かしはひめじんじゃ

●阿南市見能林町柏野(みのばやしちょうかし  
 わの)
◯かしはひめ


市内平野部の真ん中の住宅街の中に坐ます。

お社は、近くに聳える津乃峯(ツノミネ)の山頂に坐ますツノミネジンジャ(津峯神社)の元宮だそうで。

社地は最近まで保育所になってたそうで、保育所が移転することになったのを機に、お社の体裁を調え直しはったとのことで。

現在は、お社は、170m程北側に坐ます八幡さんの境外摂社とのことなんだそうで。


お社辺りのは海抜は2.5m以下で、むかしむかしは海の底。その中で、お社の周囲と本社の八幡さん辺りだけは、2.5m以上の海抜が有るみたい。

なので、ココのお社元々は、内海に浮かぶ小島の側の砂州の上に展開される祭祀場だったみたいな。

170m北側の八幡さんの位置は砂州に接する岩島で、神さん降ろす磐座だった感じで。

(広島のイツクシマとか、和歌山のナカツシマとか。イの馬の集団の祭祀は、島の様な、閉鎖系の中でオコナワれていた祭祀だったんやろか?)


お社坐ます見能林(ミノバヤシ)。

ミノバヤシはミニォハイァシゥィでは「蛇混じる、力強い蛇のイとアのシ祀るイ」。

御祭神の「賀志波」な「カシハ」の「カシハヒメ」は、カシファヒメなら「蛇のシ祀るアのシャーマネス」。

(「波」は「ナミ」で、ヌァミは「仕切るアの蛇」、「氵」はミヅなミトゥで「蛇の月」、「皮」はカワなクァハで「大きいアの蛇」)

津乃峰・津峯の「ツノミネ」、ツノミネがトゥニォミヌェならば「月が混じる力強い蛇仕切る部族」。蛇仕切るのはア・イのニエ(ワシ等とソレ等の混血部族)やろか?


この辺りは、イとアの共同統治の土地で、信仰は、むかしむかしながらの、ニコライ・アレクサンドロビッチ・ネフスキーさん的な、不死の、月の、蛇の、シを崇拝する信仰。

・・・・・・・そんな感じに想えたり。


イザ(ジャ)ナミはウィシゥイァニァミなんならば「統べるイのシ祀る、イとアが混じりしアの蛇」。

イザ(ジャ)ナギはウィシゥイァニァクィで「統べるイのシ祀る、イとアが混じりしアの大きいイ」。

徳島県は阿波国(アワノクニ)。アワはアハなら「アの蛇」。

アワがアファなら「ア仕切るア」で、「荒」な「アラ」の「アヌァ」な「ア仕切るア」とおんなじみたいな。

ツクシはトゥクシで「月の大きいシ(イ)」。
チクシはトィクシで「月のイの大きいシ(イ)」。

ヒムカはシムカで「イの牛と蛇」、或いはヒムクァで「イと牛の大きいア」。

タチバナはトァトィハナで「太陽と月のイの蛇の土地」。

ヲトはウォトォで「統べる力強い月の王」。

アワキハラはアウァクィハナなら「ア仕切るアと大きいイの蛇の土地」。

アマテラスオオミカミはアマトェヌアシゥオホムィクァミならば「アの馬の月の部族仕切る、アのシ祀る力強いホの信仰の牛のイと大きいアの蛇」。

(アマテルミタマはアマトェニゥミトァマなら「アの馬の月の部族の混じわり仕切る、蛇と太陽の馬」。蛇と馬→ミマ、蛇と馬の土地→ミマナ、蛇の月→ミツ(水)、太陽の蛇→タカ(高)、太陽の馬→タマ、馬の月→マツ(松))

ツクヨミはトゥクイウィォミならば「月の大きいイ奉るイの力強い蛇」。

スサノヲはシゥシゥァヌォウォならば「シ宇すシ(イ)奉るアを仕切る王を統べる王」。


ベンって、ビョンで「端っこ」のことなんだそうで、「端っこの蛇と牛」とか「端っこのシ」みたいな。

むかしむかしむかし、プサンやらクムェ(キムェ)あたりで一体何があったんやろか?

アリウム。
お葱の花。
ネギ→ニェグィ→混じりし部族の牛のイ。
阿南の平野の田園風景。
ワタシ的には田んぼは足利。
「リリィ・シュシュのすべて」。
イワイ→イウァイ→イ仕切るアとイ。
こないだまでは保育所だったんだそう。
境内で、カシハの葉っぱ見っけ。
カシハ→カシファ→蛇のシ祀るア
近くの八幡神社。現在はココの
境外摂社となってます。
鳥居の右奥にお祀りされているのは
トイジンジャ(土肥神社)。
トイ→トォウィ→月の王奉るイ
八幡さんに坐ますヲトジンジャ。
ヲト→ウォトォ→統べる王の月の王。
馬の王やろか?牛の王やろか?

No. 0257

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