火と薪を考察する

龍樹著『根本中論』第十章は、「火と薪を考察する」である。

第九章で人無我を考察するに当たり、人(プトガラ)は本性として成立していないことを示したが、
第十章では、「人(プトガラ)が本性(真実)として存在する」という主張の拠所になっている例、「火と薪」について考察する。

どのように例になっているか、といえば、
先ず前章での話があって、それに対して対論者が異議を唱える。

「『わたし』と『わたしの心身』は相互関係して成立し合っているので、
『わたし』は本性(真実)として成立するのではない」というのは間違いです。
相互関係するものが、本性として成立しているのが見られるからです。
(相互関係したからといって、本性として成立していないとは限らない)

火と薪は、相互関係して成立し合っているけれど、両方に本性がある。
(薪を燃やす)火は、薪と相互関係しているけれども、熱という本性を持っているし、燃やすことの結果も有ります。
薪も火と相互関係するけれども、燃えている薪は(地水火風の)構成要素の本性(地水火風の構成要素でできている)からです。
なので、火と薪が本性としてあるように、『わたし』と『わたしの心身』も本性としてあるのです。」

という、対論者の主張である。

ここでの「薪」とは、燃えつつある薪を指している。
未だ燃えていない木は、ここでの薪には当たらない。

その主張に対して、火と薪が本性として有る(実在する)ことを第十章で否定するのであるが、論理の一番手は結構わかりゃすく、他でもちょくちょく出てくるものだ。

先ず、火と薪という二つの主体があり、それらが実在するならば(真実としてあるならば)、その二つは同じか、別である。
同じか別以外に、第三分類はあり得ない。

その上で同一を否定し、別をも否定して、
「それ故に、火と薪の二つは実在するのではない」という。

同一を否定する論法は、燃やすもの(火)と燃やされるもの(薪)が同一であれば、「行為するもの」と「行為されるもの」が一つになってしまう背理である。
別を否定する論法は、本性としての別であれば、全くの無関係になってしまうので、薪がなくとも(薪を燃やす)火があることになるし、火がなくとも燃えている薪があることになるという背理などである。

章の最後で、
実在するならば「燃やすもの」と「燃やされるもの」などはあり得ないけれど、
世俗名称に従ってただ名付けられたものとしてあるならば、「燃やすもの」と「燃やされるもの」などの全ての関係性が成り立つと、
縁起生への確信を促して終わる。

さて、対論者の主張であるが、多くの仏教哲学の学派がこの見解を承認している。
「因果の法があるから、ものごとは本性としてあるのだ。」という。
「因果の縁起生だから、ものごとは本性としてあるのだ。」と同義である。

ツォンカパ大師の『道の三要素』第十偈で、
「依拠し関係して起こる(縁起生の)あり方を、
相違(因)や不成(因)であると、
見るこの者が、君の法統を、
如何様に理解することができようか。」
という言葉がある。

「相違因」「不成因」は論理学の言葉で、例えば
「芽は、本性として成立していない。何故ならば、縁起生である故である。」という論式が提示された場合、
「芽は」が主張命題の主語。
「本性として成立していない。」が主張命題の述語。
「縁起生である故である。」が理由になる。

相違因とは、「縁起生である故である。」という理由が、「本性として成立していない。」という主張命題の述語に相反する場合に、
「主張命題の述語に相違する因(理由)である」ということ。

対論者は、「縁起生」と「無本性」は反対のことであると思っている。
これは、「因果の縁起生だから、ものごとは本性としてあるのだ。」といっているのと同じことになる。
なので、「相違因」だと受け取る人々は、中観帰謬論証派以外の仏教哲学の論師であることになる。

「不成因」とは、成り立っていない因(理由)であるので、
芽を始めとするものごとが、縁起生であることを受け入れない、非仏教徒の論師であると言われる。
彼らは創造主がものごとを創造したと主張したり、原因なんて無いと言ったりするからである。

関係し合ってものごとが起こるから、本性として存在するという人々と、
関係し合ってものごとが起こるから、本性として存在しないという人々。

同じ理由で反対の方向に意見が分かれるのも、なかなか面白い。

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