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8bitの記憶

初めてファミコンに触れたのは、たしか4歳の時だったと思う。

その日、昼間に出て行った父が夜遅くに帰ってきた。半分寝ていた僕は父に叩き起こされ、無理やりテレビの前に連れていかれる。母のぼやきを尻目に電気がつき、ぼやけた世界のピントが徐々に合っていく。

目の前にはファミコンがあった。どうやら父がパチンコで勝ったらしい。

発泡スチロールの擦れあう音を聞きながら箱を開け、ビニールに包まれた本体を取り出す。
父がテレビの裏をいじってケーブルを引っ張り出し、ペンチのような工具で何やら細工をしている様子を、僕はファミコンの空箱を持ち小躍りしながら見ていた。

チャンネルをゴリゴリとひねり『2』に合わせる。画面が砂嵐になり、ザーっという音が徐々に音量を上げていく。謎の恐怖に耳を両手で塞いでなんとか抵抗する。直視していると画面に吸い込まれてしまいそうだ。

しかし今日ばかりは負けられない。目の前にはファミコンがある。砂嵐の恐怖を消し去るべく、僕は両手を耳からはずし小躍りのテンポを上げた。

ガチャン、とカセットが差し込まれると、あとは本体の電源を入れるだけの段階になった。

当時の僕はファミコン知識なんてほとんどなくて、テレビで流れるCMを見て想像を膨らませていた。戦隊や仮面ライダーや怪獣など、当時の子供がハマりそうなモノが直撃しなかった僕にとって、ファミコンに向ける期待感は異常に高かったと思う。

ガチッという音と共に本体の電源が入る。次の瞬間、先ほどまで砂嵐だった画面に色が付いた。

『PACHICOM』

なんと読むかわからなかったが、テレビにゲームが表示されているという事実だけで興奮した。ファミコンの空箱を抱いたまま画面を凝視する。

父がコントローラーを操作すると画面が変わった。停止した画面の中を銀色の玉が飛び交っている。時々、中央にある何かに銀玉が吸い込まれると、派手な音と共に画面がフラッシュした。一定時間経過するとその演出がおさまり、また玉が吸い込まれるとフラッシュする。

僕は抱えていた箱をいつの間にか床に下ろしていた。同時にテンションも下がっていた。

「パチンコ行ったのにパチンコするのかよ!」

これがファミコンに対する、僕の生まれて初めての感想だった。

そんな最悪な出逢い方をした僕らだったが、それからスーパーファミコンやPCエンジンを経由し、プレイステーションやセガサターン、途中でドリームキャストなんていう寄り道をしたが、40歳になった今も蜜月の時を過ごしている。しかし、付き合い方は大きく変わった。

起床時に全身各所の痛いところを探りながらスマホに手を伸ばし、ログインボーナスのために起動させる。それから寝ている間にたまったスタミナを消費し、違うゲームのアイコンをタップする。おはガチャ(毎日の無料ガチャ)の結果次第では一日の機嫌が悪い。

それから電車移動時に駅間でプレイして……を繰り返している。果たしてこれの何が面白いのか日々分からなくなっていくが、それでも過去プレイしてきたどんなゲームよりも起動させている時間が長いだろう。付き合いの長さが面白さに直結するわけではない。人間関係や仕事も同じなような気がする。

人生を強制的に変えられたゲームというものがいくつかある。『ときめきメモリアル』や『サクラ大戦』がそうだ。あまりにもハマりすぎて、ときメモには大学の推薦資格を、サクラ大戦には視力をごっそり奪われた。迂闊な人生を送っているなぁと我ながら思う。

果たしてここ数年で人生が変わるほどハマったゲームはあるだろうか。そして、そんなゲームに残りの人生でどれだけ会えるのだろう。

とあるゲームセンターの店長が「これから毎日ひとつずつゲームをクリアしても、死ぬまでにすべてのゲームはクリアできない」と言っていた。いつの間にか僕ももうそんな年齢だ。

無言で画面を凝視しながら、対戦相手の頭をライフルで撃ち抜きつつそんなことを考えることがある。

ベッドの下から引っ張り出したファミコンにカセットを差す。秋葉原で購入したAV端子(テレビに差す赤白黄色の線)仕様の本体だから昔と比べると画質が良い。少し硬い電源をONにすると、最近のゲームとは違って即座にタイトルが表示される。

『PACHICOM』

ドットで描かれたパチンコ玉が画面の中を飛び交い、時々チェッカーに入っては画面が明滅する。まれに違う演出が発生するが、そんなものの差は微々たるものだ。

コントローラーを片手で操作しながらファミコンの音を聞きつつ、スマホの画面見つめていると、いつの間にか外が暗くなっていた。

「いつまでゲームやってんの! 勉強しなさい!」と言われ、電源アダプターを引っこ抜かれることはもうない。

こたつから出た上半身がやけに寒い。窓を開けると雪がちらついていた。ファミコンの電源を落とし、電気ケトルのスイッチを入れる。引っこ抜いたカセットを裏返すと、母の字で名前が書かれていた。たしかもうすぐ母の誕生日だ。

「そういえば電気圧力鍋いる?」

LINEに文章を打ち込み、一瞬躊躇してから送信した。

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