ドデカい白い建物
※この記事は特定の宗教や思想を否定するものではありません。まただいぶ昔のことなのでうろ覚えで書いていますが、一部の記憶はハッキリしています。
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今から約20年ほど前の話である。
「今度一緒にご飯行かない?」
大学を卒業してから半年後、在学中に想いを寄せていた女性からメールが来た。
彼女とは教職を目指すグループで一緒になった。明朗快活で男女分け隔てなく友人がいるタイプで、夜遅くまでゼミや発表の準備などがあっても笑顔を絶やさない。まるでひまわりのような女性だった、気がする。
在学中、告白もした。
当時の自分はレインボー柄でハイネックのクソダサセーターを『最高にかっこいい』と思って着ていたり、よくよく考えたら在学中に会話をした人数が7人だったりと、割と人間的に生死の境をさまよっているような男だった。
教育実習の準備で帰りが夜遅くになってしまった日のことである。大学から出ているバスで駅に向かう途中、
「好きな人っている?」
と聞かれたのだ。よもやそんな質問が来るとは思ってなかったし、目の前にその『好きな人』がいるのだから参った。口ごもりながら目の前の女性の特徴を挙げていく。
「その人、私に似てない?」
反射するバスの窓越しに見た彼女は笑っていた。その日の夜、メールで想いを告げ、爆散した。彼女には付き合っている人がいるらしい。
時は流れて卒業式。彼女のお腹は大きくなっていた。完全に恋が終わった瞬間だった。
そんな彼女から連絡が来たのだ。子供は? 旦那は? など、色々な想いが頭をよぎる。しかし、当時自分はまだ若く、これはもしかしたら……という意識があったのだ。『お久しぶり〜』という間抜けな挨拶から始まるメールを返信した。
どこの駅だったかは忘れたが遠出だったと思う。昼間の太陽はとても暑く、ジリジリと肌が焼ける感覚があった。
「おまたせ〜ごめんね〜」
目の前に停まった車の窓が開き、彼女が手を振っているのが見えた。少しだけ大人になったような彼女の笑顔は、これまた様々な想像を掻き立てた。「いや全然」と下心なんて無いですよ、という風に返事をして助手席に乗り込む。
それから近くの喫茶店でナポリタンを一緒に食べた。たしか学生時代の思い出や、いまの家庭環境について話したと思う。とても幸せな生活を送っているらしく、またなんとも言えない気分になってしまった。
この後には何も無いことを悟り、会話も食事もあらかた済んだので「じゃあそろそろ」と席を立とうとする。いま思うとクソ男すぎて逆に笑える。すると彼女が、
「ちょっと一緒に行きたいところがあるんだよね」
と、なんだか申し訳なさそうな顔をして言った。これは何かある、と思い座り直す。いま思うとクソ男すぎて逆に笑える。
車に乗り込む。無言の時間が流れる。当時、女性経験がゼロだった自分は想いを馳せる。ふと気付くと、車は山の中を走っていた。
うねる山道をぐんぐん進んでいく。彼女の行きたいところとはどこなのだろう。
「あっ見えてきた」
彼女の顔がパッと明るくなる。前を見ると山の中に真っ白くてどデカい建物が建っていた。『インドの絵葉書』と聞いて90%の人類が思い浮かべそうな形をしている。
山と山の間に突然現れたその建物は圧倒的で現実感がなく、まるでそこだけ色を塗り忘れてしまったかのようだった。純白は太陽にも負けないくらい輝きを放っていた。
車が近づくと大きな門が自動的に開いた。どうやら彼女は顔パスらしい。ホテルの入り口に車を停めるようにぐるりとロータリーを一周する。
この時点で、ここが自分の望むような『いかがわしい場所』ではないことに薄々気付いていた。形状が形状なのでまだ期待は持っている。
映画のチケット売り場のような場所で紙と鉛筆を渡される。
「ではこれに住所とお名前と年齢と職業、それとお悩みを書いてくださいね」
見たこともないような笑顔で受付のおばちゃんはそう言った。さすがに確信した。ここはラブホテルじゃない。
念のため偽住所を書いておく。偽名も使おうかと思ったが、これは彼女にバレる心配があった。この日の直前に、秋葉原で絵画を買わされそうになった自分に死角はない。
入り口の扉はとても大きく、男性がふたりがかりで力を込める。開いたドアの隙間から力強い成人男性の声で「……ございます!」と聞こえてきた。そして、ゆっくりと、ドアが完全に開く。
目前に体育館のようなだだっ広い空間が現れた。四方の壁は白い布で覆われていて、30人くらいの大人たちが中央に車座で座っていた。よく見ると、連れられてきたのだろう子供の姿もある。その中心に、座っている人たちの頭の高さくらいの台座があり、そこに真っ白いローブのようなものを着たおばちゃんが座っていた。
真っ白いおばちゃんは、隣に立っている同じようなローブを着た助手らしき男性から、先ほど受付で書かされた紙を受け取ると、
「木村さん」※仮名です
と語りかけるように落ち着いた声で言った。しん、と静まり返った体育館にはその声量でも響き渡って緊張感を持たせていた。車座の中にいた成人男性が「はい!」と挙手をして立ち上がる。
「あなたの悩みは〜」
「はい!」
おばちゃんの一々に声を張り上げる大人。某餃子チェーン店の朝礼かと思うほどの異様な光景。
「あなたにはこれが必要です」
水、のようなものを取り出し助手に渡す。助手から大人の手に渡る。
「ありがとうございます!」
「それは神聖な力が〜」
このあたりは記憶にかなり霞がかかっている。たぶん身体の防衛本能が働いてたのだろう。
「次の人」
と声がしたので、さすがにあんなに元気な「はい!」は出せないと思い、急いで体育館から出ようと立ち上がる。「ここからだよ」と連れてきてくれた元・好きな人、現・勧誘する人が耳打ちしてきた。『何』が『ここから』なんだ。
なんとかその声を振り切り「トイレに行ってきます」と言いその場を後にした。
トイレの近くには休憩所があり、自販機が数台並んでいた。気付けば喉がカラカラだったので、ポカリスエットを買って一気に流し込む。この時の自分は、長澤まさみよりも美味しそうに飲めていたと思う。
さて、問題はここからどう逃げるかである。明らかに車で1時間ほど山道を登ってきた。時計を見ると、もうそろそろ陽が沈む時間だった。徒歩で帰ることはできるのだろうか。徒歩で下山することも考えて、もう一本ポカリを買っておこう。
「ここにいたんだ」
彼女の声がした。振り返ると青年と一緒だ。終わった。ゲームオーバーだ。
「大丈夫? 体調良くなかったりする?」
気遣うように先ほどおばちゃんがやり取りしたのと同じ水を差し出してきた。考えるよりも先に、身体がポカリを見せる動きをして受け取りを拒否する。
「じゃあ座りましょ」
来た時には気付かなかったが、ふたりは座布団を持っていて、それを休憩室横の床に置き始めた。絨毯張りの床にふかふかの座布団が4つ、十字に置かれる。彼女の左隣にその男性、その男性の正面に自分、ひとつだけ座布団が空いている。
「紹介するね。この人は私の旦那で」
衝撃的な言葉だったので、旦那と紹介された青年をマジマジと見てしまう。センター分けした黒光りする髪の毛、顔立ちはスッキリしていて、長身でスーツが似合っている。こんな見た目で産まれたら自分ももっと上手く人生を過ごせたかもしれない。
「どうも」
旦那は爽やか笑顔でそう言って会釈をした。慌てて会釈を返す。
それからはこの宗教についての説明が2対1のハンディキャップマッチで行われた。当時、かなり捻くれていたのでマトモに聞いていたら反論してしまいそうだったから黙って聞くことにした。
「ここまでちゃんと聞いてくれる人は初めてだよー!」
と旦那は驚いていた。
もうそろそろ逃げたい。逃げなければ場に飲まれそうな気配もある。気を確かにしなければ。
しかし、ここで大ハプニングが発生するのである。
「あ!」
彼女がこの日一番の大きくて明るい声を出した。
「◯◯さま!」
体育館で中心にいた白おばちゃんがやってきたのだ。そして自分の隣の座布団に座った。さっきまで足を崩していたふたりが正座になったので、一応自分も合わせてそうすることにした。
それからの会話はほとんど覚えていない。おそらく防衛本能的に脳が内容を刷り込ませないようにしてくれたのだろう。
会話が途切れたタイミングで、元・好きな人に小声で「トイレいってくるね」と伝えクラウチングスタートからの猛ダッシュを決めた。
「逃すな!」「追え!!」
みたいなことはなく、そのまま白い建物から外に出ることができた。あっけなかったが、これからが本番である。
そこから何時間歩いて下山したのか定かではないが、あまりに現実味のない経験をしてしまい脳がバグってたのか、帰りに地元のブックオフで『BØY』を全巻立ち読みして帰宅した。『BØY』は脳が『正常!』と判断したのか、これだけはハッキリと覚えている。一条カッケェ。
深夜、元・好きな人から「また会おうね」と、今日のことがまるですべてなかったことのように普通なメールが届いた。夢と現実を行ったり来たりしたようで怖くなってしまい、登録していたメルアドを消去した。
あの時、様々な選択肢を間違いなく(?)選んだのでいまこうして生活しているが、もし違う選択肢を選んでいたら……そんなことを思いながら、Twitterの『話題のニュース』を見ている。
人を狂わせるのは、やはり人だと思う。
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