有為(うい)を考察する

龍樹著『根本中論』第七章は、「有為(うい)を考察する」である。

有為とはチベット語で「’dus byas」で、直訳すると「集まって為した」という意味。
その定義は「生じた(もの)」といって、原因が集まって生じたものをいう。

生じたものは、壊れ、滅していくものだけれど、
一つの「ものごと」として見た時、
生じ、住し(留まり)、滅し、壊れてしまった(既に壊れた)ことの四つは、有為にもれなくついて回る性質だと、先人達は考えた。

パーリ語法統の毘婆沙部と経量部のうち、経量部と、サンスクリット法統の唯識派や中観派は、有為は原因によって生じながら、同時に滅すと考えた。
生じたものごとは、一瞬一瞬変化して、変化せずに留まることは全く無いので、生じさせる因そのものが滅させる因でもある。

粗い例を挙げれば、人は生まれた時から死に向かって時間を過ごしていくようなものである。

それに対して、『根本中論』の主な対論者にあたる毘婆沙部では、
ものごとは、主体それだけで生じ、住し、滅すなどするのではなく、
主体とは別の実在として「生」や「住」や「滅」や「壊」があって、
それらの四つが「生じさせる」等の働きをして、
ものごとを生じさせ、住させ、滅させ、壊れたとすると主張する。

「生」「住」「滅」「壊」の四つを、有為を有為あらしめる、
「有為の定義」
と呼ぶ。

これら「生」「住」「滅」「壊」の四つの実在を否定するのが、
『根本中論』第七章「有為を考察する」である。

先ず、「定義」といった時に、すぐに定義(定義するもの)と被定義項(定義されるもの)と考えてしまいがちだが、
ここでは、有為であると表す象徴的な意味として「定義」という言葉が使われる。

「生」等四つの有為の定義は、原因から生じたもの全てにそれぞれ実在として具わっているが、「生」が働く(生じさせる)時には、他の三つは有るには有るが弱く、
「住」が働く(留まらせる)時にも、他の三つは有るには有るが弱い。
「滅」が働く(滅させる)時にも、
「壊(無常)」が働く(壊れさせた)時にも、同様であると南インドの先生がおっしゃっていた。
四つは常に有為に含まれているが、強弱のバランスで、それぞれの働きが顕在化する、ということだ。

「生」は、「生」を具える主体と、それと共にある実在全てを生じさせるけれども、
「生」自体を生じさせることはできないという。(何故ならば)行為するものと、行為されるものは反する故である。
なので、「生」を生じさせる他の「生」が必要になり、これを「生の生」という。

基本の「生」は、「生」を具える主体等々と「生の生」を生じさせ、
「生の生」は、基本の「生」のみを生じさせる。

これと同様のことが、「住」「滅」「壊」においても設定されている。

これらの有為の定義を細かく否定してくのであるが、これが長い。

毘婆沙部の有為についての設定がややこしいこともあるだろうが、
それだけ入念に実在の為の構成を考えたということは、
それだけ有為を大切に捉えているのであろう。

四法印(仏教徒として認められる、基本的な四つの見解)で、
諸行無常(しょぎょうむじょう)。
 諸々の行いは無常である。
有漏皆苦(うろかいく)=一切皆苦(いっさいかいく)。
 輪廻に落ちるもの一切は全部苦しみである。
諸法無我(しょほうむが)。
 諸々の現象に実体は無い。(蔵語直訳:一切の現象は空であり無我で  ある。)
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)。
 涅槃は平穏で静まっている。
というものがあるが、この一行目の「行(’du byed)」の過去形が「有為(’dus byas)」である。

「我々を取り巻く世界は原因によって為されたものであり、
思考によって作り上げられただけのものではなく、現実で経験されるものである。
『釈尊が説かれたから。』というだけではなく、
『これは絶対ある』と自然に認識されるべき対象である。」

そう考えて、対論者は世界の構成を細かく作り上げたのだろう。

この確固とした(実体視となる)見解に背理を見つけて、
その思い込みを崩すことが、ここで説かれる論書の内容である。

古典物理学に基を置いている現代人の考え方は、毘婆沙部の見解に似ていると言われる。

論書で取り上げられるだけのお題ではなく、
我々の思い込みの片隅にも似たような思い込みが無いか、
探してみると面白いかもしれない。

『龍樹にやられた!』
と思うことがあるかもしれない。


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