見出し画像

カセットテープを聴いている

 仕事場で置き場所を失っていたカセットデッキを家に運び込んだ。結婚直後に買ったミニコンポの一部である。29年前までは、コンポにカセットデッキが含まれていたんだなぁ。いつ消えたんでしょうね。

 まず家人がおそらく学生時代にレコード(2枚組)からダビングしたと思われるスティービー・ワンダーのグレイテスト・ヒッツを聴いてみた。ウン十年前のテープが問題なくふつうに再生されるのだから、カセットテープメーカーの技術力は驚くべきものだ。あと、A面が終わるとちゃんと自動的に反転してB面が再生されたのが、なんか嬉しかった。この画期的な新技術が登場した当時の「こりゃ便利だ!」という感動を思い出しました。

 音質は、いま聴くと耳にやさしい感じ。人生でもっとも音楽と全力で向かい合っていた頃に聴き馴染んだ音質であるせいなのか、スマホとか見ながら垂れ流すことができず、つい聴き入ってしまうのだった。

 写真に映っているのは、私が高校時代に貸しレコードからダビングしたバド・パウエル・トリオ。昔はこんなに小さくきれいに字を書けたんだなぁ。途中、「これはなんて曲だっけ?」と確認しようとした際に、そういえばカセットテープは何曲目を再生しているのかを知る術がないことに気づいた。聴き入っているつもりでも、いま何曲目かは把握していなかったのだから、堕落したとしか言いようがない。やはり、いまも昔も、便利な技術は人をダメにするのである。

 それ以降は、中高生時代にFMをエアチェックしたものを盛んに聴いている。レコードからダビングしたものはテープがダメになってもべつにかまわないが、エアチェック物件は貴重だ。FM東京だと昔のCMも残っているのでじつに面白い。とくにライブの中継はテープが損壊したら取り返しがつかないので、赤白→ミニプラグのケーブルでデッキとICレコーダーをつないでデジタル化を進めている。まあまあ聴ける音質になってます。

 たとえば、「吉田拓郎 in 武道館1979」(FM東京)。これはすごい。ひさしぶりに聴いて驚いたんだが、なんと小室等が「これから弾き語りコーナーです」などと実況している。あと、バックを務めるのは松任谷正隆バンドですぜ。

 しばらく不活発だった拓郎が7年ぶりに武道館で行ったコンサートである。曲間のトークでは、80年代を目前にした音楽界の「軟弱」ぶりを毒のある言葉で嘆き、加川良、高田渡、友部正人、遠藤賢司らにエールを送る一方で、「め〜ぐ〜る〜 めぐる〜季節の中でぇ〜」と似てない物真似を披露しながら松山千春を茶化したりしていた。あの松山千春が、先輩に上から目線でディスられる時代があったのである。

 もっとも、拓郎自身もかつては岡林信康のファンから「マスコミに迎合する売名野郎」などと叩かれていたという。その頃は男たちが岡林のコンサートに集まり、拓郎のところには女ばかり来ていたそうだ。「いまや俺のところは男ばっかり。俺の女はどこへ行った(笑)」とボヤいておられました。ラストナンバーはもちろん絶叫まみれの「人間なんて」。15歳の自分がこれをどんなキモチで聴いたのかわからないが、いま聴くと、70年代フォークが最後に上げた悲鳴みたいなステージだったようにも思う。

 その2年後、NHK-FMで生中継された「Live Under The Sky 1981」(田園コロシアム)のパコ・デ・ルシア・グループ with チック・コリアもデジタル化した。実況の児玉紀芳さんによると、パコとチックの共演はこれが世界初だったそうだ。大雨に打たれながらの大熱演であった。このとき自分は17歳。たった2年の違いだが、中三と高二では聴く音楽もずいぶん変わっていたのだな。カセットテープには、音以外にもいろいろ封じ込められている。たぶんデジタル化した音源からは、それが欠落してしまうのであろう。やはり、出来るかぎりテープのまま保存したいものである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?