聖なる真実を考察する

聖なる真実を考察する

直子 デチェン

龍樹著『根本中論』第二十四章は、「聖なる真実を考察する」である。

仏教用語で「真実」にあたる言葉は、「諦(たい)」と記される。
何故諦めると書くのか、筆者も分からない。

この真実(諦)にも、良く知られるところで二種類ある。
四聖諦(ししょうたい・四つの聖なる真実)と、
二諦(にたい・二つの真実)である。

四聖諦には、苦諦(くたい・苦しみの真実)、集諦(じったい・苦しみの原因の集まりの真実)、滅諦(めったい・苦しみが滅した真実)、道諦(どうたい・苦しみを滅す修行道の真実)の四つの真実があり、

二諦には、勝義諦(しょうぎたい・聖なる、勝る意味の真実)と、世俗諦(せぞくたい・世俗の真実)の二つがある。

本章で主に説かれるのは、空性についてなので、
空性は勝義諦に分類される故に、二諦が主要な著述内容である。

他の章と同じように、先ず対論者(毘婆沙部)の空の見解に対する反論から始まる。
しかし本書において特化していることは、対論者の主張が、釈尊の教え全般に関わり危機感を唱えるものであることである。
その点で、論争の背景を明らかに描き出す筆力をもつ龍樹は、素晴らしい著作者であると思う。

対論者の主張はこうである。
「君が空だと唱えるなら、生滅がなくなる。
生滅が無ければ、四聖諦がなくなる。
四聖諦が無ければ、修行の四種類の結果もなくなる。
修行の結果が無ければ、結果を得る人や、結果を得る為に努める人もなくなる。
結果を得る人等がいなければ、僧伽がなくなる。
僧伽が無ければ、法がなくなる。
僧伽と法が無ければ、仏陀がなくなる。
仏法僧が無いので、三宝を害する。
空によって結果が無いから、法(善いこと)と非法(不善のこと)もなくなる。
同上の故に、原因と結果も無いので、世間の名称も成立しなくなる。
なので、空を説く君は、全てを害するのである。」
ここまでが最初の六偈である。

それに対する返答が、七偈以降で説かれる。
大まかにいって、「君は誤解しているのだ。」というような雰囲気で、
「君は、①空性の必要性、②空性、③空性の意味を知らぬので、そのように空性に対して反論をするのだ。」
と説かれる。

『正理の海』から引用すれば、
①空性の必要性(空性を修する目的)は、様相、あるいは印象として捉える戯論(二元的な意識とその対象)を、残らず寂滅させる為。

②空性(の本質)は、二元の現れの戯論が全てなくなった本性である。

③空性の意味は、自らに一本立ちできる本性が無い意味であると説かれている故に、縁起生の意味そのものが、本性が欠如する「空」の意味である。

対論者はそれらを知らずに、「空性」の意味を全く何もない「虚無」の意味であると誤解して、我々に反論するのだ。
といっている。

その後、二諦の関係性や、空性を誤って捉える危険性等が続く。

そして、空性においては世の中の全てのものごとが成り立つけれど、
空性を認めなければ、全てが上手く成り立たないと順を追って示す。
対論者が挙げた反論を丁寧に、
空性を認めればそれが成り立つけれど、
空性を認めなければ、それらがすべて成り立たないと論証していく。

第三十九偈まで「空」という言葉をはっきりと記し、最終偈(第四十偈)で、「縁起生を見る者が、苦と、集と、滅と、道の、それらそのものを見るのである。」と「縁起生」という言葉をあてて、
「空性」と「縁起生」が同じ意味であると暗示する。

対論者の主張の中にも、四聖諦に関する言葉が頻繁に出てくるので、
「聖なる真実」というと、ついつい四聖諦を思い浮かべてしまう。
けれど、本章で主に説かれているのは二諦である。

ならば「聖なる」とはどう解釈するべきか。

「聖なる(’phags pa’i)」とは往々にして、空性を直覚する智慧や、その知恵を持つものにあてられるのであるが、
ここでは空性を承認しない毘婆沙部とのやり取りである。

彼らとの共通認識はなにかといえば、五道(資量道・加行道・見道・修道・無学道)のうち、見道以上が聖者道であるということ。
故に、真実を直覚する聖者の智慧を「聖なる」として、
その認識面において真実であるので、「聖なる真実」であるとする。

毘婆沙部では、真実を直覚する聖者の智慧は四聖諦を悟るというし、
他の学派では無我(空)を悟るというので、
悟る対象は違っても「聖なる真実」という一つの言葉で括られる。

同じ言葉でも解釈の違いから論争が生じる。
一般社会と似ている部分も、無きにしも非ずである。

月称が「『入中論』から知りたまえ」と自著を参照するように説かれた部分で、ツォンカパ著『正理の海』の本章では、二諦について詳しく説明されている。
『密意解明(『入中論』の註釈)』でもそうだが、根本テキストに無い部分をツォンカパ自身で個別に解説する項目が非常に素晴らしい。
「ツォンカパ大師」と呼ばれる所以でもあろうかと思う。

『根本中論』『ブッダパーリタ』『顕句論』『正理の海』第24章、明日公開予定です。


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直子 デチェン
1999年初渡印。2003~2015年インド・ダラムサラ仏教論理大学聴講。現在も殆どヒマラヤの麓、ダラムサラで暮らす。 100円投げ銭サポート募集中!インド自炊で一食分・・・二食分?(^人^)ゞ