ヂャプネン(羽毛が重なるように)

ヂャプネン(羽毛が重なるように)

直子 デチェン

「ヂャプネン」という言葉がある。
チベット語直訳で「鳥の毛が押さえる」という意味である。
多くの人が属するコミュニティーを運営する指針になる言葉。
何千人もの僧を抱える大僧院の運営のあり方として、チベット人のお坊さんから聞いた。

文化大革命以前のチベット本土の僧院には及ばないが、現在でも南インドには大所帯のチベット僧院が多くある。
広大な敷地を持つ僧院の中には、お堂や図書館、大厨房や事務所は勿論あるが、お店や病院やゲストハウス、小坊主さんたちのための学校まで、日常生活に必要なものは一通りそろっている。
その中で何千人もの僧が、出身地ごと寮にわかれて生活し、学ぶ。

当たり前の話であるが、(チベット人にとって)僧侶は男性であり、小さな子どもから90歳を超える老人まで、男ばかりで一つの共同生活をおくる。
硬派である。
若い僧たちは力が溢れているので、彼らを統率するにも力がいる。
なので、直接の指導にあたるゲク(風紀を取り締まる僧)は、選挙で選ばれる。
候補に挙げられても、候補にあがること自体を辞退する僧もいる。
強くなければ務まらないのだろう。
逆に言えば、知力、能力、人柄ともに優れている者が選ばれる。

或る僧院のゲクの引継ぎの儀式に、『量評釈』の解説書の目次を暗唱するというものがある。目次といって侮ることなかれ。
『量評釈』とは認識論について説かれた論書だが、全四章。その前半分二章の解説の目次だけでも、文字を詰めて25ページ以上ある。この二倍。
年度替わりの夜の問答会の時に、学堂の僧全員の前で暗唱する。

大きなお堂の大きな正面玄関を背にして、階段の上の方に僧院長や偉い先生方が、学僧たちの方を向いて席に着く。
下に問答の返答者たちが、学僧たちに向かって座る。
学僧たちは、中央を広くあけて、左右に分かれて列を作って順番に座る。
仏教博士や年長者が上座、若くなるにしたがって端っこになる。
その真ん中で、新しいゲクは目次を全部暗唱する。

この暗唱がゲクの試験で、皆合格して(合格しない人は選ばれないだろう)、何千人もの僧を統率する者になる。

インドで行われる数万人規模の法話会で、お茶の入ったヤカンを持って全力疾走するお坊さんたちを見たことがある人もいるだろう。
ぶおおおおおおおおお(袴が風ではためく音)、
と走る。
楽な履物やビーサンでは脱げてしまうので、裸足かスニーカーの紐をしっかり結んでお茶配りに臨む。
下手に通り道に立ち止まったりすると、ぶつかって酷い目にあう。
彼らは全力で広い敷地内に座る何万人もの人々にお茶を配る。
上に立つのは各僧院長だが、直接指示を出すのはゲクや準ゲクたちである。

それぞれの僧は、自分の属する小さなグループで割り振られた仕事をおこなう。
小さなグループは大きなグループに属し、その中で割り振られた仕事をおこなう。
大きなグループを統率する者は、全体の為に最善の方法を考え、指示を出す。
これがヂャプネン(羽毛が重なるように)である。
下の羽毛の上に、上の羽毛が美しく重なっていく。
一人は全体の為に。全体は一人の為に。

仮に自分の属する僧院で法話会があり、外からスポンサーがやってきて宿を用意してくれと言われても、僧院ゲストの宿泊用意をするよう指示されれば、僧院からの要請に答えなければ、良くないとされる。
個々人が好きなように生活していては、大きな働きを為すことはできない。

ただし、これが健全に働くのは、上に立つ者が後続者を大切に思い、共同体を皆に公平な状態で存続させようと望んでいる場合に限る。

この言葉を教えてくれたお坊さんは、僧院の敷地内に住んではいるが、僧院に養ってもらってはいない。
彼の師は元僧院長をなさった方だが、真面目一徹。
僧院からの派遣で外国へ行っても毎月のお給料しか受け取らず、個人的にもらったお布施は全部僧院に寄付。更にこれから派遣されるであろう高僧たちも、私有財産を貯蓄してはいけないと規則を定め、頂いたお金は多くの僧たちの為に平等に使われるべきだとはっきりと示された方だ。

その先生のご自宅へ、ある昼下がり、筆者は伺った。
お昼寝の時間だったらしい。
ノックして、「先生!」と呼んだ。
中から声がした。
「俺はもう寝た。」

ともあれ、自分は大きな流れの一部であると思って生きていこう。

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直子 デチェン
1999年初渡印。2003~2015年インド・ダラムサラ仏教論理大学聴講。現在も殆どヒマラヤの麓、ダラムサラで暮らす。 100円投げ銭サポート募集中!インド自炊で一食分・・・二食分?(^人^)ゞ