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2020年12月1日

ご帰宅をしたら、元アポロさん(書き方のクセ)もご帰宅をしていた。
笑った時の表情とか口調が全然変わってなくて、なんだかとても懐かしい気持ちになったので、書籍にまとめた際にボーナストラックとして書いた日常の記憶をアップします。


「何だっけ、あの、ほら。なんとか翔って名前の野球選手」
「中田翔ですか?」

満面の笑みを浮かべ「それな!」とアポロが手を叩いた。
彼女はみんなに『アポサー』と呼ばれていて、『これぞ平成ギャル』という感じのメイドだ。あっけらかんとした明るさが心地良くて、気の置けないメイドのひとりである。ちなみにアポロチョコレートは食べられなくて、他にあった名前の候補は『メロンパン』らしい。

そんな彼女は2021年の1月に卒業する。

「ということは西武の森友哉も好きじゃないですか?」
「それな~」

なんの話の流れだったか、アポロの好きな男性のタイプの話で盛り上がっていた。中田翔、森友哉、ふたりともプロ野球選手なのだが共通点がある。色黒で短髪、そして金のネックレスだ。

「ウチさ、そういう友達も多いんよね」

楽しそうにアポロが笑う。そして僕は想像する。中田翔と森友哉とアポロが河川敷でBBQをしている姿を。これは夏の陽キャがツイッターに上げるやつだ。握り拳で人差し指と小指を伸ばしたポーズをこちらに向けている。多摩川でBBQしていたら一番近寄りがたい存在だ。アポロはそこに馴染んでいてニッコリ笑っている。

彼女はどこにいても場に馴染めそうである。

お屋敷は基本的に1時間で退店しなければならない。ただし、後ろに待っている客がいない場合は【ループ】と言って、退店せずにまた1時間滞在することができる。この時、再度1ドリンクの注文が必要になるのだが、その際はショットグラスで提供される少量が選択できる。

ショットグラスで提供されるドリンクは、先に頼んだドリンクのグラスにメイドが注いであいこめをする……ものだと思っていた。しかし、アポロは「メイドはそれできないんです」と断っていた。

元々禁止だったのかはわからない。ただ、アポロはメイドのルールに則ってそう言ったのだ。僕はその現場を見て彼女の印象が少し変わった。
ギャルのゆるさとメイドの堅さ。そのふたつの混ざり具合が絶妙なのだ。

しっかりしている、という言葉がしっくりくるような気がする。だからどこにいても馴染めそうな気がするのかもしれない。

「びっくりしました」
「悲しい?」
「卒業はもちろん悲しいですよ」
「でしょ〜? じゃあ【ぴえん】って感じにしといて」

萌え萌えきゅん。

彼女の卒業をツイートで知ってから初のご帰宅、そしてチェキ。勝手に長く居てくれるメイドのひとりだと思っていただけに、実は結構切なさを感じていた。

「あ、そうだ」

撮影が終わり席に戻ろうとする僕をアポロが引き留めた。

「でっくさん気に入ってるからさ。あの時、話しかけて良かったよ」

突然ぶつけられたエモの塊に反応できず、正面から受け止めてしまった。なんだか息が詰まってしまって、「それなら良かった」なんて言葉くらいしか思いつかない。

この空間では出会いと別れを無限に繰り返す。別れは何をせずとも訪れるけれど、出会いは自分から動かなければ訪れない。
気の合う誰かと出会えるなんて、人生の中で何度あるだろう。そんなレアケースを共有できたのは奇跡的だと思う。

席に戻ってチェキを受け取り、卒業までにまた高円寺の美味しいホルモン屋さん教えます、みたいな他愛のない話をする。

「俺もアポサーと会えて良かったです」

さっきのお返しとばかりに、席を離れようとしたアポロに投げかけてみた。すると彼女はいつものようにニッコリ笑って、

「それな!」

と僕を指差した。

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