宿住(しゅくじゅう)を考察する

宿住(しゅくじゅう)を考察する

直子 デチェン

龍樹著『根本中論』第九章は、「宿住(しゅくじゅう)を考察する」である。

宿住とは、「①過去世における住処。②過去の生涯のこと。前世。過去世における自分の生涯のありさま。」(中村元著『佛教語大辞典』より)とある。

チベット語では「snga rol na gnas pa(以前に住す)」と書き、その通りに前世(過去世)を表す。

しかし本章では、煩悩と業によって得られる今世の心身と、それに依拠して名付けられる「我」は相互関係して成立しているので、       「我」は真実として(実体として)存在しているのではないという、人無我について説かれている。

「我」が今生の五蘊(心身の五種類の集積)を、我がものとして取るので「近く取る者」であり、
五蘊は「我」に取られるので「近く取られる対象」であると、ここでは再々説かれる。

「近く取られる対象」と「近く取る者」は一方が無ければもう一方も存在し得ない。
相互関係するという理由で、実在を否定する。

普段我々は、身体と「わたし」を混同して経験しているが、ここで対論者の主張する「我」は、五蘊と別に捉えられている面が強い。

それを端的に表しているのは第ニ偈である。
「事物が有るのでなければ、視る等と如何様になろうか。
それ故に、それらの以前にその留まる事物は有る。」

ここで「事物」と記されている言葉が、
実在の「我」「わたし」「プトガラ(漢語で「人」と訳される)」に解釈されている。
毘婆沙部の使う「事物」という言葉には「実在」の意味もあるので、空性の否定対象としても「事物」という言葉で記されているのだ。

基礎知識として、本章の主な対論者は、「『わたし』や『あなた』などの人(プトガラ)は、心身と同一とも別とも言い得ぬ状態、恒常とも無常とも言い得ぬ状態などで実在する。」と言っている、正量部など毘婆沙部の一部である。

普段我々が『倶舎論』などでおなじみの毘婆沙部は、カシミール地方の毘婆沙部。
説一切有部といわれるものは、チベットなどに伝わる別解脱戒(出家者の戒律)の源流となる毘婆沙部である。
部派仏教といわれるだけあって、いろいろあるらしい。

さて、輪廻転生を繰り返す「わたし」と、今世の「わたしの心身」は別であると、昔から多くの人々が考察してきた。
それ故に、輪廻転生する「わたし」は恒久不変な実在であり、
身体は「わたし」の一時的な乗り物であるという見解を基にして、
他宗教でもいろいろな修行方法が伝えられている。
ガンガーの水浴や、苦行などである。

修行法はさておき、今生の「わたしの身体」は、「わたし」の一時的な乗り物であるという考え方は、興味深いことに、現代でも多くの人々が同意し語り合っている。

この「わたし」は、単一で独立した「わたし」だけの存在ではなく、
意識の流れとともにある「わたし」であるらしい。

本質を承認する仏教徒のほとんどが「これが『わたし』だ!」と提示する、
「『わたし』が定義される拠所になっている意識」に近いかもしれない。
ただ、意識そのものを「わたし」と見なしているのか、
意識に名付けられた存在としての「わたし」が本当に有ると思っているのかは、はっきりしない。

面白いのは、仏教哲学を深く学んでいる人々の中に、
「意識が自分である」と思っている人が多いことだ。
かくいう筆者も以前はそう思い込んでいた。

一方で、テキスト中には「意識を『わたし』であると思い込むのは、特定の学説に影響された理由付けによる思い込みである」と書いてある。

これで一時期悩んでいたことがあった。
が、長くなりそうなのでここでは割愛する。

古今東西、自らを探求する人々は絶えない。
それ故に、「わたし」は本当にある。無い。という考察も尽きることは無い。

『根本中論』第九章では、「わたし」のあり方を心身との関係性から分析考察して、
実在としては無いけれど、ただ名付けられたものとしてあると示す。


DECHEN
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直子 デチェン
1999年初渡印。2003~2015年インド・ダラムサラ仏教論理大学聴講。現在も殆どヒマラヤの麓、ダラムサラで暮らす。 100円投げ銭サポート募集中!インド自炊で一食分・・・二食分?(^人^)ゞ