誤りを考察する

龍樹著『根本中論』第二十三章は、「誤りを考察する」である。

「誤り」といっても、一般的な間違いを指すのではなく、輪廻に落ちる原因となっている「誤り」である煩悩を指す。

前章から「輪廻の継続が本性として有ることを否定する」という項目が始まった。
対論者は「仏陀が悟りを得るまで輪廻を何度も生まれ変わって修行をした」という面から、輪廻の実在の第一の理由をあげた。その主張を否定するために仏陀の実在を否定したのが第二十二章「如来を考察する」である。

本章では、前章であげた理由が立ちいかなくなったので別の理由として提示された「輪廻の原因が実在する故である」という主張を否定する。
論式を挙げれば、「輪廻の継続は、実在する。(何故ならば)輪廻の原因が実在する故である。」となる。

輪廻の原因といえば業(カルマ)と煩悩だが、主要な原因は煩悩である。
その理由も、「煩悩を捨て去れば、業があっても輪廻の継続が退く故である。」といわれ、
煩悩が無ければカルマがあっても輪廻に生まれずにすむことが理由にあげられる。

ここから、小乗の阿羅漢と大乗の阿羅漢の違いが分かる。
小乗の阿羅漢は解脱を得るが、全てのカルマを解消したわけではない。
大乗の阿羅漢(仏陀)は、全てのカルマを解消して解脱を得るのである。
仏陀としての成道の為に費やす時間も、小乗の阿羅漢果を得るために費やす時間より、遥かに長い。

輪廻の原因の実在を否定するために、本章では輪廻の原因である「煩悩そのもの」の実在を否定する部分と、
煩悩が実在する理由としてあげられた「煩悩を捨て去る方便(修行道)」の実在を否定する部分がある。

煩悩自体の実在を否定するためにも、1縁起生の理由から、2煩悩の拠所が実在しない理由から、3煩悩の因が実在しない理由から、4煩悩の対象が実在しない理由から、5煩悩の因が実在しない前述とは違う理由からと、五つの項目から煩悩の実在を否定する。

経部から引用する対論者の主張を否定する場合もあるし、対論者自身が挙げる実在の理由を否定する場合もある。

解説で面白いところは、大まかな流れに違いは無いものの、解説者の違いによって『根本中論』の同じ言葉を違うニュアンスで説明しているところである。

例えば『根本中論』第二十三章一偈
「貪欲と瞋恚と愚痴は、妄分別より起こると説かれた。
好ましい、好ましくない、誤りに、まさしく依拠したことより全く起こる。」の、

「好ましい、好ましくない、誤りに」の部分を、

『ブッダパーリタ』では「好ましいと、好ましくないという誤りに」と、①好ましい誤り、②好ましくない誤り、という二つの誤りとして説明する。

一方『顕句論』と、月称の主張に沿った『正理の海』では、①好ましい、②好ましくない、③誤り、と三つに分けられ、それぞれが煩悩三毒に対応する原因であると説明する。

「それらの三煩悩は、『好ましい、好ましくない、誤りに、まさしく依拠したことより全く起こり』、そこで好ましい対象の様相に依拠して貪欲が起こるが、好ましくないものに依拠して瞋恚が起こる。誤りに依拠して愚痴が起こる。妄分別は、それら三つともにも生じさせられる為に、共通の因である。」(『顕句論』より)

最後の文は、助詞を無視できずに変な文章になっているが、妄分別(誤った概念作用)が欲望と怒りと無明の共通の原因であると説かれている。

実在の現れ⇒実在の現れをそのまま捉える微妙な実体視⇒実体視が混じった、対象に対する間違った思い込み(妄分別)⇒無明(強化された実体視、我執等)

⇒実際の状態に過分な「好ましい」様相が付加された対象を、実体視とともに捉える間違った思い込み(妄分別)⇒欲望

⇒実際の状態に過分な「好ましくない」様相が付加された対象を、実体視とともに捉える間違った思い込み(妄分別)⇒怒り

と、解り辛いかもしれないが、
実体の現れに依拠して、全ての煩悩の礎になっている実体視が起こり、
この礎の実体視から様々に派生した誤った思い込み(妄分別)が、粗い煩悩に育って行くという過程である。

煩悩は全て概念作用(思考)である。
ならば必ず原因や、それぞれに合った条件に依拠しなければならないので、
それのみで、他に依拠せず存在できる実在ではあり得ない、
という理由で実在を否定するのが、
縁起生の理由で実在を否定する論法である。


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