続・心所

(心王・心所をご存知でない方は、宜しければ2020年6月20~22日付け「心」~「心所」をお読み下さい。)

心所の続きである。
『大乗阿毘(だいじょうあび)達磨集論(だつましゅうろん)』無着(むじゃく)/アサンガ著で説かれている、五十一種の心所より、今回は善となる十一の心所(十一善)を紹介する。


十一善:十一種の善の働きをなす心所。
結果として楽を生じさせる心理作用。しかし善いことをしても後悔すれば、結果は得られない。
我々普通人に備わるこれらの善心は、全て概念作用である。
仏教の一部の学派では、善心を持つ時はこれら十一種の心理作用が全て含まれると説明するが、他の学派は全てが共に働く必要はないという。

①⇀信(しん):信仰心。主に信仰的対象を信じる心理作用。
『素晴らしいなぁ』と思い信じる信(清浄信)、『全くその通りだ』と確信して信じる信(勝解信)、『自分もそうなりたいなぁ』と実現を望み信じる信(現求信)の三種ある。
信一つに三種の信すべてが備わっている例:大乗仏教徒の仏陀に対する信。現求信(その対象を実現したいと望む信)、清浄信(その対象を素晴らしいものだと信じる信)、勝解信(その対象を確信している信)の三つが同時にある場合。

②⇀慚(ざん):自分の中の理由から悪行を慎む心理作用。悪行を戒める働きをもつ。『倶舎論』では尊敬する心理作用と説明される。
公共の利益の為に働いている人が、『人道的に考えて、自らに恥ずかしいから賄賂は配らないようにしよう』と思う気持ち等。

③⇀愧(ぎ):他者を理由として悪行を慎む心理作用。悪い行いを捨てるので、善い行に向かわせる働きをもつ。『倶舎論』では罪を恐ろしいと見なす心理作用。
公共の利益の為に働いている人が、『公職選挙法に引っかかるから、賄賂は配らないようにしよう』と思う気持ち等。

④⇀無貪(むとん):「欲が無い。」貪欲で対象に向かわせない心理作用。欲から起こる悪い行いを戒める働き。執着の対象が有りながら、その心自体が貪欲(執着)を止める働きをする。
お酒好きが修行道場に入って『ここで飲んではいけない』と我慢する気持ち等。

⑤⇀無瞋(むしん):「怒りが無い。」厭う対象に対して害そうという心がない心理作用。嫌いな対象に対して、傷つけようという心を止める働きをもつ心所。怒りによって起こる悪い行いに向かわせない作用。
怒りによって起こる悪行:1怒りから‐2悪口(現在の状態で直接非難する)‐3相手が隠していた悪行を暴く非難をする‐4実際に殴る等の行為に出る等々の状況に陥ったとき、応酬する能力があるにもかかわらずやり返さない。
応酬できない故にやり返さないのではなく、理由(応酬することの過失等)を考えて、やり返さない。

⑥⇀無痴(むち):「愚痴が無い。」既に知っている対象へ対して愚昧でない心理作用。
愚かさを掃うことによって悪い行いを慎む拠所となる。欲と怒りを直接止める。
慧と無痴の違いは?
慧:正誤を分ける為、疑いをなくす働きをもつ。
無痴:愚かさが無いだけで、悪行を慎む拠所となるのみ。疑いをなくすことはできない。

⑦⇀勤(きん):精進。善の行為に対して、心から喜ぶ心理作用。
善をなし、向上させる働きをもつ。怠惰を止める。
被鎧精進(結果を得るために、厳しい修行にも鎧を装着したように頑張る精進)、加行精進(目的遂行のために継続して励む堅固な精進)がある。その二つのうち、継続して励む精進の方が大切であるといわれる。
一時的に頑張っても途中で投げ出しては果を得られないため。

⑧⇀安(あん):軽安。心を対象に注意することを可能にする心理作用。煩悩等の障り全てを掃う働きをもつ。
安には身安(身体の軽安)と心安(心の軽安)の二種類あるが、ここでは心理作用をさす心安。
身安:悪いカルマで得た身体的な悪影響を征圧する、体内の特別な軽く快い身体感覚。
『声聞地』では、体内の気道(神経)全てに気が満ちることによって起こる軽い触感であると説かれる。また、身体に重量感があると地に押しつけられるような感覚があるが、身安を得ると地に沈み込んでいくような感覚があるとも説明される。
1997年ダライラマ法王『菩提道次第広論』法話時の説明では、「ずっと長髪だった人がいきなり丸坊主にすると起こる、とても軽くて居ても立ってもいられないような変な感じ。」
心安:悪いカルマで得た心的な悪影響を感じなくする。善い行いに向かわせると『大乗荘厳経論』『声聞地』等で説かれる。
※瞑想で三昧を目指してる方へ。
九住心を得て止(三昧)を得るまでの間に心身の安を得る。その順序は①心安‐②身安‐③身安の楽‐④心安の楽。大変心地よい心安の楽が少しずつ収まり、心の安定性を保つことができる丁度良い楽を得た時に、止(三昧)を得る。

⑨⇀不放逸(ふほういつ):善に反する方向から心を守る心理作用。全ての善い行いを大切にすることを望み、衰えさせず、発展させる働きをもつ。
悪い方向に心を散逸させない。

⑩⇀捨(しゃ):平等性。対象へ心を造作しない心理作用。煩悩と悪の継続を止める働きをもつ。良い意味で「放っておく」気持ち。
仏教用語で、「捨」は色々に使われる。
感受作用の「捨」はニュートラルの意味。楽でも苦でもない感受作用は、苦楽を放った感受作用である故に、「捨」。
四無量心(四つの量り知れない心)の「捨」は、禅定の状態で、生きものに対して好き嫌い無く分け隔てない公平心。または自分と他者を同等に見なす心。敵に対する嫌悪と親近者に対する執着を放った故に「捨」。
禅定が上手くいかない時の対策の「捨」。対策をとる・とらない両方の努力を手放し、心を対象に集中させるのみのことをする。「対策をとろうとする努力」を捨て去り禅定に入る作用をもつ故に、「捨」。

⑪⇀不害(ふがい):「害さない。」慈悲。愛情。興害(対象を害そう、傷つけようとする心理作用)を捨て去る心理作用。
「いじめちゃダメ」という気持ち。


つづく。

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