時を考察する

龍樹著『根本中論』第十九章は、「時を考察する」である。

何故ここで時が考察されるのかというと、

それまでの章で法無我と人無我がそれぞれに分かれて説かれ、
法と人をひっくるめた事物(対論者にとっては実在としての意味も含まれる)の本性を否定し、
無我の真如へどのように入門、入道すれば良いかが示され、

それらの言及にいまだ納得できない他論者が、
「それでもやはり事物は存在する(実在する)。何故ならば、事物は過去、現在、未来と呼称される拠所になっているからである。」
と述べた反論に対して、
時が自性として成立した(実在した)ことを否定する為である。

次の第二十章では、時が実在するという主張の理由を否定する。

過去、現在、未来の三時は互いに関係し合って成立するということは、一般に認められていることなので、
他に関係せず、本性(そのもの)として成立するという実在を否定することは易しい。
ただ、いくつかの言葉の基本的な意味を知っておかなければならない。

実在の欠如について言及されるテキストの中では、実在を語る時、
何らかの主体が「まったくそのもの」として存在していることをお約束にしている。
それ自体の「まったくそのもの」な部分は、他の何にも影響されずに「まったくそのもの」であるので、他との関係性で成り立っているものは「まったくそのもの」ではないことになる。

更に、何かの関係があると言う時には、関係するものが互いに存在し合っていなければならない。
存在しないものが関係し合うことはないからである。

なので、総体的に時の実在を否定する場合の論理の例としては、
現在と未来の二時は、存在するとすれば過去に①相互関係して存在するか、②相互関係しないで存在するかのどちらかである。

①過去に相互関係して存在するならば、関係しているので、過去の時点で存在する必要がある。理由は上記の如くである。
そしてそれは、「まったくそのもの」として相互関係するものなので、いつでもどこでも「その通り」である必要がある。実在とは、そういうものなのだ。

現在と未来が、過去に存在するならば、
現在と未来も、過去になる。過去時に存在する故である。

そうなってしまうと、過去も過去ではいられなくなる。
過去の存在自体が、現在が過ぎたことによって過去になるので、
現在が無ければ、過去の置きようがないからである(ここで②が否定される)。

「ならば、過去時に現在と未来は無いのだ。」と言っても、
「過去時に現在と未来が無ければ、どうやって相互関係するんですか?」
と反論する。

こうして、過去と現在と未来の実在を否定する。
三時の実在を否定したことによって、
三時の実在を既成概念として後ろ盾にしていた
「事物は過去、現在、未来と呼称される拠所になっているからである。」
という理由が成立しなくなり、

「(それでもやはり)事物は存在する(実在する)。」
という主張命題が論証されなくなる。

本章で説かれる時の概念は、我々が普段会話の中で使っている過去、現在、未来の意味とは違う。

我々が普段使う時には、例えば「昨日」は今日の一日前の日、「明日」は今日の一日後の日、というふうに時間自体にフォーカスをあてて、
今現在を基にして、過ぎた時間が過去で、これから来る時間を未来という。

本章で説かれる三時は、時間の経過によって変化するものごとを主体にしている。現在を主にはしているものの、
今現在時点で過ぎて無くなってしまったものを、例えば「過去である芽」、
今現在時点で、生じて滅していないものを「現在である芽」、
今現在時点で、未だ生じていないものを「未来である芽」という。

三時の設け方や、同時に三時が存在するならばどのように存在するのか、という対論者の主張の説明も本章で僅かに説かれるが、ややこしい。

時間は常に過ぎていくものであるが、我々は現在しか直接体験することができない。
今ここにいながら、過去のあり方や未来のあり方を考察するのは、机上の空論に近いと思われる方もいるかもしれない。

それでも、現在の連なりを概念作用(思考)でひっくるめて、時間の流れとして認識している我々である。

時の実在は無いと知ることによって、
今に対する強い思い込みも、手放すことができるように祈る。


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