア仕切るアの蛇と牛のイの月のイ」。

ササナミミチをズカズカとやって来ゃはったのは、「蛇と牛の月の王さん」統べる、「馬の月の王さん」やろか?

京大のモアイ。
むかしむかし、ここに鳥居があったとさ。
ササナミミチ→サシゥァヌァミムィトィ→
小さいシ祀るア仕切るアの蛇と牛のイの月のイ。
ササナミミチって、平城山からの
木津川筋のことやろか?
梛→ナギ→ニァグィ→混じりしアと牛のイ
巨勢と同じく、わざわざキョバタと当ててるから、丹後・尾張系のイ訛り連音「キイオ」だと想う。

No. 0237

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