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正解探しより、最適解を考える

 先日、ZOOMでのオンラインミーティングに参加していました。

主催者の方が、前もって参加者から寄せられた質問に答える、という形式でした。

 参加者の方々から寄せられた質問の多くは「これからどうすればいいのですか?」
ということでした。
仕事のこと、生活様式のこと、社会や人々の変化、テクノロジーの進化と活かし方。
前向きな質問ばかりでした。

 
 私が感じた違和感。
みなさん、「正解」を欲しがっていました。
「これで正しいですか」「これは間違っていませんか」と、しきりに確認していました。
そして、誰かに「保証」をしてもらいたがっていました。


 コロナ・ショックは、みんな初めての経験。
何が正しくて、何が間違いなのかは、誰にもわかりません。
これからどうなっていくのかも、正直なところ不透明です。
せいぜい、「多分、こうなるんじゃないの?」というところまででしょう。
少なくとも、2019年以前の思考と行動には戻らないだろうし。
人々の意識と行動が変化する、ということでしょう。


 「正解」があるのは、大学入試まで。
社会人になってからは「最適解」を探すことです。
探し続けることです。

 日本の学校教育は、「正解」をたくさん知っている人のことを「頭がいい」と
もてはやしてきました。
知識があれば、問題は解決できる。
確かに、右肩上がりの、変化が緩やかな時代には。追いつけ追い越せの時代には
効率的な生き方でした。

 でも、前例がない、変化が激しい時代においては。
自分の頭で「最適解」をしっかりと考えて。
「これでやる!」と決断して。
周囲の人々を巻き込んで実現する行動力こそ、人生100年時代を生き抜くことができるのです。

 「やったことがない」「不安だ」「こんなことをしても大丈夫だろうか」など。
決断し、行動しないことの言い訳探しは、やめましょう。
そんなことをしても、意味がないどころか。
かえって、変化に飲み込まれてしまうのです。


 前例のないことに挑戦するのは、生きるために必要なこと。
正解を探すのに時間をかけるより、最適解だと思ったら、まずやってみることです。
 

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