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事故商会

※この話は半分フィクションです。実在する人物、団体、出来事とは一切関係ないとも言い切れず、その辺は読者の方の情報リテラシーに委ねられますが、何にせよ全てのお問い合わせに対し返答を拒否させていただくことを予めご了承ください。(感想コメントは歓迎しますが



「いらっしゃいませ。事故商会でございます。本日はお越しいただき誠にありがとうございます。」


「友人からこちらの話を聞いて、気になったもので。」


「そうでしたか。では、何かご希望の事故がおありで。」


「それもあるんですが、今日は引き取ってもらいたいのがいくつかあって。下取りもやってもらえるんですよね。」


「勿論でございます。そうしましたら、先にお持ちの事故について伺ってから、市場価格に見合うご希望の事故をいくつかこちらで提案させていただく形でよろしいでしょうか。」


「はい。お願いします。持ってきた一つ目は、【ちゃんとした自己紹介ができなくて、ついフィクションに頼ってしまった事故】なんですが。」


「なるほど。具体的にはどのような事故ですか。」


「インターネット上にはエッセイというものが海の砂の数ほど生み落とされていて、その筆者はどこの馬の骨とも知れない奴なわけですから、最初に自己紹介をするらしいんですよね。

でも、エッセイはなんとなく興味があっただけで、他の方の投稿を読んだこともほとんど無くて定石を知らず、最初の投稿はよく分からないものを書いてしまいました。

そこで、2回目の投稿では自己紹介をしようと思ったのですが、何も考えずに書くとただ趣味嗜好や普段の生活について羅列しただけの、子供っぽい文章になりそうだったんです。」


「そうかもしれませんね。」



「だから、こうしてフィクションの中で私という登場人物の台詞として自分のことを話させれば、よく練られた文章のふりをしつつ、奇を衒う性格の紹介にもなり一石二鳥だと思い、とりあえず書き始めました。

ただ、構造が複雑で読み辛いことを考えておらず、しかも他人と違うことをしたがって結局子供っぽい文章になっているような気がするんです。」


「それでしたら事故認定できそうです。特に、見切り発車したものの当初の目的をあまり果たせないまま、普通に書くより大変なことになり、思いがけない不幸に見舞われている点は事故として芯がありますね。

他にもございますか。」


「2つ目は、【趣味の時間を優先して、取り組むべき勉強などを疎かにしてしまった事故……」


「これはまた古典的な。」


「……と言うことで、『事故』という言葉に逃げて自分自身に対し負うべき責任を少しでも軽くしないと、罪悪感で死にかねない事故】です。」


「途端にややこしくなりましたね。ただ、その手の事故を抱えていらっしゃるお客様とも何度か取引いたしましたので、価格査定についてはご安心ください。」


「良かった、私だけではないんですね。」


「はい。自分に厳しく、常に自分自身のことを否定するのに、それでも好きなことに没頭することも止められず、世間一般の『真面目な人生』を送ることができない。なぜ自分は他の人と同じペースで努力を積み重ねることができないのだろうと思い悩み、社会不適合だと自分への否定が更に始まり、負の連鎖が続いてしまう。元々責任感も強く楽観的にもなれない性格のせいで余計に罪悪感が大きくなりやすい方にありがちな事故ですね。」


「まさにその通りです。でも、そうやって一つ外の枠組みで事故として囲うのも無理矢理のような気がして。全て自業自得じゃないかと。」


「心中お察しいたします。自己否定なさるお客様は皆様そう仰られます。しかし、こうなってしまうなんて人生の始めは思いもしなかったわけですから、れっきとした事故です。」


「そうなんですね。下取りしてもらえるか不安だったので良かったです。もう一つあるのですが、大丈夫ですか。」


「構いませんよ。」


「【メタ認知が暴走してしまう事故】なんですが。」


「少し詳しく教えていただけますか。」


「例えばですけど、自己紹介で、映画やアニメ、漫画や小説、ゲームなどが好きだと言うと多くの人が『おすすめの〇〇は何?』と聞いてくるのに、おすすめしてもその後作品を見てくれるわけでもないんですよ。それなら先にこれまでの作品遍歴や好みを教えてもらってからそれに合わせておすすめしたいのに、向こうは軽い気持ちで聞いてるのでそこまでするとうざい奴だと思われそうですし。でも偶にちゃんとおすすめしたものを見て感想をくれる人もいて、相手がそのタイプかもしれないと思うと、こちらも適当に有名作品を挙げてやり過ごすことなどせず本気で薦めたいんです。

そんな思考が、『おすすめは何?』という質問を引き金に、延々と循環することがあり脳が爆発してしまう事故なんです。」


「かなり早口でしたが、それも高速で駆け巡る思考の表れなのでしょうね。ご苦労なさっていることが窺えます。これも普段の生活の中で突発的に起きる災難としては、比較的大きな事故と言えますね。」


「今日持ってきた事故はこれだけですが、まだ家には自分でもまとめられていない事故がたくさんあるので、それも今度持ってきていいですか。」


「是非お願いします。価格査定するために、最低限事故の詳細をお話しいただける程度にはお客様の方で輪郭を見定めていただく必要がありますが、最近は名も無き個人が抱える事故には無関心な世の中で、流通量が減少傾向にありますから。」


「分かりました。」


「そうしましたら、今回お客様におすすめしたい事故ですが、【自己肯定感が強すぎて自身の過失に気づかなかった事故】はいかがでしょうか。自己否定の代替としても有効かと思われます。」


「ええと、興味はありますが今回は希望の事故を決めて来ているので。」


「そうでしたね。自己否定関連の事故を下取りなさるお客様の多くはこちらをご所望されるので、勝手ながら先回っての提案をしてしまったのですが、失礼いたしました。」


「いえ、大丈夫ですよ。そう見られるのも当然ですよね。」


「では、ご希望の事故についてお聞かせ願えますか。」


「【何にも屈しない、強い『自己』】を。」


「え。」


「え。」


「…………。」







「すみません、【言葉遊びが好きで上手いことを言ったつもりが、場面にそぐわず気まずい空気にしてしまった事故】の下取りも追加で。」


「かしこまりました。」

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