(第9回) 最強のドライブイン
若い人の「昭和を感じる」とか「どこかなつかしい」という台詞が、時折「チリッ」とくる。こっちが歳食ったせいもあるが、若い人の、時代に対する感覚がフラットではなく、ただ単に「古い」という時制が前提になって話を進めているのが気になるのだ(そういう人がいるという話)。
「古い」ものも、生まれたばかりの時点では「最新」である。私はこのことを、映画『明日に向かって撃て!』(1969年公開)で知った。
映画のなかに、ポール・ニューマン演じる「ブッチ」とキャサリン・ロス演じる「エッタ」が、自転車に乗ってはしゃぎまわるシーンがあった。
当時の西部開拓時代は、馬が一般的な乗り物だった。そこへ登場してきた自転車は、若い男女の好奇心を煽るのにじゅうぶんなほどファッショナブルなもの。これは、自転車が「最新鋭」であるというその当時の観点をなくしてしまうと、まったく意味の通らないシーンになる。(だから、この場面の真意が理解できたのは、だいぶおとなになってからのことだ)
自転車の次に「最新鋭」となったのが自動車である。それに伴い耳にするようになってきた言葉、それがドライブインだ。ドライブインは最新鋭の言葉だった。
ドライブインとは、自動車で乗り入れ利用することのできる施設のことだ。1920年代、アメリカのテキサスで生まれ、50年代、60年代に隆興した「モータリゼーション」のなかで最盛期を迎え、「ドライブインシアター」、「ドライブスルー」など、さまざまな形へと発展していった。
日本でも60年代から徐々に、レジャーブームとなり、(仕事以外での)クルマでの外出も増えた。人々の商魂はたくましく、街道筋にあった(いかにも昭和風情の)定食屋や土産物屋は、ドライブインと名前を変え、客たちは意味もなく興奮した。
当時のドライブインは人気があった。デパートの食堂、街のフルーツパーラーと並び、こどものあこがれの場所だった。もちろん、子連れ世帯だけでなく、デート中のカップルも楽しむ場所なわけで、このドライブインという言葉は「モーテル」という言葉と「隣り合わせ」になり、どこか淫靡な雰囲気も持った。
半世紀が経ち、日本の街道沿いは「道の駅」主導に変わった。ドライブインは、まさに若い人の言う「昭和」、終わった遺物として関心を持たれるのみになった。
そんなことを考えている最中、東北に最強のドライブインを発見した。山形県最上郡にある「白糸の滝ドライブイン」である。
ゆったりと流れる最上川沿いにあり、その対岸には「白糸の滝」が臨める。これがまた、とても風情のある滝で、松尾芭蕉も『奥の細道』で句に詠んだ。
このドライブイン、広い敷地内にお土産屋や軽食コーナーなどを併設しているが、特筆すべきは、施設の中央に管制塔のようにそびえ立つ「パーラー」である。全面ガラス張りで、店内に足を踏み入れると、陽の光を浴びた最上川対岸の景色と店内が一体化したような心地よさを覚える。
お楽しみは、メロンソーダやプリン・ア・ラ・モードなどの「正しい」メニュー。それに加え、地元特産の豚肉を使ったヒレカツバーガーなどもある。店員さんは、ブラックベストの正統派パーラースタイル。たしかに、ロケーションの勝利だということもできるが、それほど多いとも思えない来客数にもかかわらず、ドライブイン自体に「現役感」があるのがいい。景色を楽しむだけではなく、パーラーをパーラーとして楽しむ。地元の人がふつうに訪れたくなる場所である。
「最強のドライブイン」とはなんであろうか。
それは、クルマでちょっと寄るだけだから簡単な感じでいい、という発想がないこと。また、常に「最新鋭」のイメージを呼び起こさせてくれるような雰囲気を持つこと。それがドライブインの掟だと思った。
旅人がわざわざ訪ねてくる以上、なんらかの「ときめき」を用意するのが、たのしい観光地の使命だ。昭和色、ポップグリーンのメロンソーダに添えられた山形名産のさくらんぼをかじりながら、あらためてそんなことを考えた。
〜2017年7月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂
【パーラー白糸の滝】山形県最上郡戸沢村古口字土湯1495-1
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