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Odeko Kiss...

あっとほぉーむカフェにご帰宅する理由は人それぞれだと思う。

日々の疲れを癒やすためだったり、
推しのメイドとチェキを撮るためだったり、
テレビで見た芸人のツッコミを試すためだったり、
高円寺駅前で買い物をする予定だったのに気付いたらクセで電車に乗っていたからだったり。

その日私がご帰宅した理由は、とあるツイートを目にしたからである。

『メイド人生5年間で初めてデコ出しします』

「メイド人生初」の部分だけでご帰宅するには理由が充分すぎるのに、
「デコ出し」という破壊力のおまけ付きである。
『仕事』と書かれた城門は、あっけなく傾奇者・前田慶次郎に蹴破られた。

これだけ聞くと「デコ出しだからなに?」と、特攻野郎Aチームのマードックのように思う方もいるかも知れない。
というよりも、そう思う方のほうが多いだろう。

そんなあなたに説明する。
なぜ私がその日、仕事先からの電話を無視し続けたのかを。


普段のメイドは露出度がほぼ0である。
露出している部分といえば腕周りくらいだろう。

まれに『胸開け』というデコルテ付近を露わにする、
国連もびっくりの条約違反をするメイドもいるが、
これはお屋敷的にはルールの範囲内なので、
ピュアなオタクがびっくりして赤面するだけである。
ちなみに、ピュアではないおじさんも赤面する。

夏頃に『水着のブロマイド』とかいう反則兵器がぶっ放されるが、
これを初めて見たときに「こんなの出していいんですか?」と、
身内のオタクに聴いたことがあったが無視された記憶がある。

そんなレアケースは置いておくとして、
いつもメイドたちの素肌はメイド服という萌えの鎧で守られているのだ。
ある種、究極のチラリズムなのかもしれない。

しかも今回は顔周りに関することなのだ。
ソロ撮影時のチェキ以外でフルの顔を拝むことは現状できない。
顔は前髪とマスクで守られているので、直接拝見できるのは目の周囲のみ。逆サイクロップス状態なのである。

さらっと流してしまったが『メイド人生初』の部分も重要なのだ。
『初』ということは、今後やるかやらないかわからないのだ。
今回やってみて良かったらやるし、そうでなければやらない。
評判が良くても気分が乗らなければやらないのである。
気分屋の頑固親父が経営する喫茶店のような状態だ。


メイド人生初。
メイドは肌の露出をしない。
顔において露出されているのは目の周囲のみ。

これらすべてが揃った状態なのが今回の『デコ出し』だ。
そして、このデコ出しをするメイドが本店7階に所属するランゼさんなのである。

ランゼさんを一言で表現することは難しい。
あまりにも味が濃すぎるし、個人的に話せるエピソードがほぼすべて、

「それメイドさんとの思い出なの? 違うお店じゃない?」

という感じなのである。
ちなみに漢字一文字で表すなら『狂』。二文字なら『狂気』である。
こう聞くと後頭部の刈り上げ部分に『卍』と彫ってあったり、
肩にトゲトゲのついたメイド服を着ていそうだが、そんなことはないので安心して欲しい。

コーヒーに表面張力ギリギリまでミルクを入れて「こぼさないように飲んでよ」と言い、震える指先でカップを持つと「それじゃこぼれるから口を近づけなよ、口を」と言って「アハハ!」と笑うくらいである。
断じて『違うお店』ではない。オプション代金もかかっていない。

そんなランゼさんとのチェキ撮影を待つ間にツイッターを見ていると、
同じく本店7階でお給仕をするめりりさんが、

「ランのデコ出し可愛い、めりもデコ出ししちゃう」

と引用リツイートしているのを発見してしまった。
吉村作治もびっくりの発見である。
この世紀の発見に胸を踊らせていると、いよいよ撮影の順番が回ってきた。

この日、すでに1ターン目を終了させていた私は、
『めりりさんお絵描きでオプションランゼさん』という注文をしていた。
わかりやすく言うと、メイドふたりを含む3ショット撮影である。

滞りなく撮影が終了。
一言二言交わしてステージを降りようとするとランゼさんがこう言った。

「今日ユニット入れてくれたらおでこキッスだね」

Odeko Kiss.(筆記体)

この響きに自分でも聴いたことのない「えぇえ……」という声を出してしまった。帰り道、この声を試しに何度か出そうとしたが出ず、駅のホームでおじさんが何かにずっと不思議がっている奇妙な醜態をさらしたのは言うまでもない。

一瞬「おでこキッス」は何かの隠語で、そのまま注文をしたら別の部屋に連れて行かれ、葉巻をくわえてティアドロップのサングラスをかけたいあさん(葉巻に火は付いていないのでセーフ)が、

「ここまで来るとはなかなかやるじゃないか……さて、どれにするんだい?」

と言いながら、銃火器を出してくるのではないかと思ってしまった。

ステージ上で言われるがまま注文していた私はいつの間にか席に座っていた。お屋敷を一望できるその場所でみんなの笑顔をぼんやり見ている。先程までのやり取りはすべて夢だったのかもしれない。着信履歴はみたこともない状態になっている。

しかし、ランゼさんの持ってきてくれたチェキではしっかりと、それはもうしっかりと『おでことおでこがくっついて』いる。Odeko Kiss(筆記体)……

「眉毛と眉毛もくっついてるから、これは眉毛キッスでもあるね」

ランゼさんがそんなことを言った、気がした。
物理的に天国に一番近い店舗で、天使から悪魔の囁きを耳にしたのだ。


高円寺に到着した私は落ち着くためにマクドナルドへ入った。
今日のご帰宅はなんだったんだ……ナギさんのメイド人生初だというドーナツヘアも可愛かった。髪型をアップにすると、顔のサイズが『オリジン弁当のおにぎり』くらいしか無いことに気付かされた日でもあった。

そんなことをぼんやり考えながら「セットのコーヒーってSサイズにできますか?」と聞いてみた。すると「お飲み物のサイズはMかLにしかできません」と返ってきたので、大きいものを小さくするのは出来るだろうと高をくくっていた私は不意をつかれ、

「えぇえ……」

という声が出た。それはあの時とまったく同じ声で「出た……」と、店員さんを見ながら呟いてしまった。

ナゲットを食べながら、ギリギリアウトだな、と思った。

ランゼさん
Odeko Kiss...
ナギさん

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